433話 ファンファーレ
「彼女…屋上から飛び降りるかもしれないので…」
彼女を引き留めていた理由がわかった。屋上から…飛び降りる…この一言で飛翔は思い出した。飛び降りた…あの子のことを。
「もしかして…君って小春さん?」
「…どうして私の名前を…?」
「ちょうど思い出してさ。君のことをね。」
「…私は思い出せない。あなたが私にとってどんな人だったかを。」
「それならいいんだ。佳澄さん、あの子の記憶は戻せそうですか?」
「戻せるわ。でも、精神的な問題だから時間はかかると思うし…そもそも戻るという確証もないわ。それでも…私に任せて大丈夫なの?」
「…はい。戻るという確率が少しでもあるのなら。」
「…分かった。私が頑張ってメンタルケアを行うよ。10年後の8月、ここでまた…」
「それじゃ長すぎて忘れちゃう!」
「まぁ、8月でいいよ。今年のね。」
「わかった。」
春の幻影の記憶は、夏になるまではわからない。その失意の中、彼女は看護師に連れられて病室に行くのを見るしかなかった。
「やっぱり、春の幻影は幻影のままでいいのかもなぁ…」
「飛翔さん、お久しぶりです。」
「おぉ!つむぎちゃん!」
「…春の幻影、ですか…懐かしいですね。私もありましたよ。」
「そうなの?」
「はい。結局そのあと会うことができましたよ…」
「…もしかして続きがあるのかな?」
「はい。その幻影の正体は会えましたけど…会った瞬間に亡くなってしまいました…」
「それはまぁ…お気の毒に…」
「でも、いいんです。私はその時、幸せだったので。」
少しだけ儚い話だけど、少しだけ暖かい話だ。そんな日常がずっと続いていくのだろうか。
「その言葉を聞くとなんだか不穏な予感がするのだけど…」
「大丈夫ですよ。それと、あなたはもう、あなたらしく生きていいんじゃないでしょうか?」
「僕らしく…ふらふらと歩きながら美食を探求するのっていいのかな…」
「いいんですよ。いろいろな場所の学食を食べて、美食を食べて、自由に暮らしていいんですよ。結花さんはきっと笑顔で待ってますし、みんな待ってると思います。私もジュネーブでゆるくお待ちしております。」
「これは冒険の始まりなのかい?」
「いえ、冒険という名の人生です。これから飛翔くんは一生を冒険する者として生きていくと思います。ですが、仲間は色々な場所にいます。行く先々で出会う人々、地元で待っている人、みんなが仲間です。」
「…つまり?」
「私たちは、飛翔さんが前を向いて生きて行けるように応援しています!」
応援団のようなコールをイヤホンで流されながら、二人は家路についた。
「飛翔さん、お帰りなさい。」
「ただいま。」
「…わたくし、実はしばらく社宅で暮らすことになりました。大丈夫です。代わりの女将を連れてきたので、しばらくはその方にお任せします。あ、ジュネーブに遊びに来てくださいね!」




