第11話 再会なき救済
「火を止めろ!」
怒号が
燃え落ちる城に吸い込まれていく。
王宮の塔が崩れる。
石が裂ける音。
焼けた布の臭い。
煙が濃い。
視界が赤く染まる。
その中で。
「うあああああああ!!」
勇者ジャスティの絶叫が響く。
瓦礫の下。
折れた柱に脚を挟まれている。
焼けた鉄が肌に食い込む。
「誰か……!」
手を伸ばす。
だが掴むのは
灰と火の粉だけ。
「助けてくれ……!」
声が掠れる。
喉が焼ける。
「俺は……勇者だぞ……!」
誰も答えない。
その光景を
聖女ペイシェンは見ていた。
崩れた壁の陰。
煙の匂い。
焦げた肉の臭気。
焼ける空気の熱。
彼女の足は動かない。
「……ジャスティ」
かすれた声。
一歩、前へ出る。
石が崩れる。
火の粉が舞う。
まだ間に合うかもしれない。
そう思う。
腕を伸ばせば届く距離。
あのとき書けなかった言葉が
胸の奥で暴れる。
助けて。
今度は自分が
言う番だ。
「……」
だが。
頭の中で
別の声が囁く。
――ここで死ぬのは勇者よ。
――あなたは聖女。
――生きなさい。
意地。
誇り。
意固地。
それが
また足を縛る。
ほんの一瞬の躊躇。
その間に。
柱が崩れる。
火が巻き上がる。
「ペイ……!」
勇者の声が
炎に飲まれる。
骨が軋む音。
肉が爆ぜる匂い。
「……っ」
聖女は
唇を噛む。
目を閉じる。
次に開けたときには
もうそこに彼はいなかった。
ただ赤い炎が
瓦礫の中で踊っているだけだった。
「聖女様!」
兵士が腕を掴む。
「ここは危険です!」
「……離して」
「無理です!」
引きずられる。
場外へ。
崩れた門を越える。
夜気が肌に刺さる。
冷たい。
生きている感触が
やけに重い。
「……終わったのね」
誰にともなく呟く。
涙など出ない。
もう枯れてはてている。
そして。
朝。
王都の空は
煙の色から
薄い青に変わり始めていた。
広場に人が集まる。
焼け跡の匂い。
湿った石の感触。
でもどこか軽い空気。
壇上に
一人の男が立つ。
ノーボディー。
新しい外套。
簡素だがよく似合う。
隣には
エルフの参謀。
ドワーフの将。
聖王国の王女。
レイ。
強い者たちが揃っている。
隙間はない。
一ミリも。
「これより」
ノーボディーの声が
広場に広がる。
「新しい統治を始める」
民衆が息を呑む。
「まず」
彼は続ける。
「この国を縛っていた罪を解放する」
ざわめき。
「戦争の責任を、一人に押し付けることはしない」
「敗者を永遠に罰することもしない」
「すべてを終わらせる」
その言葉は
優しい。
でも冷たい。
元仲間たちも
群衆のどこかで聞いている。
泥にまみれた女騎士。
虚ろな賢者。
生き残った聖女。
彼らは「解放」された。
だが。
誰も呼ばれない。
名前すら出ない。
壇上は遠い。
眩しすぎる。
「解放王ノーボディー!」
誰かが叫ぶ。
「ばんざーーーい!」
その声が波になる。
「ばんざーーーい!」
「ばんざーーーい!」
旗が揺れる。
涙が流れる。
笑い声が弾ける。
新しい時代が
音を立てて動き出す。
ノーボディーは
その歓声の中で
一度も後ろを振り返らない。




