77.あれから
あれから二年後。
メルとレッドは長い旅を経て、久々にウォーリスの薬草園へと帰って来た。早朝の光が差し込む馬車の中は、新しい植物でいっぱいになっている。
二人がウォルターの屋敷の前に降り立つと、庭に出ていた使用人達がわらわらと集まり、馬車から植物を出す作業に勤しんだ。メルとレッドは荷を持たず、まっすぐ屋敷へと向かって行く。
扉が放たれた。執事のジャンが立っている。
「お帰りなさいませ、メル様、レッド様」
執事のジャンの背後から、赤い瞳を輝かせた小さな男の子が出て来た。
「ママ、お帰り!」
「あらエリン、ただいま。いい子にしてた?」
すると扉から隠れるようにしていた女の子も飛び出す。
「ママー!」
「レイ、あなた喋れるようになったのね?」
「ママ!」
「ケイト、ジェーン、服を着なさい服を」
「ママ!」
「メイ、マリー、キースにターシャ」
それから玄関ホールは赤い髪、赤い瞳の子供達でいっぱいになった。奇声歓声、走る音飛び跳ねる音、割れる音倒れる音。その喧騒の中をぬうように、赤子を背中におぶってへろへろになったウォルターが上階から下りてきた。
「メルにレッド!ようやく帰って来おったか!」
ウォルターは二人を歓迎するでもなく、ただ怒っている。
「これだけの子供を相手にするのがどれだけ大変だったか……次は私が旅に出る番だ!子守がキツ過ぎて危うく過労で倒れるところだったんだぞ!」
そう叫んだウォルターに、赤い髪の子供達が群がる。
「じーじ遊んでー」
「じーじ」
「じーじ」
ウォルターはぶるぶると震えると、
「あっちへ行けー!」
と怒鳴った。子供達は笑い転げながら、文字通り各部屋に転げ去って行く。メルはくすくすと笑った。
「まあ!ちょっと前までは跡継ぎが欲しいと散々愚痴っていたのに、変なおじいちゃまね〜」
「こんなに欲しいとは言っていない!第一、あれは全員女神の実の赤子だから、跡継ぎではないではないか!」
「ふん。ああ言えばこう言う贅沢なじーじですわねぇ。ところでジャン」
ひっそりと佇んでいたジャンが応える。
「何でしょう」
「何か軽食が食べたいわ。小腹が空いたの」
「どちらでお召し上がりになりますか」
「そうね、久しぶりに庭で食べたいわ。いい天気だし」
「レッド様はどうなさいます?」
「俺もメルと一緒に食べる」
「ではご用意致しますので、しばしお待ちを」
庭園の隅にテーブルが用意され、レッドとメルは席についた。遠くに、移植されたばかりの聖なる樹と女神の樹が複数見える。
ウォーリスに平和が戻ってからしばらくして。
ブルマンとバーボイはしばらくウォーリスの牢に幽閉されていたが、青い血の奴隷市場の調査に伴い、調査協力の名目で監視つきで牢から出された。ルイス(とヨアキム)の依頼で、彼らの情報を全て集約し、調査する任務がシェンブロ家に与えられた。メルとその仲間達でブルマンやバーボイの言う土地を回り、聖なる樹や女神の樹をいくつか採集、移植したものの、ここにはまだその一部しか集まっていない。ブルマン、バーボイ両氏には、いつか厳正な処分が下るだろう。それはまだ、先の話である。
教皇派の話を全てまとめた調書を元に、青い血の民のコミュニティを把握する作業はアーカングルが担ってくれることになった。全ての未発見の島を回り、彼らの保護をするとあちらは言うが、青い血の民と信頼関係がないのでなかなか捗っていない。そこで現在、ミトがアーカングルに残り、ウォーリスのレッドと共に、彼らの間を取り持つ作業に腐心していた。
というわけで、メルとレッドは現在、世界中を飛び回る生活をしている。なかなか屋敷には帰って来られないのが実情だった。
しかし今回、ようやく帰って来たのはーー
「さぁ、張り切って行かなくちゃ!今日はルイスとリディア様の婚礼の儀よ!」
レッドは難しい顔で、運ばれて来た紅茶を口に含んだ。
「どうしたの?レッド。浮かない顔して」
「だって俺達、式してないじゃん……」
「しょうがないことよ。私達、あの二人の婚姻のために世界中を飛び回っていたんだものね」
レッドはウォルターの許可によって姓を与えられ、シェンブロ家に婿入りした。但し諸々の継承権はないという条件つきであった。シェンブロ家を継承するのはメルとその嫡出子であり、レッドには何も渡らないという形式だ。それでも、彼はメルと生活出来ることに満足はしていたのだが。
「何か俺達、国の犠牲になってる気がするな」
最近のレッドは旅のめまぐるしさに疲れ、少々愚痴っぽい。
「……あなたを私の我儘に付き合わせてるのは、重々承知しているわ。悪いと思ってる。でも、今日でそれがようやくひと段落するの」
メルは乙女のように目を輝かせ、頬を薔薇色に染める。
「今日、ようやく私達の努力が実を結ぶのよ!レッド、今日も式に仕事に、忙しいわよ!これから湯浴みして、衣装合わせ、式に参列して、報告書の作成……」
「ああ、早く全部片付かないかな。そうしなきゃウォルター待望の嫡出子も出来やしない……」
「何か言った?レッド」
「いいえ」
女神の実から生まれた子供たちは非嫡出子扱いであるため、継承するものがない。それにも最近、レッドは頭を悩ませている。嫡出子が出来た後、彼らの処遇が厄介になること必至だ。女神の実から生まれた子供達にも何か残してやりたい。レッドは再びウォルターと衝突する日がやって来そうな気がしている。
「まぁ見てろ。継承者がメルになったら全部ひっくり返してやるさ……」
レッドが黒い微笑を浮かべていると、メルは何を勘違いしたのか嬉しそうに立ち上がって言った。
「さぁ、まずは衣装合わせを……あら?」
メルは遠くから歩いて来る人影に気づいて手を振った。
向こうから、トーイとツーが馬に乗ってやって来た。レッドが呟く。
「……あれ以来か。久しぶりだなあ」
屋敷の前でツーが馬から降り、こちらへやって来た。
「レッド!本当に久しぶりですね!メルさんとは割と会っていますが……まだアーカングルとウォーリスの間を飛び回っているのですか?」
「ああ。まだまだ青い血の民は赤い血を恐れて、なかなか心を開いてくれないんだ。根気強く関わって行くしかない」
「良かったら、今度ご一緒しますよ。紫の血がまたお役に立てれば。新島の測量がひと段落したところなんです」
トーイが馬上から尋ねた。
「どうだ?レッド。屋敷での生活は」
レッドは片側の口角だけ上げ、さもつまらなさそうに笑う。
「……やはり大変そうだな」
思い切りレッドに憐れみの視線を向け、トーイは馬から降りた。
「ふん。未だ独りのトーイに言われる筋合いはない」
「ほー強がっちゃって。俺はもう、独りでもいいんだ。メルさんを見てたら勇気を貰っちまったもんね。俺もこのまま自由に生きる」
「……いらん勇気を与えたもんだなメルも」
メルは屋敷の前で男達を手招きしている。レッドは彼らに尋ねた。
「……ところでお前ら何の用だ?」
ツーが答える。
「あれ、聞いてませんか?衣装合わせですよ、ウォルターさんがご好意で貸してくれるっておっしゃったから」
「へー、ウォルターは身内以外には優しいのな」
「仕方ありませんよ。私は平民ですし、トーイは金欠だし」
「……あいつ、大丈夫か?」
男達は屋敷の中へと入って行く。
再び屋敷を出る時、レッドとツーは互いの正装姿を見て笑い合った。かしこまりすぎて、着せられている感が拭えない。トーイは流石に着こなしている。そこはやはり腐っても騎士なのだろう。
最後に、使用人をはべらせ、裾を引きずりながらメルが現れる。体に沿う青いベルベットのドレスに、レッドはふむと呟いた。
「馬子にも衣装だな」
しかしメルは、少し恥ずかしそうに微笑んで見せた。冗談を言ったつもりなのに思わぬ反応が返って来てレッドは困惑する。ツーとトーイはからかうようにレッドの脇を突っついた。




