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熟れた記憶のさつきあめ  作者: わらびもち


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第4話 サンドイッチ

「ナツキさぁ。みんながみんな、アンタみたいに割り切れるわけじゃないんだよ。別に記憶なんてなくたっていいじゃん。このままここにいたら幸せ、それで良いでしょ」


「それはメイが決めることだ。俺達がここにこうしているのも、全部メイのためだろ?」


「それで覚醒したらどうすんの? アンタに——私達に責任が取れるの? せっかくこんなに、外よりも平和な世界なのに」


 よくわからない。けど、二人はなにかを知ってるのかな。この施設のこと、外の世界のこと。そしてわたしのこと。二人ともぜんぶ知ってる。ぜんぶではないかもしれないけど、だいたいのことは知っていそう。そんな口ぶりだ。


「あの……君はフミっていうの?」


「そう、フミだよ。番号で言うと〇七」


「ばんごう……」


 フミは柔らかくほほえんだかと思ったら、入り口からわたしの方へと寄ってきた。一歩、二歩。踏みこむたびにかつんと鳴って、すぐにわたしの目の前まで。


「いい、メイ? メイが記憶を失くしたのはそんなに複雑な理由じゃないの。ちょっと頭を打った衝撃と、現実を見るための現象。言ってる意味、分かる?」


「わ、わかんない……」


「メイは答えを探してる最中なんだよ。無意識にね。だから記憶を探したくなる。でも私は答えを知ってるからはっきり言うよ。メイはこのまま、知らない方が良い」


 わたしの目を見ながら、フミは真剣にそう言った。彼女は答えを知ってる。じゃあナツキもなのかな。現実ってなんだろう。わたしの記憶がなにかを探してるって……。


「そんな言い方されたら、気になっちゃうよ……? わたし、思い出すためにここまで走ったんだ。オニがこわいのもがまんして。うそはつかないの?」


「私達はメイに嘘をつけないんだよ。そういうルール。だからこうして隠してる」


 変なルールだ。でも説得力がある。ふしぎとフミの言ってることがほんとうだって、そんな確信があるから。理由はわからないけど、たしかな——自信、みたいな。


「……ねぇ、ナツキ?」


「任せるよ。お前がここで止まるってんなら、俺はそれを応援する」


 どうしよう。……どうしよう。答えがわからなくなってきたな。わたしはどうしたらいいんだろう。記憶がなくて不安なのに、その先も不安になってきた。不安、だけど——


「でもやっぱり。知りたいよ、わたし。答えが知りたい」


 なにもわからないのはこわい。フミとナツキは違うかもしれないけど、それがわたしの結論だ。わたしがなんなのか、ここがなんなのか。たとえ救いがないような、ろくでもないものだとしても。


「……私がここで、メイを殺してでも止める。なんて言ったら?」


「えっ……こ、ころさないでほしい」


 命と比べたらさすがに軽いけど。でもフミが本気でそんなことを言っていないことくらい、わたしにもわかった。眉を下げて、視線をそらせて。そんなよわよわしい顔を見たら。


「はーぁ、分かったよ。第三棟に案内するから、ついてきな」


「えっ、いいの!?」


「私はメイの記憶を取り戻すことが幸福じゃないって知ってる。それをメイにも伝えた。それでも地獄を知りたいって言うなら……ねぇ、約束して。たとえ何があったとしても、自分が悪いなんて思っちゃダメだよ」


 さっきまでの強気な声じゃない、小さな声。けど、目はちゃんとわたしの方を向いていた。いよいよ知るのがこわいけど、わたしは一人じゃないんだ。


「うん、わかった。わたしにはフミもナツキもいるし、自分を責めたりなんてしないよ」


「っ……うん、それでいいからね」


 フミはそのままわたしの首に手を回して、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。ふんわりとした、柔らかい空気。おひさまみたいな、優しい香り。震えを感じるほどに近く、しばらくしてからそっと離れた。


「なぁ、フミ。第三棟への案内とは言うが、中庭を通るんじゃないのか? 鍵はあるのか?」


「鍵はされてないよ、今は。通るのは中庭だけど、あそこのオニは今ごろ変形してるだろうから」


「変形……っ」


 絵本に書いてあったあれのことかな。鳥になったり大きくなったり、姿を変えるっていう。たぶん、元のオニよりもずっとつよくなってるだろうし、突破できるものなのか。


「あいつらは目が悪くなってるからね。ゆっくり進んで、こっちが何もしなけりゃ大丈夫なんだよ」


「へぇ! フミはいろいろ知ってるんだね!」


「そりゃあね。私はここのことならなんでも知ってるんだ」


 じゃあナツキよりも物知りってことかな、すごいな。でも、あれ。それならフミにわたしの記憶のことをもっと聞けばいいんじゃ、とも思ったけど。


 こういうのは自分で探すのが大事なのかな。そもそもフミも思うところはあるらしいし、踏みこんで聞くべきじゃないね。


「メイ、どうする? 疲れもあるだろうし、一休みするか?」


「ううん、もう十分に休んだよ。あっ。でも良かったらさ、三人でパーティでもしてから行こうよ。食べ物もせっかく持ってきたんだし」


「非常食のつもりじゃなかったのか? まぁいいけどさ」


 残念ながらココアもミルクもないし、そんなに味のよくない缶づめやらなにやら。でも中には甘い果物もあったし、そんなに悪いってわけでもなかった。食卓はないけど、三人で食べるそれはけっこう美味しかったり。


「ねぇ、フミは好きなものとかあるの?」


「……まぁ、うん。ハンバーグとか」


「わぁっ! わたしも好きだよ、ハンバーグ!」


 フミは照れ隠しみたいに知ってるよ、とだけ言ってぺろりと指をなめた。自分でもなにが楽しいのかはわからない。けど、こんなにも楽しい。ほんとうに真実とやらはそんなにもひどいものなのかと、そう思ってしまうくらいに。


「さて、お喋りはここまで。のんびりしててもいいけど、そろそろ第三棟に行こうか。ナツキ、武器はある?」


「あるにはあるが、使う機会があるのか? さっきは大丈夫って言ってたろ」


「その認識でいいけど、万が一にも備えてだよ。私にも一つくらい分けてくれ」


 ナツキはそれを聞いてばくだんを渡したけど、相変わらずぶっそうな風景ではある。それにオニが危険なことに変わりはないみたいだし、ちょっと不安だ。でもそれは向こうからしたわたし達も同じなわけで——? あれ、いやいや。考えすぎかな。


「メイ、リュックなんて背負っちゃって、平気?」


「うさぎさんが入ってるから、がんばるのっ」


「ふふ、そう。じゃあついておいで」


 部屋を出て、第二棟を奥へと進む。他にもキロクはあったかもしれないけど、大事なのは第三棟らしいからよしとしよう。


 第二棟はキロクを取るための場所だからか、いがいにも第一棟よりはいくらか小さいようだった。薄暗さはすこしあったけど、足元をつまずくこともなく。大きめなドア——中庭に出るためのドアがすぐに見えてきた。


「ん、なに? この音……?」


「オニの音だよ。変形したらおよそ生物と思えるようなものじゃないからね」


 ドアの向こう、まだ開けてないのに異様な熱を感じる。そしてその熱に乗って、ごうごうと鳴るいやな音。それだけで鳥肌が立って、びくびくと喉の奥がふるえた。


「私が先頭で案内するから、メイが真ん中、ナツキが後ろね。姿勢を低く、ほふく前身で進むよ」


「サンドイッチ作戦ってことね!」


「サンドイッチされるのはメイだけだけどね」


 こわいけど、はさまれるならなんとか乗りこえられそうだ。前にフミがいて、後ろにはナツキ。二人に守ってもらうみたいで、なんかいいな。


「『一《いち》』って言ったら行くからね。二人とも分かった?」


「うんっ、わかった」


「あぁ。後ろは任せろ」


 ナツキの言葉にフミはすこしだけほほえんで、顔を引きしめた。三、二。一秒ごとにフミカウントを下げる。そのただ一瞬にわたしの心臓はふるえ、ゆれた。そして——


「一!」


「っ……!」


 合図とともにドアが開かれ、むわっとした熱が流れこんできた。熱に当てられてすぐに低くなる。音がひどく、耳を叩く。ガスみたいな、なにかがあるのか。霧がかかったみたいに視界が悪い。見えるのはオニと、真っ赤に燃えるような風景だけ。


「ねぇ……っ、多くない? これ、バレないで向こうのドア開けられるの?」


「確かに、思ったよりは多いね。……今はとにかく私についてきなよ」


 周りは大きな、これがオニなのかな。十か二〇か、さっき見た姿とはまるで違う。はるか上空を飛ぶオニに、地面に立つ大きなかたまり。オニというか、これは、なんというか……。


 なににしても、後ろには戻れない。フミについていかないとはぐれちゃうかもだし、たとえどんなにオニに囲まれてても、この視界で、わたし達の小ささ。……いや、考えてもやっぱり、どのオニにも見つからずに抜けられるなんてとても考えられないな。


「メイは真っ直ぐ、私を追えばいいから。大丈夫、頑張って」


「……うんっ」


 かさかさと燃えるようにゆれる草をどけながら、ゆっくり、だけどかくじつに進んでいた。信じるしかない。フミについていくしか、ただそれだけに集中するしか。——そのときだった。背後、というよりもはなれたところで大きな音が鳴った。ドカン、と。


「……? えっ……!?」


 ナツキがいない。最初に思ったのはそんなことだった。そして次に、今の音がばくはつ音だとわかった。聞きなれたというほどじゃないけど、聞いたことのある音。


「フミ……! ナツキだよ、ナツキがきてない! 戻らないと、ナツキが……っ!」


「メイ。私達は進まないと。メイのために私達がいるんだから」


「でも、そんなっ……」


 オニ達はその音に、なにかを叫びながら寄っていった。道が開かれたんだ。後ろではもっと、大きなばくはつ音が続いている。ドカン、ドカン。そして小さく、赤い色も見えた気がする。


 こんなことなら、こんなことになるなら。わたしはこんなところ、来たくなかったのに。でも、来てしまった。わたしが決めたんだ。ナツキは背中を押してくれた。じゃあ、わたしは。わたしがすべきことは。


「っ……行こう、フミっ!」


「……うん、行こう」

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