第3話 キロク
第二棟、けんさをする場所だったか。明かりはついていて、視界はわるくない。第一棟と同じように大きそうだけど、形はあまり変わらないかな。
「……それにしても、オニは中に入ってこないんだね。わたし達に怒って追ってくるんじゃとも思ったんだけど」
「オニは外にいるもんだからな。基本的には気にしなくていい。都合の良い話だけど、そういうものなんだ」
基本的に、というのは気になるけど、ナツキがそう言うなら気にすることもないのかな。むしろそれなりの理由があるんだろう。進んで話すようなことでもないらしいが。
「それで、どうしようか。こっちにはなにがあるの?」
「ざっくり言えば記録だよ。成長の記録だったりなんなり。ま、記憶を取り戻すならメインは第三棟になるのかな。俺も詳しくないけど」
「ふーん。じゃ、ここでできることをやるんだね。調べものだ!」
「そういうことだな」
よっこいしょと言いながらこしを上げる。リュックを確かめてみるけど、うん。焼けたり穴が空いたりはしてなさそうだ。うさぎさんも変わらず、中で座っている。
「まずは、目の前のお部屋から探そ?」
「あぁ、そうだな。実際、あれがメインの検査室だし」
「へぇ、近いんだ」
ナツキの説明を聞きながら、正面のドアに手をかける。広い、白い部屋。いろんな色のクッションは第一棟の部屋にも似てる。けど、テーブルだったり数字の書かれたどうぐだったり。あっちにはなかったものがある。
「見て、これ。なんかむずかしいことが書いてあるよ。キロクかな」
「見たところそうだね。まぁメモに近いかもしれないけど」
少しくすんだ白い紙に書かれた文字。それが何枚かあるみたい。なんでこんなところに置いてあるんだろう。わからないけど、ヒントかもしれないし、その一枚に目を下ろした。
「うぇぇっ、むずかしいことばばっかりだよ。ナツキ、読める?」
「……仕方ないな。ほら、貸してみろ」
◇
▼個体番号・〇六/男
特徴・灰色の頭髪、体格・中、知能・高。やや荒い口調ながらも我々や他の子供にもよく懐いている。飲み込みが早く、判断力に長けており運動能力も高い。
身長一三〇、体重三〇、依然成長中。恐怖心・小、熱意・大、精神・強。仲間へ向ける感情はやや脆いものの、オニへの情は見られない。素質は極めて高いと言える。
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適正・S
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歌が好きな様子。好物はココア。適度にストレスを抜かせること。変わらずに教育を続けることとし、くれぐれも丁寧に育てるように。
◇
ナツキが読み上げてくれたのはだいたいそんな内容だった。たしかに、言われてみればその紙にはそんなようなことを書いている。たぶん。一人じゃ全部は読めないけど、わたしだって少しくらいならわかる。
それとはべつに細かい数字はまたウラに書かれてるけど、そっちは見るだけで頭がいっぱいになるからいいかな。大事なのは数字じゃない気がするし。
「これって、ナツキの?」
「あぁ、そうだな。身長や体重の検査はよくするんだ。体格は戦う力そのものだからな」
「ふぅん」
なんというか、冷めてるなぁ。でも、ナツキのキロクがあるってことはわたしのものもあるのかな。「わたし」を思い出すためのヒント。どこか——この部屋か、そう遠くないところに。
「それにしても、いっぱいあるな。がんばろっ」
「ははっ、仕分けは俺がしてやるよ。メイはそれまで本でも読んでな」
「ほんと!? ありがとっ!」
ナツキの声にはね上がり、近くのクッションに座った。リュックを開けて、うさぎさんをひざに乗せて。そしてまた、オニたいじの絵本を開く。この絵本はどこかわくわくするし、オニを知れるからひまつぶしには向いている。
◇
ヒーローはぶきをくしして、オニをいったい、たおしてしまいました。おおきくて、がんじょうで、にんげんではとてもかなわないようなオニをそのてでたおしてしまったのです。
むらのみんなはかんしゃをつたえ、ヒーローもそれをうけとりました。けれど、たたかいはおわりません。
ヒーローにおこったオニは、すがたをかえてしまいました。
あるオニはずっととおくからみえないこうげきをし。またあるオニはトリのようにそらをまい。つよいオニはおそろしくおおきな、そしてがんじょうなかたまりに。
ヒーローはとても、かないませんでした。にんげんのまねをしていたときよりも、ずっとつよくなってしまったのです。
むらがふあんときょうふにのまれるなかで、ヒーローはいいました。「わたしがすべてのチカラをつかってオニをたおそう。みんなはあんしんしていなさい」
そういって、ヒーローはもどってきませんでした。むらのそとにあったのは、なんたいものたおれたオニたちです。
むらはヒーローにかんしゃをしました。そんけいしました。むらのこどもたちはヒーローにあこがれ、のこされたオニたちもヒーローにびくびくとおそれています。
むらはひとりのヒーローによって、ヒーローのこころをやどしたのです。
◇
「びたーえんどだ」
「残念だったか?」
「……いや」
ほんとうはハッピーエンドの方が好きだけど、どうしてかな。それでもこの話が好きだ。一人のヒーローの話、何体ものオニの話。戦って死んだヒーローのお話。
「ほら、メイ。お前の記録だ。……読むか?」
「あっ、うん! 読んで!」
ひらひらと紙を見せつけながらながらナツキはわたしのすぐとなりに座った。そしてまた、いくつかの紙の中から一つ開く。しわけはもう終わったところか。彼とわたしの真ん中で、その文章が目に入った。
◇
▼個体番号〇五/女
特徴・薄い黒の頭髪、体格・小、知能・高——超高。いつも楽しげに笑っており、朗らかな性格。相手を問わず馴染みやすく、身体能力は他の子供と比較して低い。
身長一二五、体重二四、依然成長中。恐怖心・小、熱意・特大、精神・強。総合成績は好ましいが、いささか知能が高すぎる。今は夢を抱いているがこの先どう至るのか、他の誰よりも予測することが不可能。
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適正・C
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絵本とぬいぐるみが好きな様子。好物はホットミルク。踏み込んだ教育は違和感を持たれる可能性もある。少しずつ、極めて少しずつ教育すること。可能性は低くとも、警戒するに越したことはない。
◇
読み終えると、ナツキはその紙をわたしにくれた。これがわたしのキロクなのかな。ほんとうにわたしなのかな。正直、思ってたのと違っていた。
「これ、ほんとうにわたしの?」
「そうだよ。意外か?」
「うん、意外だよ。なんというか……思ってたのと違うっていうか」
気になるところはいくつもあるけど、知能が高いというのが気になる。いや、自分で言うのもあれなんどけど、わたしってそんな感じじゃないし。
そしてナツキのキロクよりも、ずっと黒いものを感じる。「教育」「違和感」。わたしは何かに気づいたのかな。記憶がないことに関係しているのか。やっぱりわからない。
「わたしって、ほんとうは頭が良いの?」
「……あぁ。今は記憶を失くしてるから実感は湧かないだろうけど、地頭が良いタイプだな」
勉強ができるってわけじゃないのかな。わたしはわたしのことをよく知らないけど、思っているわたしじゃないとしたら。考えるとちょっと不安だな。
「もう一つ、この資料も読むか?」
「うんっ。ありがとう」
キロクとは別の、もう一つの紙。ナツキがしわけてくれた手がかり。とくとくと胸が鳴るのを感じながら、また耳をかたむけた。
◇
子供達の教育は順を追って行うべきだ。元は親を失った、あるいは元からいなかった子達。戦えと言われて戦えるようなものではない。しかし子供、純粋なあの子達は飲み込みが早く、それが大きな利点だ。
まずは我々を信用してもらわなければならない。初めは皆、警戒して近づこうとすらしない。だから少しずつ距離を詰めるのだ。好物でも聞き出せると好ましい。
次に憧れを抱かせる必要がある。ヒーローへの憧れだ。日々の授業の中に、それらを仕込む。英雄の歌と英雄の物語。何度も何度も聞かせるうちに、子供達はそれらに惹かれるようになる。
ここまで手順を繰り返せばあとは難しくもない。彼らこそが英雄の卵であり、戦いの恐怖をそれ以上の憧れで塗り潰せる。我々はただ無情に、あの子達を教育すれば良いだけだ。
◇
全身がぞくぞくとふるえた。わからない。わからないけど、この施設はひどく黒い場所だ。オニだけじゃない。わたしが気に入っていた絵本も、ナツキの好きな歌も、なにかの目的で好きになるように仕向けられていた。
「ナ、ナツキ……? これ、こわいよ。こわくないの……?」
わたしはうさぎさんをぎゅっと抱きしめて、ふるえる声でたずねた。ここはなんなんだろう。わたしはなんなんだろう。そんなぎもんが浮いては沈む。
「俺は怖くないよ。ここ——『星の園』は確かに何かを企んでたらしい。それでも俺は先生達が好きだったし、英雄にだって憧れてる。それは悪いことか?」
「……わかんない」
「ははっ、だろうな。お前はお前の答えを探せばいいさ」
ナツキはどこまでも落ち着いている。歳はそんなに変わらないのに、どうしてか自分を持っている。そんな姿勢にまた、すこし頭が軽くなった。——そのときだ。
「ねぇ。何してんの、アンタ達」
「っ、誰……?」
高くするどい声に振り向くと、部屋の入り口にはまた近い歳の女の子がいた。金髪が長くて、かわいい女の子。かわいいけど、その目はとがっていた。
「見れば分かるだろ、フミ。メイの記憶を取り戻すために、いろいろ回ってるんだ」
「うん、見れば分かるよ。だから何してんのって聞いてんの」
「あっ、あの——」
言葉をはさもうとはしたけど、ナツキと彼女——フミの言い争いには入れなかった。わたしが原因なのに、なにもわからないわたしには止めることもできない。だからただ、うさぎさんを抱えて見つめているだけだった。




