70.王の奪還計画
リディアに使用人の部屋へ案内されてからしばらくして、レッドに異変が起きた。やはり、腹痛が起きたのだった。
レッドはうめきながらベッドに入り、布団から顔を出した。メルとリディアは心配そうに彼を見下ろした。
「ねぇレッド、どんな感じの痛みなの?」
「……うるせーな。うー……」
それから小刻みに震え出し、声すら発さなくなった。リディアとメルは顔を見合わせた。
「その……レッドは私が看てるわ。リディア様にも、ご用事があるでしょうから」
「そうですか?また、何かお手伝いすることがあればおっしゃって下さいね。いつでも駆けつけますわ」
リディアが部屋を去って行った。メルはそっと掛け布団をつまみ上げると、黙って痛みに耐えているレッドの顔を覗き込む。
「レッド。私、あなたを愛してるわ。だから頑張って」
そして汗ばむその頬に軽くキスをする。レッドは苦痛に顔を歪ませながら、
「……出産中の妊婦扱いかよ」
と軽口を叩く。メルは困ったように微笑み、
「とにかく、耐えるしかないみたいね」
そう言って少し目頭をぬぐった。レッドは唸りながら、布団の奥底へと体を折って潜ってしまう。
「……メル」
「なあに?」
「メルは何もすることないだろ。また昼飯時にでも来てくれよ。……いてっ」
「大丈夫?」
「色々やることがあるんだろ。ルイスのことも。メルが次の会議に呼ばれているの、知ってるんだ……」
メルは頷いた。
「もういいから、行けって」
メルはレッドの背中をあやすように叩くと、部屋を出て行った。レッドは布団の中で丸まったまま、動かなくなった。
メルはその足で会議室に入る。先にナローとツーが待っていて、地図のようなものを広げていた。
「おぉ、メル。来たか」
何か建物の構造のような、直線的な図が描かれている。
「ナロー様、これは……?」
メルが問うタイミングで、
「お待たせしてしまい、すいません」
と久々にトーイがやって来た。
「おやメルさん久しぶりですね……レッドは?」
「レッドなら、お腹が痛くて寝てるわ」
「何だあいつは、この忙しい時に……うん?ツーさん、その子は?」
「どうも。この子はエリン。男の子です」
「何かよく分からないが、まぁいいか……考えるのは後回しだ。最近は何が起きても大して驚かん。ナロー様、これで全員揃いましたね?」
「ああ。レッドにも参加して欲しいところだったが、体調が悪いようだな」
「それではお話しさせていただきますナロー様。メルにツーに、レッド、そして私で、秘密裏に進める計画がある。と、その前に……」
トーイは勿体ぶるようにメルに告げた。
「まずは朗報から話そう。アーカングルがついに同盟国ウォーリスを助けるため参戦することとなった。私がルイス王から国書を預かり、今日シド王に渡したところだ。アーカングル王宮はウォーリスと付き合いが長いから、断れないだろうな」
やおらメルは飛び上がった。
「ルイスから国書!?」
トーイは笑顔で頷く。
「ルイス王は生きていて、字が書ける体力があるということだ。陛下はウォーリスの、とある市民の家に匿われている。予想以上に国民から慕われていたということの証左だな。最初、王はなぜか軍部によって牢に押し込められた。それを知った市民の手によって、陛下の救出が行われたというわけだ。軍部の行動は色々と不明な点が多過ぎ、市民からの批判が噴出した格好だ。というわけで今はプリセベラに対抗するより、元帥派と教皇派との内輪揉めが始まってしまったらしい。国は内部分裂し、大混乱に陥っている。軍部と正教会がことあるごとに対立するのは、ウォーリスの昔からの悪い癖だ。アーカングルの助けが全てを平定してくれればいいが」
メルは頷きながら目をこする。病弱で何も出来ないとされていた彼も、国民の信頼は得られていたのだ。彼女の涙に気付き、トーイは微笑んだ。
「建国神話以来の付き合いですからね、民衆とは、奥深い所で繋がっていたんだ」
「……ブルマンはどうしてる?」
ナローが問うと、トーイは疑問の表情を見せつつもこう答えた。
「私はブルマン様から、国書を届け次第、再びウォーリスに戻れと言われていますが」
「上官の命令には逆らえまい。つまりトーイ、君はブルマンと財務大臣の私、両方の言うことを聞くという立場と解釈していいのだな?」
「んんん?」
トーイは混乱しながらも、必死に理解しようと脳を回転させる。ナローは念を押した。
「ブルマンの元へ赴く前にルイス王を市民の家から出し、国外脱出させるというスケジュールでいいのだな?」
「そんなに念押しすることですか?当然です。ブルマン様もそれをお望みですからね」
ナローはトーイを睨みながら腕を組み、苛立たしげに深呼吸をする。
メルが鼻息荒くトーイに食らい付いた。
「それて私達は何をすればいいの?」
「それについては……ツー」
ナローが促し、ツーは手元の地図を差し出した。
「ウォーリスの地下迷宮はご存知ですか?」
会議室は静まり返った。
「……聞いたことがないわ」
「もう、ウォーリスの大多数の人がその存在を知りません。古代に作られた王の脱出回廊なので忘れ去られたのです。そう……姓が〝ロス〟という家は代々その回廊を守っています。回廊は市街地から王宮まで広く張り巡らされ、かつては水路としても使われていたと言います」
「ロス家……」
メルは顎に手を当てて考える。
「ロスは私の測量の師です。私は師匠のロスと共に、ウォーリスにいる間、地下迷宮の図を作っていました。いつか使う日があるかと思い大事にしまっていたのですが、ここ最近急にこんなことになって……まさに今、使い時ではないかとナロー大臣が」
「そうだ。ロス家に、ルイス王は匿われている。我々の任務は王を安全に船に乗せ、アーカングルに渡航させることだ。この回廊は城郭の外まで続いている。つまり安全に郊外へ脱出させられるというわけだ」
ナローの話にトーイも興奮を隠せない。
「驚いたな。ツーがこんなものを持っていたなんて」
ツーは地下迷宮の地図を畳むと、
「国を動かすのに腕力が必要な時代はそろそろ終わりですよ」
と静かに言った。更に
「これからは情報をより多く手にしたものが勝つのです」
と続け、なぜか悲しそうな顔をする。そんな彼を、ナローはじっと見つめていた。




