表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/12

第8話 光と闇

「持ち場を離れるな!」


 


女騎士ピューリの声が

砦の石壁に叩きつけられる。


 


だが誰も返事をしない。


 


風だけが鳴る。

腐臭が流れ込む。

遠くで魔物の咆哮。


 


「……おい?」


 


振り返る。


 


兵の姿がない。


 


ついさっきまで

並んでいたはずの槍が

地面に転がっている。


 


食い散らかしたパン屑。

踏み荒らされた泥。


 


逃げた。


 


全員。


 


「……はは」


 


乾いた笑いが漏れる。


 


「そうか。そうだよな」


 


鎧が重い。

泥が足に絡みつく。


 


顔の傷が疼く。


 


そのとき。


 


門が破られる。


 


魔物の群れが

黒い波みたいに押し寄せる。


 


「くそっ!」


 


剣を構える。


 


一人で。


 


斬る。

叩く。

押し返す。


 


だが数が違う。


 


背中から突き飛ばされる。


 


泥に顔を打ちつける。


 


ぬめる感触。

腐った血の匂い。


 


「団長!」


 


かろうじて残っていた若い兵が

腕を掴む。


 


「もう無理です! 撤退を!」


 


「撤退……どこへだ」


 


答えはない。


 


砦の塔が崩れる。


 


石の音。

悲鳴。

煙。


 


ピューリは

泥を掴む。


 


冷たい。

重い。


 


それが現実だ。


 


 


数刻後。


 


仮設陣地。


 


濡れた外套のまま

ピューリは跪いていた。


 


目の前に立つのは

王都からの特使。


 


金の装飾。

香水の匂い。


 


「何をやっていたんだ!!」


 


怒声が飛ぶ。


 


「最前線の砦が陥落したと聞いたぞ!」


 


「……戦力が不足していました」


 


「言い訳か!」


 


机が叩かれる。


 


「勇者は敗れ、聖女は動けず、賢者は行方不明……その上お前までこの有様とはな!」


 


周囲の騎士たちが

視線を逸らす。


 


ピューリは何も言わない。


 


言葉が見つからない。


 


「よって命じる」


 


特使が書状を放り投げる。


 


「女騎士ピューリ。貴様の騎士称号をここで剥奪する」


 


空気が凍る。


 


誰かが息を呑む。


 


「……」


 


ピューリは

ゆっくり書状を拾う。


 


泥で汚れた指先。


 


震えている。


 


「……了解しました」


 


それだけ言った。


 


 


夜。


 


雨が降り始める。


 


焚き火の火が

すぐに消える。


 


闇が濃くなる。


 


そのとき。


 


角笛。


 


遅すぎる警報。


 


「敵襲!」


 


もう防ぐ砦はない。


 


兵は散り散り。


 


魔物が闇から現れる。


 


牙。

濡れた息。

光る目。


 


「なぜ……」


 


ピューリは剣を握る。


 


「なぜ、私はここにいるの?」


 


答えはない。


 


ただ雨が頬を打つ。


 


顔の傷が痛む。


 


それでも。


 


胸の奥に

ひとつだけ残っている声。


 


――諦めるな。


 


あの男の声。


 


『ここで投げたら全部終わるぞ』


 


いつか言われた。


 


泥だらけの夜だった。


 


「……くそ」


 


涙が混じる。


 


「諦めてたまるか!」


 


彼女は走る。


 


森へ。


 


枝が肌を裂く。


 


石に足を取られる。


 


転ぶ。


 


立ち上がる。


 


また転ぶ。


 


泥が口に入る。


 


血の味。


 


「……生きる」


 


泣きながら。


 


叫びながら。


 


夜の闇を駆け抜ける。


 


 


 


??その頃。


 


「……重いな」


 


ノーボディーが苦笑する。


 


隣でレイが

お腹をさすっている。


 


とても幸せそうな顔。


 


「重いのはお前の心配だろ」


 


「当たり前だ」


 


彼はそっと

彼女の肩を抱く。


 


指先に伝わる体温。


 


柔らかい布の感触。


 


「無理するなって言っただろ。お前一人の体じゃないんだぞ」


 


「分かってる」


 


レイは小さく笑う。


 


「でも街は見たい」


 


窓の外。


 


広がる市場。


 


新しい屋台。

焼けるパンの匂い。

果物の甘い香り。


 


エルフの商人が布を広げる。


 


ドワーフが酒樽を転がす。


 


子供たちが走り回る。


 


街は生きている。


 


鼓動みたいに。


 


「お姉ちゃん!」


 


元気な声。


 


妹の少女が飛び込んでくる。


 


「はいこれ。今日の果実」


 


「ありがとう」


 


「あとね!」


 


少女はノーボディーを見る。


 


にやっと笑う。


 


「お姉ちゃんができない間は、私が相手になるから安心して!」


 


「おい」


 


「ちょっと!」


 


レイが睨む。


 


少女は素早く

ノーボディーの影に隠れる。


 


「領主さまー! 助けてー!」


 


「巻き込むな」


 


「えへへ」


 


笑い声が弾ける。


 


暖かい空気。


 


焼き菓子の香り。


 


遠くで楽団が演奏を始める。


 


この街は

もう止まらない。


 


経済が回る。


 


人が集まる。


 


未来が増えていく。


 


そのとき。


 


扉が激しく開く。


 


使者が駆け込む。


 


息を切らしながら叫ぶ。


 


「報告! 聖王国が……!」


 


部屋の空気が変わる。


 


「滅びの危機にあります!」


 


沈黙。


 


レイが

ゆっくり立ち上がる。


 


お腹を守るように手を添えながら。


 


ノーボディーは

彼女を見る。


 


それから

使者を見る。


 


そして。


 


静かに言った。


 


「……挙兵する」


 


外では

街の灯りが強くなっていく。


 


遠くの闇を

押し返すみたいに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ