第2話 中庭突破
「……なぁに、その歌?」
「英雄の歌だよ。覚えてないのか?」
「わたしのこと、知ってるの?」
その言葉に彼は小さく見開き、遠目でもわかるくらいにため息をついた。そんな反応はしなくていいじゃん、とも思うけど。
「知ってるさ。メイ、俺はナツキ。まぁ記憶がないなら一応、初めましてと言っとくかな」
「……ここはどこ? 君はなんなの? 中庭にいた……あれはなに?」
「待て待て。そんな大量に質問を投げかけるんじゃないよ。まぁ俺も暇だし、ちゃんと説明はしてやるさ」
彼——ナツキはそう言って手をひらひらと揺らし、わたしに座るようにうながした。やっぱりここは安全なのか。わからないけど、ナツキのことは信用できる気がする。
「まず、ここは『星空の園』。分かりやすく言えば孤児院みたいなところで、元々は俺達みたいな身寄りのない子どもがいっぱいいたんだ。先生とかもな」
「こじいん……今はいないの?」
「消えたんだよ、ほとんどな。どれくらいここに残ってるのかは知らないけど、ここにいるのは俺だけだ。ま、案内人とでも思ってくれよ」
まだいろいろとわからないけど、ナツキはわたしよりもいろんなことを知ってるらしい。わたしにはない知識、それと記憶を持っている。
「それと、中庭で見たのはオニだろうな。捕まらなくて良かったよ。元々はあんなところにはいない、もっと外にいる怪物なんだ。捕まってたら、食い殺されてたぜ?」
「なっ……オニって? そんな、信じられないよ」
「でも見たんだろ? お前の目が、確かにさ。あれはとにかく敵だ。捕まらないように、関わらないのが得策だな」
彼はくすくす笑いながら、余裕そうに教えてくれた。オニ。絵本の中の、オニなのかな。本当にそんなものがいるなんて信じられないけど、わたしの目で見たのは夢じゃない。夢かもしれない、なんて思っちゃうくらいだけど。
「わたし、記憶がないんだ。思い出したいの。全部。……どうしたらいいかな?」
「……三つ、この施設は棟があるんだ。生活の基本になってたここ、第一棟。身体測定やらをしていた第二棟。先生達だけが入っていた第三棟」
「それが……?」
「記憶を取り戻したいんだったら、見て回ることだ。何がきっかけで覚醒するかなんて誰にも分からない。だったら探索した方がいいさ」
ナツキは不思議な雰囲気だけど、なんだかんだちゃんと教えてくれる。そんな彼と話すのはなぜだかとっても楽しい。ここで初めて会えた人だからかな。嬉しいのかも。
「そっか! うん、ナツキがそう言うならそうするよ! えっと……じゃあどうすればいいのかな?」
「第二棟に行くなら、中庭を通らないとな。あの奥にあるから」
「えっ! でもオニがいるんだよ? 関わっちゃダメだって……」
あんなにこわいところには行きたくない。でもその先に求めているものがある。のかもしれない。じゃあわたしはどうしたら——
「大丈夫だよ。そのときになったら俺が協力してやる。多少は気張ってもらうけど、そんなに気にすることもない」
「そ、そうなの……?」
「俺達はヒーローになるために育てられてるんだ。オニは脅威だけど、それはお互い様ってやつだよ」
ヒーロー、やっぱり絵本の話なのかな。でもナツキはまだ子どもだし、オニと戦えるとは思えない。逃げ足とかが大事なのかな。わたし、さっきみたいに走れるかな。
「そんなことより、その本抱えたままじゃ疲れるだろ。置いていけ」
「え、やだよ。わたしこの本好きだし、なにかヒントになるかもしれないじゃん」
「……仕方ないな。じゃあほら、これに入れろ」
そう言って投げられた塊をあわててキャッチした。袋——リュックだ。ちょうどわたしの小さな背中に収まるくらいの、ピンク色のリュック。すごくかわいい。
「これ、もらっていいの?」
「あぁ。今は誰のでもないしな。手は空いといた方が楽だ」
むふふ、と自然と笑みがこぼれてしまう。頬を引き締めながらチャックを開けて本を入れ——そのとき。中に入っていたふわふわの感触に手が当たった。
「なにこれ?」
「ぬいぐるみだよ。好きだろ? まぁ御守りくらいに思っとけ」
リュックの中で座ってるうさぎのぬいぐるみ。白くてもふもふで、ちょっとだけ重量感もある。ナツキは意外と、こういうものをくれるみたいだ。
「……ふふっ、かわいい。抱っこしたいけど、今はリュックの中にいてね」
「さて。じゃあここでやることもねぇし、少し休んだら第二棟にでも行くか? それとも、その前にこの棟で何か見たいところでもあるか?」
「いや、特には。……あっ。でも食べものとかはあった方がよくない?」
「要らないと思うけど……まぁうん。確かに。じゃあまずは食堂とキッチンに行って、非常食でも調達してから向かおうか」
彼は自分の太ももをぽんぽんと叩きながら立ち上がった。なんか頼れるおにいちゃんみたいだ。ここのことも知ってるらしいし、しばらくの道案内は任せちゃおう。
「探すのは携帯食だ。それか缶詰めでもいいけど、まぁそんなところ。そもそもそんなのしか残ってないだろうけどさ」
「ナツキはどこまでついてきてくれるの?」
「うーん……そりゃあ、お前が記憶を取り戻すまではサポートするつもりだよ。別に、要らないってんなら別れるけど?」
「やだ! 二人しかいないんだし、仲良くしようよ!」
リュックを背負って部屋の外、中庭とは反対の方向。歩きながらわたし達はそんな話をしていた。やっと人を見つけられたんだ。ナツキと二人ならさびしくないし、わざわざ離れたくもない。だから一生懸命に話を続けながら、たどり着いた大きなドア——食堂の入り口を開けた。
「おじゃましまーす。……良いにおいしないね」
「そりゃあ料理中ってわけでもねぇし。ほら、とにかく探すぞ。急ぎじゃなくてもいいけど、ゆっくりする理由もないんだ」
「はーい」
言われたとおりに、食堂からキッチンまでを探索する。わたしとしても記憶ははやく取り戻したい。ほしいのは少しの食べものだけだし、休憩は十分にした。
「あっ、お肉の缶づめ……と、かんパン? パンだ!」
「よし、このくらいでいいだろ。リュックは重くないか?」
「うんっ、平気!」
中に放り込んだ二つに加え、ナツキが持ってきてくれた魚の缶づめ。もとから絵本とぬいぐるみが入ってたから重さはあんまり変わらない。これくらいなら、まだいっぱい歩けそうだね。
「じゃあ少し話そうか。中庭を抜けて第二棟に行く方法について」
「おぉっ、いよいよだね! オニの目をぬすむ方法があるの?」
「お前がするのは走ることだけだ。俺が爆弾を投げて奴らを退けるから、その隙に真っ直ぐ走るんだ」
「うわぁ……」
思ったよりも物理的というか、やばんというか。とくべつな力があるっていうわけじゃないんだ。
「ピストルでもあればいいんだけどな。でもそんなんじゃ外れるかもしれないし、確実じゃないから。やっぱり、逃げるなら爆弾か閃光弾だな」
「効くんだね、そういうの」
「そりゃあオニも人間の姿を真似してるんだ。人間に効くものは効くよ。……詳しくはないけど、少なくとも人間の姿のうちはね」
やっぱりあれは人間の姿なのか。オニの姿にもなるのかな? じゃあなんでもっとつよいオニじゃなくて人間の姿のままなんだろう。……ぎたいとか? それにしてはヘタだなぁ。
なんてことを思いながら、来た道を折りかえして少し。わたし達は中庭に続くドアの前に立っていた。心臓はばくばくとうるさく鳴る。この先にオニがいて、わたし達はそれを抜けなきゃいけない。いまさらだけど、けっこうやばくないかな、これ。
「いいか、俺が先に出る。お前は俺の背中にぴったりくっついて来い。とにかく周りには目を向けず、走るぞ。三つ数えるからな」
「んっ、わかった!」
「よし、良い返事だ。いくぞ。一、二——」
三。そう言うよりも少しだけはやく、ナツキはばくだんを放り投げた。そして同時に走り出す。炎の熱、煙が苦しい。けど、止まれない。
「■△!? ■△□○!?」
「ついて来てるか、メイ!?」
「っ、うんっ!」
ばくはつに巻きこまれ、オニ達の叫び声がひびく。肉の焼けるくさいにおい、鉄のような冷たいにおい。煙にのってちりぢりに。その真ん中を、ナツキの背中にぴたりとついて走った。
「はぁっ、はぁっ……!」
「走れっ、あと少しだ!」
手をふって、足を回して。全力、とにかく全力。ちらばった肉のはへんが視界のすみっこにあるけれど、気にとめず。第二棟のドアががちゃ、と鳴ればまた静かになった。そのままずり落ちるように座りこむ。
「よし、なんとか来れたな。オニは十体くらいだったか? 二、三体が死んでもあんまり変わらないな」
「はぁっ、はぁっ……げほっ。わたし達が死ななかった、今はそれでいいじゃん」
「……そうだな。奴らと積極的に関わる必要もない」




