78.これから
ウォーリス城に着くと、婚礼の儀の参列者で城内はごった返していた。メルはふとルイスの即位式を思い出し、少し胸が詰まる。レッドがその様子に気づき、メルの背中に腕を回す。メルは何度も頷いてレッドに寄り添った。
レッドを伴って王の婚礼に立ち会うなど、あの時、誰が予想出来ただろう。
トーイとツーは戦乱を止めた功労者として、特別に後方に席が用意されていた。メルとレッドは中ほどの席につく。その瞬間、周囲の参列者からざくざくと褐色のレッドに視線が刺さった。が、彼は堂々とメルをエスコートし、平然と席に座った。
遅れてナローとウォルターが前方の席に現れる。
婚礼の儀は王宮内で行われた。いつもなら正教会のチャペルで行われ、それから王宮に戻る段取りを踏むのだが、今回は正教会の醜聞のおかげでそちらへ行く計画を取らなかった。新しい教皇がこちらへ来る手はずになっている。
兵士の号令で静まる城内に、ルイスが先に入って来た。
メルは入り口を振り返り、婚礼用の緋色の装束を纏ったルイスを視界に捉えると、涙が止まらなくなった。まるで前が見えない。レッドはそんなメルの状態を見、笑うのを我慢している。メルはレッドのポケットチーフを奪うと、これみよがしに鼻をかんで見せた。
ルイスが壇上に立つと、今度はリディアが入場する番だった。白い絹のドレスを引きずってゆっくりと歩いて来る。まだ幼さを残すその額の上には七色に輝くティアラが戴せられ、レースのベールが揺れている。彼女のベールの先を持つ子供達を見て、参列者が一様にどよめいた。
ベールの裾を持って入って来たのは、全員褐色の、赤い髪に赤い瞳の子供達だった。アーカングルから連れて来られたのだろうか。リディアは思惑通りといった表情で、前を向き微笑んでいる。メルはレッドの手が微かに震えていることに気がつき、その手を静かに握った。
リディアがルイスの隣に並ぶ。出迎えたルイスはすっかり大人びた顔で、彼女と微笑み合う。
余りにも美しい光景ーー
教皇に指示されて、ルイスはベールを持ち上げると、リディアにそっと口づけする。リディアは閉じていた瞳を開くと、うっとりと新しい夫を眺めた。
メルは泣きすぎて呼吸困難になっている。見かねた両隣の参列者から、彼女の膝へハンカチが舞い込む。メルはそれを片っ端から使用した。
新郎新婦が退場し、参列者は食事の席へと移動する。メル達はこれには招待されていなかったので、ここで退場となる。王宮の玄関に出ると、すぐにナローが走ってやって来た。
「メル、レッド。陛下がお呼びだ。控え室まで行くように」
少し予想の出来ていたことだった。メルとレッドはトーイとツーに声をかけ、王族の控え室へと向かった。扉の向こうには今しがた王と結ばれたばかりのリディアが、婚礼衣装のままで待っていた。その周辺を、赤毛の子供達が走り回っている。
「メルさんにレッド。こんな場所でごめんなさい。どうしても、お会いしてお礼がしたかったの」
そう言うと、リディアはメルの目の前で、レースのベールをティアラごと外してみせた。メルがぽかんとしていると、リディアはそれをそっと差し出して
「これを、メルさんに差し上げます」
と言い出した。メルは驚いてルイスの方を見る。ルイスは何度も頷きながら笑っている。
「そんな、恐れ多い……!」
メルが困惑していると、リディアは真剣な表情でこう言った。
「大したものではありません。今日の儀式用に作らせたイミテーションの方なので、是非貰ってやって下さいませ。陛下から聞きました。メルさんは私達の婚姻のために神の実の全容を解明することに忙し過ぎ、式さえまだしていないと。私、そのことをつい最近まで知らなかったのです。自分達だけで浮かれていたことが、本当に恥ずかしくて。メルさん、どうかこれで、式を」
メルは困惑の視線をレッドにも向ける。レッドは平然とこう言ってのけた。
「貰っとけば?」
メルはがちがちに緊張しながら、震える手でティアラを受け取った。イミテーションとはいえ、王妃が今しがた乗せたティアラである。カッティングされたグラスの輝きが眩し過ぎて目がくらむ。メルが呆けていると、レッドが横からそれを奪い、メルの頭にどすっと乗せた。
「ちょっとレッド、丁重に扱ってよ!」
怒るメルをじっと見下ろすと、レッドは彼女の顔前にひらめくベールを持ち上げた。メルの心臓の音がこちらにも響いて来たのか、レッドがからかうように微笑む。
子供達が囃し立てる中、先程、王と王妃がしたように二人はキスをする。ルイスとリディアは寄り添ってそれを祝福した。
使用人にベールのレース部分だけを持たせ、メルは馬車に乗り込むと、その小さなティアラを膝に乗せて眺めた。向かい側に座ったレッドは早速窮屈な上着を脱ぎ、ほっとした様子で椅子の背にもたれる。
「ねえ、レッド」
ティアラを眺めたまま、メルが問う。
「これ……どうしよっか」
レッドもティアラに視線を落とす。
「もう、式もしたしなぁ」
レッドの言い分に、メルはくすぐったそうに笑う。
「最高の式だったわね」
「うん」
「立会人が王と王妃よ」
「うん」
「私、今とても幸せ。だから……」
そう呟くとメルはきっと顔を上げ、高らかに宣言した。
「次は新島調査船に乗り込むわよ!新しい植物が私達を待ってるわ!」
レッドは悩ましげにメルを見上げ、
「まじかよ……」
と呟いた。
「私が次に狙うのは、観葉植物よ。これを売って資金を集め、エリン達に最高の教育を施すわ。勿論、私達の未来の子供にもね?それから、各地に青い血の民が安心して暮らせるコミュニティを作り、神の実を管理させましょう。そうすれば、私達やブルマン、そしてツーのように余計な苦労をしなくて済むわ。ねぇレッド、あなたも協力してくれるわね?」
鼻息荒くまくし立てるメルに、もうレッドがひるむことはない。
「しょーがねーなぁ」
彼は悪態をつきながらも、笑顔で窓枠に肘をつく。
「すぐに出発すると叔父様が色々うるさいから、しばらくウォーリスにとどまって、私達も子供の面倒を見ましょう。叔父様が油断……もとい、落ち着いたところを見計らって脱出するわよ!」
「はいはい」
「何よレッド、その呆れたような顔」
「だってどうせ反対しても無駄だし」
「聞き分けが良くて何よりよ。良く訓練された夫だわ」
メルはくつくつと笑う。メルの手の中のティアラが、夕日に照らされ七色に輝いた。
赤い夕日が落ち、青い闇がグラデーションを描いて空を冷やして行く。少し冷え始めた風が、旅の予感に高揚する二人に心地良く吹きつけた。
何もかもを乗り越えた二人には、もう怖いものなど何もない。
二つの月が出ている。
これにて完結です。最後まで読んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございました!
途中何度も連載をくじけそうになりましたが、脳内で生み出したキャラクターが様々な困難を乗り越えて幸せを掴んでくれました。
そして後ろ向きな私を励まし続けてくれました。
何を馬鹿なことを言ってるんだと笑っていただいて構いません。
私が彼らを本当に愛していたことをここに記します。
最後に、感想やブックマーク、評価★ポイントやレビューなどいただければこれほど嬉しいことはありません(評価★は下部↓にございます)。それでは皆様、今度はまた違う物語でお会いしましょう☆




