第6話 知略の敗北と、過去の亡霊
「この布陣なら勝てます」
賢者デリィジェは
地図を叩いた。
机の上に広げられた羊皮紙。
油の匂い。
汗の染み。
将校が顔をしかめる。
「……前回も同じことを言ったな」
「状況が違います。今回は魔物の進軍速度を??」
扉が開く。
伝令が転がり込む。
「左翼壊滅! 補給線も断たれました!」
空気が凍る。
「なぜだ……」
デリィジェの唇が震える。
「理論上は完璧なんだ……」
別の将校が地図をめくる。
「ここだ。魔物が予測より早く動いた」
「ありえない! 統計では??」
「現実は統計に従わない」
誰かが吐き捨てた。
数日後。
「また失敗ですか、賢者殿」
冷たい声。
石の会議室。
燭台の煙。
「違う……条件が悪かっただけだ」
「条件はいつも悪い」
笑いが起きる。
「ノーボディーならどうした?」
誰かがぽつりと言う。
デリィジェの喉が詰まる。
……あの時。
崩れた砦。
凍えた夜。
主人公は
袋から何かを取り出した。
『この煙玉はな、匂いが逆流する』
そう言って
風向きを読んで投げた。
魔物の群れが混乱した。
「……あれを使えば……」
今さら気づく。
机に拳を叩きつける。
「なぜ思いつかなかった!」
壁に頭を打ち付ける。
ごん。
ごん。
「完璧だったんだ……完璧な作戦だったんだ……」
誰も止めない。
夜。
暗黒街。
腐った酒の匂い。
排水のぬめり。
「賢者様、仕事だ」
フードの男が短剣を渡す。
「暗殺だ。簡単だろ?」
「……私は戦略家だ」
「今はただの無職だ」
笑われる。
標的の家。
窓から忍び込む。
床が軋む。
「誰だ!」
叫び声。
刃を振るう。
外れる。
椅子が飛ぶ。
皿が割れる。
「こいつ素人だ!」
背中に衝撃。
肺から空気が抜ける。
逃げる。
路地を走る。
犬の吠える音。
「捕まえろ!」
組織の男たちが追ってくる。
デリィジェは笑う。
「作戦は完璧なんだ……」
足がもつれる。
転ぶ。
泥の味。
「こんなはず無い……」
息が白い。
何日逃げたか分からない。
空腹。
震え。
そして。
見えてくる城壁。
新しい石。
明るい旗。
「……ここは」
人の流れ。
焼けた肉の匂い。
甘い果実酒。
音楽。
パレード。
馬上の男。
光を浴びている。
ノーボディー。
「……」
声が出ない。
彼の周りに
笑顔が集まる。
子供が手を振る。
女が花を投げる。
市場のざわめきが
波のように揺れる。
デリィジェは
壁に背を預ける。
自分の手を見る。
震えている。
短剣の感触が残っている。
「違う……」
唇が裂ける。
「私の方が正しい……理論では……」
涙が落ちる。
靴先に染みる。
パレードは進む。
もう彼は
こちらを見ない。




