73.囚われのルイス
牛舎の中に、うず高く干し草が積まれている一角がある。トーイは牛舎で作業中の夫婦に話し掛け、干し草の山を崩してもらった。
そこにはネズミ数匹と戯れている、金髪碧眼の少年の背中があった。
「ルイス」
メルが声をかけると、小さな王はおっかなびっくり振り向いた。
「あっ、君達は……!」
声変わりの始まった声でルイスが呟く。メルは再会を喜び合おうとしたが、ルイスはそれを拒むように立ち上がって叫んだ。
「何でこんな所に来た!?外国の方が安全なのに」
「ルイス、私達、あなたを助けに来たの。アーカングルの船はもう港に着いてるわ」
すると彼は、パクパクと物言わず口を開閉する。余程驚いているらしい。
「陛下。体調に変化は?」
レッドが尋ねると、ルイスは我に返った。
「うん。その、君の青い血のおかげでとても良くなったよ。そう、メルが旅立つ前の日ーー教えてもらったんだ。薬草園の、聖なる樹に」
メルは目を見開く。そうだ、なぜ気づかなかったのだろう。青い血が体内に入れば、聖なる樹や女神の樹の声が聞こえるのだ。ルイスも例外ではない。
「君は、とても大変な思いをしたんだね。その、青い血で。けれど、そこから逃げおおせて……今、ここにいる」
言いながらルイスはレッドを見、そっと涙を流した。しかし毅然と前を向き、涙を拭おうとはしなかった。そのままの瞳でルイスはメルに視線を移す。
「メル、私は知ってるんだ。この戦争の理由。それについては、父ヨアキムが教えてくれた。メル。この話、信じてくれるかい?」
メルは急な話に驚く。死んだはずのヨアキム王と会話をしたとでも言うのだろうか。もしかして、心労が過ぎて頭がおかしくなってしまったのかもーーそうメルが心配していると、ルイスはつらつらと語り始めた。
「ブルマンはある青い血の女を愛していた。その女との間に子供をもうけたが、彼女はトリニット村にいた際、奴隷市場に子供ごと誘拐されてしまったんだ。女は殺されてしまい、子供も行方不明になってしまった。ブルマンは奴隷市場を調査して回り、これらのことを突き止めたんだ。彼は今、教皇派の兵士を一掃し、奴隷市場を破壊し尽くすことを目的に動いている。そのために私が邪魔だったのだ」
メルとレッドは神妙にルイスの語るブルマンの経緯を聞いている。そんな時。
「王の埋葬方法は、土葬ですか?」
と呑気な質問が飛んで来た。声の主はツーである。ルイスは急な質問に呆気に取られた。
「そ、そうだけど」
「……おいツー、空気読めよ」
レッドがたしなめるが、ツーは胸を撫で下ろしていた。
「ですよね。それならば説明がつきます。神の実を食べた王は、聖なる樹になったのです。これからも生き続けますよ、赤い血の人が神の実を食べると、樹になるのですから」
衝撃の事実だった。初めて聞く話だ。メルが目を白黒させ反応に困っていると、ツーは努めて笑顔でこう続けた。
「土を得たら、外に芽を出すはずです。喋り始めたということは、ヨアキム王も、もう花を付けているのかも知れませんね」
ツーの目は、誰よりも希望に溢れていた。 メルとレッドは急な話に顔を見合わせる。
「神の実により、人としての人生を絶たれたのは本当に不幸なことでした。けれど聖なる樹としての生が始まったのです。聖なる樹になった王もきっと皆と話がしたいはず。陛下、戦乱が治まったら皆でヨアキム王に会いに行きましょう」
メル達は全く話について行けなかったが、ツーの語りにルイスは聞き入っている。それから何やら咀嚼するように口をもごもご動かすと、
「僕達王族って、何のために産まれて来たんだろう……」
と呟き、彼は両手で顔を覆った。いたたまれない空気が流れる。メルはふと思い出し、ルイスの前に進み出ると、
「陛下、これを」
と懐中から一本の宝飾入りの短剣を取り出した。ルイスはそれを指の間から覗き見て、はっと顔を上げる。
「アーカングルのリディア第四王女から預かって参りました。私は陛下を、必ずや王女の元へお連れすると約束して来たのです。リディア様は、陛下を待っておいでです」
ルイスはメルの手から、そのきらびやかな短剣を受け取った。
「これは、結納の儀に使う……」
ルイスの声はかすれて出なくなった。
「さあ陛下、早く出ましょう。私達がついているから大丈夫です」
メルはにっこり笑って立ち上がった。
「ロスさんに変装する服がないかどうか聞いて来ますね」
トーイが忙しく牛舎を出て行く。しばらくすると、彼は五人の町人を連れて帰って来た。彼らは服を脱ぎ、メル達に次々と差し出した。
「行商のふりをして港に帰りましょう。陛下はこの、女性の服を着て下さいね」
女性の服とは、老婆の服だった。ルイスは手袋や首巻で、年齢が出る所をことごとく隠す。
「とにかく皆さん、堂々と歩きましょう。はいレッドとメルも、これ。チーズ売りの背のう」
老婆に扮したルイスをリヤカーに乗せ、一行は歩き出した。
「街中を突っ切って大丈夫か?」
レッドが不安げに顔をしかめると、
「地下回廊は爆破されているんだ、仕方あるまい」
とトーイがなだめた。
町では次なる被害に備え、避難の準備に余念がない。メル達扮するチーズ売りにも声が掛かり、与えられるだけ売り歩いた。
川を下る船は、河川敷に先回りしていたアーカングル兵が用意していた。ルイスを船に移し、メルとレッドが飛び乗った。メルとルイスは手を取り合って町からの脱出を小さく喜び合っている。
が、ツーは船の前で踏み止まって、乗ろうとはしなかった。
「どうしたのツー。皆一緒に……」
メルが声を掛けると、
「私はこの船には乗りません。トーイと共に、ウォーリス城に行きます」
ツーははっきりとそう言った。メルはそれを聞いて息が止まる思いがする。
「どうして?」
メルが思い詰めた視線を向けると、ツーは静かに語った。
「私の存在を明かすことが、ブルマン元帥を止められる唯一の方法だからです」
メルとレッドの脳裏に、先程ルイスから語られた話がよぎった。レッドが尋ねる。
「……それはお前の意思か?」
ツーは頷いた。
「バーボイ神父から、全て聞きました。プランテーションに勤めていた時代に、青い血の奴隷を殺したこと。その女は神の実を食べていたため、樹にはならなかったこと。女から紫の血の子供を取り上げたこと。ブルマン元帥が私を探し始めたので、神父が慌ててウォーリスから外に出したことーー」
メルは驚きに口を押さえている。レッドは
「俺も行く」
そう言って立ち上がり、船から降りようとする。メルがとっさに衣類をつまんで引き止めるが、レッドの意志は固い。
「奴隷市場に翻弄されたのは、俺や奴隷だけじゃなかったんだ。ブルマンやバーボイなんかもそうだったんだろう。あいつは国を売るクソ野郎だったけど、傷が深すぎて狂っているだけかもしれない。俺にだけ分かることや、してやれることがあるかもしれない」
レッドの言葉を聞き、メルもブルマンとの会話を思い出した。
ーー命の恩人だろう。助けてやるといい。
メルはある決意を持って目を開いた。
「それなら、私も行くわ。レッドと離れたくないもの」
トーイは慌てた。
「メルさん、危険です!どうか陛下と安全な場所へ避難して下さい」
船と岸の間で揉み合っていると、背後から
「僕なら大丈夫だよ、メル。兵士もついてるし、レッドと共に行きたいならそうするといい」
と王の援護があり、メルは更に勢いづく。トーイはため息をついて退いた。レッドはしゃがみ込み、ルイスに囁く。
「……ルイス。大丈夫だと言ったからには必ず生きてアーカングルに着くんだぞ」
すると王子は幼さの残る笑顔で頷いて、
「彼女の我儘に付き合ってあげて欲しい」
と、急に大人びたことを言う。レッドは面食らったが、こみ上げるように笑うと
「言い出したら聞かない奴だからな」
と肩をすくめて見せた。メルも笑顔になる。
「そうと決まればすぐに出発するわよ。レッドは私と馬に乗りましょう。トーイはツーをお願い」
船着き場には既に馬が二頭用意してあった。一頭の前方にメルが乗り込み、レッドが後ろから手綱を引いた。トーイとツーも同じく馬に乗って駆け出した。四人は逃げる市民とは逆の方向へ駆ける。
前方からトーイの声がした。
「一部、城郭が崩れている箇所があります。そこから入りましょう」
レッドは低く呟いた。
「ツーの入れ知恵か」
崩れた壁を馬で跨いで城郭に入ると、堅牢なウォーリス城が見えて来る。四人は警邏兵を避けて複雑な道順を辿り、城へと走って行った。




