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3 手際がよすぎます



「もう一度、今回の視察の確認をしてもよろしいでしょうか。」


「湯治効果の調査方法の検討と温泉地の熱水利用の視察だ。」


「それって――。」


「さらに、温泉地の活性化モデルの検討もしたい。」


「分かりました。でも、それって医務局や環境課、もしくはその領主の仕事ではないでしょうか。私たちが直接必要はあるのでしょうか。しかも、他の予定を動かしてまで、急遽入れる必要が。」


「あるだろう?」


 この笑顔は反則である。ごり押しのための笑顔。ここで反論すればいいのだろうけど、私だけに向けられる「冷酷宰相」の笑顔を無下にすることは出来ない。そして、向こうもそれを分かって使ってくるから、やっぱり質が悪い。


「では、この馬車はどういうことでしょうか?」


「悪くないだろう?運送ギルドが開発した新型のサスペンションが搭載してある。今回の視察で問題なければ、使用認可を出すつもりだ。」


「では、このクッションは?」


「これは衝撃吸収率に特化したクッションだが、これはあまり効果がないな。」


「他に、私が指摘していない点はありますか。」


「そうだね。君のコルセットについてかな。」


「!?」


「今までコルセットは腰から胸部にかけての線を補正するためのものだったが、君がしているものは、腰の固定と姿勢の補助を主目的としたものになっている。」


「......」


「大丈夫。これは、公にはしていない。個人的にアガタに頼んだことだ。」


 問題はそこじゃない。この人の「私のため」の想像力はどこにまで及んでいるのだろう。ここまでくると、彼の思考が私の周りに張りめぐらされている気がしてならない。


「着け心地はどうだろう?」


「悪くはないです。」


「よかった、前回の遠出の時は今の時点ですでに辛そうだったから、改善されているね。」


 赤くなった顔を隠すように、私は今回の視察の関連資料に目を通し始めた。温泉地はここから3時間はかかるため、馬車の中で通常業務を進める。



 今回の視察は急ごしらえとはいえ、関連部署から1、2名参加しており、護衛も含めると、まあまあな規模になる。しかし、休憩時間もエリオットが目を光らせているため、王宮の様な変なアプローチはない。その分――。


「宰相様、ベルナールはどこに行ったかご存知ですか。探しにいかないと。」


 私は、時間になっても休憩から戻ってこない書記官の姿を探していた。


「彼なら、医務局に事前に確認してほしいことがあったから、お願いした。」


 これも、初犯ではない。


「エリオット様。」


「なんだい、ソフィ。婚約者と二人っきりになれて、嬉しくないのかい?」


「それは、嬉しいですけど―― でも、今は業務中です。」


「そうだね。でも、私はやるべきことを終わらせてしまった。なので、少し休みたいので、肩を貸してくれないか。」


「……」


 私の返事を待たずに、向かい側から隣に移り、頭を私の肩に乗せる。流石に出会った時みたいにドキドキはしないが、仕事にプライベートを持ち込むことの罪悪感でドキドキする。


「手前の街に着いたら、起こしてくれ。」


 そうして、しばらくすると寝息を立て始めた。付き合い始めてからわかったことは、この冷酷宰相は、意外と業務中に目を盗んで、こういうことをしてくる。冷酷はどこにいったんだろう。


 そして、聡い書記官のベルナールは気づいるだろうが、どういうわけか、始めから見て見ぬふりをしている。むしろ、今回みたいに協力的だ。彼とエリオットの間に何か取引でもあったのだろうか。


 コンコン。御者からの合図で目を覚ました。私もうたた寝をしていたみたいだ。気づけば、私がエリオットの肩を借りていた。見上げると、エリオットと目が合う。そのまま彼の手が私の髪を軽くすいた。


「この馬車の乗り心地は悪くないね。心地よい揺れが眠気を誘う。」


 僅かに、からかいの色が含まれた声色から、機嫌のよさがにじみ出ている。


「失礼しました。重かったですか。職務中の居眠りは禁止事項です。次からは、きちんと起こしてください。」


「この馬車を採用するならば、その法の改正を検討しなければならないな。」


「また、そうやって法律を私用で変えようとする。」


「法律は国民の暮らしを豊かにするためのものだ。その国民のなかに、君もふくまれる。」


「何万人のなかの一人です。私の事情で変えてはいけません。」


「君はあくまできっかけだよ。それとも、君はそんなに特別なのかい?」


「悪ふざけがすぎますよ。ほら、街が見えてきました。」


 勝ち誇った顔の宰相様に、降車の準備を促した。



 ======



 湯治の効果計測という名目で、夜には温泉に入ることになった。特に露天風呂には、自宅の湯船にはない開放感がある。すると、視察団にいた別の女性も入ってきた。


「宰相補佐官のアルノー様ですよね。私、農業課のサラ・ルグランと申します。ご一緒失礼します。」


 肩書にふれてきた以上、私は警戒の色を強めた。


「ここは随分のどかな所ですね。特に目立った問題もないから、思わず視察だということも忘れてしまいそうになりますわね。」


「今回の目的は、問題のある地域の視察ではないですから。熱水の熱を利用した温室栽培はいかがでしたか。」


「とても興味深かったですわ。季節はずれの野菜や果物が楽しめるなんて、なんだか夢のようでした。これらは嗜好品としていい値になりそうです。ただ小麦などの食料の生産には、つながらなそうです。」


 世間話っぽい彼女の発言のなかには、たくさんの小さな棘が含まれていた。いつもの間接的なアプローチにしては攻撃的だ。


「そうですね。」


「アルノー様は小麦の価格高騰についてどう思われますか?」


「それは補佐官としての見解を尋ねているのでしょうか?それとも私個人の見解でしょうか?」


「どちらでも構いません。」


 下手に刺激をしないように、当たり障りのない返答を返す。


「個人的には、あまり喜ばしいことではないと思いますが…。」


「ですよね。アルノー様もそう思いますよね。」


 彼女が距離を詰めてきた。ややこしくなる前に離れようと思い、立ち上がる。


「少々、長湯をしてしまったようなので、お先に失礼します。」


「お待ちください。」


 ちょうど湯船から出たところ、腕をぐっと引っ張られた。その拍子にバランスを崩し、大きな音を立てて、湯船の中に倒れこんでしまった。


 あまりの突然のことで、水を飲み込んでしまった上に、温泉の成分で底がすべり、なかなか体勢を立て直すことが出来ない。


「大丈夫ですかっ」と女性の近衛兵が焦って、駆けつけてきた。その彼女の手を借りて、体勢を立て直し、湯船から顔を出した。


「すみませんでした。」


 浴場を走り去る、サラの後ろ姿が見えた。


「ゴホッゴホッ…。すべって落ちただけですので、ご心配なく。」


 大事にしないように、動揺の色を抑え、湯船から出た。それでも、近衛の女性は介抱を申し出てくれる。それを丁重に断り、私は浴場を後にした。


 ======


 予定通り1泊2日の視察が終わり、私たちは通常業務に戻った。

 と、思っていたが、そうではなかった。


 出勤すると、エリオットに呼ばれた。


「ソフィ・アルノー。本日付で宰相補佐官の任を解き、財務課の特別顧問を命ずる。」


 突然の解任。頭の中が真っ白になる。私たちが婚約を結んだのは、宰相補佐官の任命後だ。つまり、縁故採用ではなく、この地位は自分の能力で勝ち取ったものであり、自分の仕事に誇りに思っている。それをこんな形で奪われるのは、納得がいかない。


「理由を教えてください。納得がいきません。」


「君が補佐官を続けることは、リスクが高すぎる。」


「一昨日の浴場のことでしょうか。」


「それだけではない。説明は以上だ。今すぐ、財務課に移動を。財務課課長が君を待っている。」


 こうなると、「冷酷宰相」が言葉を足すことはない。それは私が一番よく知っている。これまでそれをフォローしてきたのは私だった。しかし、その補佐官を解任された私に説明してくれる人はいない。私はエリオットを睨むと、最低限の物だけをひっつかみ、扉の前に立った。


「今まで大変お世話になりました。」


 自分でもビックリするような大きな声で挨拶を済ませ、宰相執務室を出た。

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