432話 春の幻影
「あの春の日、春の幻影を見たんだ」
※飛翔は酒を飲んでいるだけですし、周りには誰もいません。いったい誰に向かって話しているのでしょうか。
「そう、彼女は確かにいた。でも、彼女は昔亡くなったはずだ。」
超が付くほど平和な何かでも見たのだろうか。しかし…心当たりがない話というわけではない。
「春の幻影、春になったら思い出すんだ。亡くなった彼女へ…僕は何をすればいい。」
「それは考えなくていい。」
「クレアさん!?」
「思い出すだけで辛いのなら、思い出さないほうがいい。でも、その彼女が大事だったら…また会いにゆけばいい。もしかしたら、ここで会えるかもしれないだろ?」
「…ありがとう。」
霞ゆく空を背にして、彼女はどこかに向かった。だが、彼女に会いにゆけばいいという考えは今までなかった。飛翔は酒を抜いて、ふらふらと歩いて行った。
「春の幻影…待っててくれ…」
たどり着いたのは、青い花が咲いた綺麗な場所だった。まるで、三途の川のように綺麗で、少しだけ儚いものだった。
「暖かい風、少しだけ寂しいな。沈む夕陽、溶けてゆくのは街の影たちかぁ。」
「まるでそれは、夜にかけるようにね。どうも飛翔、お久しぶりだね。」
「君は…祖月輪…」
「まどかでいいよ。というか…普通私の苗字は読めないよ。そがわって読むのだけど。」
「…じゃあ、ここは死後の…」
「違う違う、ここは…東町の公園。ほら、ネモフィラ。少しだけ早いんだけどね。それで…春の幻影?要は幽霊だよね?」
「そうだね…ネクロマンサーのまどかなら…」
「…そういえばそんな設定もあったな…まぁいいや、その幻影とやらを探せばいいと…本当のことを言ってもいいかな?」
「大丈夫だよ。教えてほしいな。」
「…彼女の肉体は病院にあるはずだ。今すぐ行きなさい。」
春の幻影は目と鼻の先、正体が見えるのも、あと少しだ。
「…あ、あなた…けほっ…けほっ…」
「…ごめん、君の…」
「私の影を見たってことだよね。ごめんね、あと、おはよう。」
「…君の名前を…忘れちゃったんだ…僕は君の…なんだったんだ…」
「それは私にもわからない…でも、君にとっての私は、とても重要で、大切な人だったのかな。」
忘れてしまった彼女との記憶、忘れてしまった…いや、春の幻影は忘れられるべきだったのか…そう考えていると、病室から彼女は外に出た。問診の時間は終わっているのに、どうしてだろうか。そう考えていると、奥の方から言い争う声が聞こえた。
「…屋上はダメです…」
「…いや、行きたいんです…」
「…あれ?佳澄さんじゃないですか。バレた感想をどうぞ!」
「飛翔…学び直しするなら他の学校に行くべき…じゃなくて!彼女を止めて!」
「彼女…名前が…」
そう言っていると、屋上の扉が開いた。




