7.男奴隷は学者令嬢の銃の腕に守られたい
その晩、二人は宿に着くなり早々と荷物をまとめ、港へ向かった。
いつまた命を狙われるか分からない。早く移動するのがベターであるというメルの判断で、火山島の滞在はここでお開きとなった。
船室へ入ると、レッドは植物や荷物を放り投げてベッドに倒れ込んだ。メルは椅子に腰掛けると、慣れた手つきで銃に弾を詰めている。
「何だったんだ?あいつら……」
呟いたレッドを、メルは心配そうに見つめた。
「あなたは目立つ奴隷です。体も大きく一目で丈夫な奴隷だと分かります。でも……あそこまで乱暴にあなたを奪いに来たのは、なぜなんでしょうか?」
レッドは目をそらした。
「さぁな、俺は知ったこっちゃない。ところであんた……」
メルの銃を持つ手にレッドの熱い視線が注がれる。
「強いな」
メルは銃を軽く空にかざした。
「銃の扱いには自信があります。逆説的に言えば、銃を操れるから私のような女が植物学者として旅をすることが出来るのですわ。かつては植物学者は男性だけがなれる職業でしたから」
レッドはなるほどと呟いてから
「それは練習すれば出来るようになるのか?」
「まぁそうですね。私は叔父の勧めで、一時銃士隊で手習いを受けました。銃を持つにはその上で、王国の許可が必要です。奴隷の身では持つことは叶わないでしょう」
「ふーん」
メルはちらちらとレッドを気にするそぶりを見せた。
「何だ?俺の顔に何かついてるのか?」
「いいえ」
少し寂しそうにため息をつくメルを見て、レッドにも思うところがあった。
「その腕があれば、安全に旅が出来そうだ」
そう言ってレッドは微笑んで見せた。メルは奴隷の急な変わりようにきょとんとしている。
「メルのお守りは嫌だが、守られる分には奴隷でいてやってもいい。一度世界を旅したいと思っていたし、しばらくは逃げないでおいてやるよ」
その理由を聞いて、ようやくメルは微笑んだ。令嬢らしい、曇りのない笑顔だった。レッドは気恥ずかしくなって来て視線を外す。
そのまま天井を仰いだ。様々な思い出が胸に去来する。
(守られたことなんて、今まで一度もなかったからな……)
彼はベッドの上でうとうとと船を漕ぐ。
(世界は広い。きっとどこかに、俺の生まれ故郷も……)
レッドは目を閉じた。
背中を鞭で打たれると、背中が張り裂け青い血が流れる。それを見て観衆から歓声が上がる。歯をくいしばって痛みには耐えるが、その歓声に少年は耐え難い屈辱を覚える。
余りにも広い見世物小屋。こんなものを広くこさえた大人達に絶望しながら、少年は毎日雇い主の金のために背中から血を吐き出す。
ーーお母さんお父さん
心の中で呼びかけるが、心に浮かぶ姿はない。どちらの記憶もないからだ。
ーー死にてぇな。
少年は自らの舌を強く噛む。
ーー殺してくれれば楽なのに。
「レッド、レッド」
聞き慣れない名前。
「どうしたの?レッド」
目を開けると、知った顔があった。
船室に光が差し込んでいる。レッドは目をこすった。メルが心配そうにこちらの顔を覗いている。
「……俺」
「大丈夫?レッド、泣いてたわよ」
レッドは慌てて頬をこすった。手の甲は温かく濡れている。メルは努めて微笑むとこう言った。
「食事の前に、ちょっと手伝って欲しいことがあるの」
レッドはガラスケースに入った植物を持ち、メルの案内で上がった甲板に並べる。植物達に日光浴をさせてやるつもりらしい。ガラスケースは水滴で曇り、自然と植物に水を与える構造になっていた。
空は晴れ渡り、海も波が穏やかだ。揺れる船に身を任せるように、レッドは心地良く船のヘリに背をもたれた。
「じゃあレッド、しばらくここで植物を見張っててね。私はまだ分類をやり残しているので」
そう言うと、メルはさっさと船室へ降りて行った。
レッドはしばらく立ち尽くすように海を眺めていたが、静かに揺れる甲板に次第にまどろみ始めた。
「この花全部海にぶち込んだら、どうなるのかなーっと」
子供のように願望をひとりごち、レッドが甲板に横になる。と、
「おい」
頭上に男の声が飛ぶ。レッドは目だけ動かして声の主を探した。
「そこの色付き奴隷!寝ているんじゃない。立て!」
遠くから、金色の髪を短く刈り込んだ青年が歩いて来た。白い肌の立派な体躯に磨き上げられた白銀の鎧を纏っており、一目で騎士であることが分かる。レッドは不遜に寝そべったまま、舌打ちをした。
「これを見ててくれって言われただけだぞ?俺は主人の命令は充分守っている」
「屁理屈をこねるな!せめて不快にならない振る舞いをしろ!」
「はぁ?そっちこそ不快な物言いはやめてくんねーかな。それに、文句あるなら主人に言ってくれよ」
近づいてきた騎士は、レッドの傍にある植物達を眺め、
「お前の主人は……まさか」
レッドは片眉を上げる。
「お?植物学者様だよ。ウォーリス王国のな」
すると男は急に青ざめ、きょろきょろと辺りを見回し始めた。レッドはその様子を無表情で見上げる。
「その女は今何号室にいる?」
「教える義理はない」
「ではこれだけは答えてくれ。西館か東館か!?」
レッドは欠伸する。
「ふぁーあ、東館だよ」
聞くなり騎士はそそくさと甲板から西館への階段を降りて立ち去った。レッドはその後ろ姿を見送りながら、彼のブーツを眺める。左右のブーツの色が違っている。レッドは寝転んだまま、ぽつりと空に問うた。
「俺の主人が女だとなぜ分かる?」
空は答えなかったが、レッドは気がついた。
「初対面のはずなんだけど……俺あの騎士知ってるなぁ」




