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第9話 意固地の終着点

「次!」


 


聖女ペイシェンの声は

もう掠れていた。


 


白い天幕の中。

薬草の苦い匂い。

血と膿の生温い臭気。


 


「腕を押さえて!」


 


担架の上で

若い兵が暴れる。


 


焼けた皮膚。

崩れた肉。

叫びが布を震わせる。


 


「痛い……痛い……!」


 


「静かにしなさい!」


 


包帯を巻く手が震える。


 


指先が赤く染まる。


 


「次!」


 


声を張る。


 


張らなければ

倒れてしまいそうだから。


 


外では

絶え間ない砲音。


 


空気が揺れる。


 


「聖女様……もう無理です」


 


看護兵が泣きそうな顔をする。


 


「三日、寝てません」


 


「……だから?」


 


ペイシェンは顔を上げる。


 


瞳の奥が

乾いている。


 


「私が倒れたら、この人たちはどうなるの?」


 


言葉は正しい。


 


正しすぎて

誰も何も言えない。


 


 


夜。


 


焚き火の火が

かすかに揺れる。


 


聖女は

一人で机に向かっていた。


 


羊皮紙。

羽ペン。

乾いたインク。


 


外では風。


 


遠くで呻き声。


 


彼女は

ゆっくり書き出す。


 


――助けて。


 


そこまで書いて

手が止まる。


 


胸が詰まる。


 


あの男の顔が浮かぶ。


 


静かな目。

何も責めない声。


 


『困ったら言え』


 


そう言っていた。


 


あのとき。


 


追放される直前。


 


「……」


 


ペイシェンは

唇を噛む。


 


血の味。


 


震える指。


 


書き続ければいい。


 


たった一言。


 


助けて、と。


 


それだけでいい。


 


でも。


 


「……嫌」


 


小さく呟く。


 


「私は……聖女よ」


 


誇り。


 


意地。


 


意固地。


 


それが

最後の支えになっている。


 


それを手放したら

何も残らない。


 


彼女は

ゆっくり羊皮紙を持ち上げる。


 


火に近づける。


 


紙が焦げる匂い。


 


黒く縮れる文字。


 


――助けて


 


その言葉は

炎の中で消えた。


 


「……これでいい」


 


誰に言うでもなく

呟く。


 


涙は出ない。


 


もう

出るだけの水分がない。


 


 


 


??その頃。


 


「兵を集めろ!」


 


号令が

広場に響く。


 


旗が翻る。

鎧が鳴る。

土埃が舞う。


 


新領主ノーボディーは

高台に立っていた。


 


背後には街。


 


石造りの新しい城壁。

市場の喧騒。

焼けたパンの匂い。


 


人の熱が

背中を押してくる。


 


彼は

ゆっくり前を見据える。


 


兵士たちが整列する。


 


エルフの弓兵。

ドワーフの重歩兵。

人間の騎兵。


 


多種族の旗が

一斉に揺れる。


 


ざわめき。


 


期待と不安が混じる音。


 


ノーボディーは

静かに息を吸う。


 


肺に入る空気が

冷たくて澄んでいる。


 


そして。


 


声を放つ。


 


「世界の混乱の原因は??」


 


広場が静まる。


 


「王国にこそある」


 


どよめき。


 


ざわざわと

波のように広がる。


 


彼は続ける。


 


「戦争を続けることで利益を得る者がいる」


 


「飢えさせることで支配する者がいる」


 


「人の命を道具として使う者がいる」


 


拳を握る。


 


「だからこそ」


 


視線を上げる。


 


空が高い。


 


旗が光る。


 


「いまこそ、本当の平和を取り戻そう!」


 


一瞬の静寂。


 


次の瞬間。


 


歓声が爆発する。


 


「おおおおおお!!」


 


槍が打ち鳴らされる。


 


盾が響く。


 


地面が震える。


 


誰かが叫ぶ。


 


「王だ……!」


 


「本物の王だ!」


 


レイが

少し離れた場所から見ている。


 


お腹に手を当てながら。


 


その顔は誇らしい。


 


カヤが

隣で涙ぐんでいる。


 


「お兄ちゃん……すごいよ……」


 


ノーボディーは

ゆっくり剣を掲げる。


 


陽光が刃を走る。


 


その姿には

もう追放された男の影はない。


 


ただ。


 


未来を動かす者の

重さだけがあった。




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