6.男奴隷は青い血を知られたくない
目を覚ますと、隣にメルが寝ていた。
レッドは驚いて飛び起きる。
「あぁ、ようやくお目覚めですか!」
見知らぬ男の声がして振り返ると、先程洞穴の近くにいた観光誘導員が立っていた。
「……俺はどれくらい眠ってたんだ?」
「4時間程度でしょうか。ところでお客様」
誘導員は震える声で尋ねる。
「お怪我の様子はいかがでしょうか……」
レッドはどきりとして自らの頬を撫でる。血の固まった跡があり、彼はしかめ面で敷布団から立ち上がった。
鏡を見る。
青い血が固まっていた。
「お前……」
レッドが鬼の形相で誘導員を睨みつける。誘導員は首をすくませると
「珍しい色をなさっていますね」
と愛想笑いで汗を拭った。レッドはその声をかき消すように言う。
「濡れた布巾をくれないか」
誘導員はおっかなびっくり濡らした布を持って来た。
レッドはそれで青い傷口を拭く。
血の塊が剥がれると傷口は跡形もなく消え去り、褐色の美しい皮膚が現れる。
「洗っておいてくれ」
濡れ布巾を受け取ると、誘導員はそそくさと手洗い所へ引き返した。
レッドは立ち上がると、誘導員について行く。そして背後からぼそりと語りかけた。
「今の話、誰にもするんじゃないぞ」
誘導員は青い顔になったが、苦笑いでこちらを振り返って何度も頷く。
レッドはメルを見下ろした。
「……ここでお別れだ」
レッドはうつむき、小屋の玄関に立って扉を開けた。
がちっ。
「開かない……」
「あぁ、そこ鍵かけてますよ」
「……何でだよ」
レッドが歯噛みしていると、誘導員は呆れたようにため息をついた。
「何言ってるんですか!あのあとそこの女性が錯乱して私に掴みかかったんですよ?危険なので、外鍵かけさせて貰いました。火口付近で暴れられては他のお客様のご迷惑ですからね!」
レッドは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
結局解放されたのは、メルが起きてからのことだった。外には欠け始めた二つの月が出て、夜がやって来る。
「本当に、ごめんなさい」
メルが肩を落として謝る。宿までの道すがら、二人は並んで観光客の少ない裏路地を歩いていた。
「私、自分を過信してました。あなたにも随分迷惑をかけましたね」
「うるせー。申し訳ないと思うなら、あんたの奴隷やめさせてくれよ」
「……ねぇレッド」
メルは立ち止まり、彼を見上げた。
「どうしても、私の奴隷になるのは嫌なのですか?」
レッドも憮然とメルを見下ろした。
「俺は危険なことは嫌いだ。採集や護衛くらいならまだしも……血が出たり、失神するのは嫌だ」
メルは顎に手を当て考える。
「危険な任務は嫌だ、と……確かに王国への忠誠心がなければ、普通はこのような職務は嫌がられますわね」
「ようやく分かってくれたか」
「でもレッド、私は」
その時だった。
「ちょっとそこのお嬢さん」
路地を塞ぐようにして、三人の男が背後からやって来た。三人は同じような黒のフロックコートを着、身なりの整った紳士と見える。その中のひとりがメルに声を掛けた。
「はい、何でしょう」
「そこの奴隷なんですがね」
レッドは片方の眉を上げる。
「彼を売っていただけませんかね……そちらの言い値で良いのですが」
メルはレッドの方を見た。レッドは蔑むように三人の紳士を眺めている。
「あの、彼は私が預かっています。売るわけには」
「そこの奴隷。君は彼女の奴隷になるのを嫌がっているようだね?」
レッドは反問した。
「……だから?」
メルはハッとレッドを見上げる。レッドはちらとメルを見下ろした。
「こいつを嫌いだからって、あんたらを好きになるわけはないだろ。いちいち考えて喋れよ。こっちの小娘と違っていい歳なんだからさぁ」
三人の男達はやにわに目配せをする。その瞬間、男の一人が懐から銃を取り出した。レッドは急なことにどうして良いのか分からず、とりあえずその場にしゃがみ込む。
その時だった。
パァン!
銃声がして、男がぎゃっと叫んだ。
レッドは何が起きたか理解出来ず、恐る恐る顔を上げる。
男は手を抑え、その足元に落ちた銃を唖然と見下ろしている。レッドは次にメルに目を移した。
メルは煙立つ銃をまっすぐ男に向け、冷徹な視線で彼らを睥睨している。
「レッドは私のものよ……いくら積まれても、絶対に渡さない」
その言葉に焦ったのか残りの男二人も銃を慌てて取り出したが、間髪入れずメルによって次々と撃ち落とされた。レッドは石畳の道に赤い血飛沫が舞っているのを見る。レッドは腰が抜けたように座っていたが、
「行こう、レッド!」
その声に我を取り戻し、メルに続いて走り始めた。
レッドは飛び出しそうになる心臓を抑えながら、急にメルの背中を逞しく思い始めた。




