68.神の実の予感
メルとレッドは会議に立ち会うことを許されず、ウルム庭園へと向かった。相変わらず蛍光の緑が降り注ぐ美しい庭。鋏の金属音が小気味良く響く。メルの抱く赤子の顔にも、木漏れ日がゆらゆらと落ちていた。
メルが何かを考え込んでずっと青い顔をしているので、レッドは
「気分が悪いなら、座ってろ。俺がその子持っててやるから」
と促したが、
「ううん。いいわ、抱っこしてた方が安心するの」
メルは彼の申し出を断った。
「あー!メル!レッド!」
ミトが遠くから叫び、駆け出して来る。それを追いかけるようにして、麦わら帽子に作業着姿のリディアもやって来た。
「ただいま、リディア様。お元気そうで何よりです」
「お久しぶりですわ、メルさん……」
リディアの目は、メルの抱く赤子に注がれている。
「えーっと、十月十日……」
「ちょっと、何を勘定してますのリディア様?この赤子は断じて、私が産んだのではありませんわ。女神の樹から、赤子の入った実を託されたのです。ほら、これ」
メルに目配せされ、レッドが荷物を下ろした。中には、大きな実がまだ五つ入っている。ミトが目を輝かせて声を上げた。
「あー!〝女神の実〟だぁ!」
「あら、ミト。これを知ってるの?」
「うん。赤ちゃんが入ってるんだよ。足や手が出て来たらね、ぱかっと割ってあげるの」
「赤ちゃんが入った実?そんなことが……」
リディアは興味深そうに女神の実を持ち上げて眺め、ふむと声に出した。
「こんな大きな実が、果たしてネミアに成るのかしら?いくつもついたら、しなってしまうわ」
「うん。だからね、女神の実は大きい樹にしか成らないんだよ。神の実は軽いから、背の低い樹にも出来るけど」
その言葉に、メルはふと思い出した。
「そういえば、ネミアはどこにいるの?神の実は成ったのかしら」
するとミトとリディアが笑顔で互いを見交わし、
「こっち!」
と走り出す。メルとレッドも顔を見合わせて、彼女達を追いかけた。
ネミアは陽当たりの良い場所に植えられ、真っ直ぐ天に伸びていた。
リディアが笑顔で、ある枝を指差す。レッドは樹の前にしゃがみ込んだ。
そこには、まだ固い、青い実がついていた。
「まぁ……ネミアが、実を」
「まだ小さいけど、これから大きくなるかもしれませんわ。そう、この実ぐらいに」
それを聞いたレッドが口を挟む。
「神の実は、女神の実ほど大きくはならない。もっと……大人の握りこぶしぐらいだ」
若者達はしんとして、その青く固い実を熱心に見つめた。握りこぶしの大きさになるまで、あと少しだ。レッドが続けて言う。
「……見覚えがある」
「そういえば、レッドも少しだけ食べたんだものね」
「……うん」
その時だった。
「レッド!メルさん!」
声が飛び、後ろを振り返るとツーが走ってやって来た。
「兵士から、ここにいると聞いてやって来ました!ウォルターさんも一緒ですよ」
メルは眠りこける赤子を抱き直した。レッドは立ち上がる。
アーカングル王宮の出版局方面から、ウォルターがやって来た。メルとレッドも揃って彼に向かって歩き出す。
ツーがメルに向き合って尋ねた。
「メルさん、この子は?」
「この子は、女神の実から生まれた赤ん坊よ。男の子」
「へー、これが伝説の……かわいいなぁ、赤い髪だ。何だかレッドに似てますね」
そう言うと彼はその青い瞳で、赤子に母性溢れる視線を向ける。メルは赤子を肩に抱えながら、久しぶりにウォルターに対峙した。
「おお、メル。久しぶり……」
ウォルターの目は、赤い髪の新生児に注がれている。
「叔父様、お久しぶりです」
メルが微笑みながらそう言ったところでウォルターの顔が真っ赤に震え、
「レッド、貴様……!」
彼はそのまま失神した。
「叔父様!」
「……何を勘違いしたんだ?ウォルター」
ウォルターの回復を待ち、ウルム庭園で会議が行われた。リディアが紅茶を運んで来てくれる。ウォルターはむっつりしながらそれを飲み、赤子をあやすレッドを睨みつける。
「そうか、カラバル島にプランテーションが……」
「ナローはバーボイ教皇の裏側を掴んだのです。けれど、カラバル島は全て燃えてしまいましたし、教皇も神の実のことを全く話そうとはしません」
「そりゃそうだろう。それを認めたら死を免れない。それよりも、今はウォーリスに危機が迫っている。私も一度、ウォーリスに帰らなければならない。ルイスのことが心配だ。私達はアーカングルの調査船で帰って来た。軍艦は既にウォーリスへ向けて出発させている」
「叔父様、私も是非連れて行って下さい。ルイスを助けたいんです」
「その赤子はどうするのだ?もう少し待っていなさい。情報が少な過ぎてな、トーイに先に行って貰って、その辺りを集めて貰っている。我々も、しばらく戦況を見極めなければならん日々が続く」
一方で、ツーはどこか落ち着きなく身体を揺すって考えごとをしている。
「バーボイ教皇……」
「ツーよ、何か言いたそうだな」
「バーボイ教皇って、シャシム・バーボイ神父のことですか?」
メルとウォルターは顔を見合わせた。
「そうね、かつて彼は一介の神父だったわ。確か、孤児院を運営する団体に所属していたはずよ」
それを聞くと、ツーはいてもたってもいられない様子で立ち上がった。
「バーボイ神父はどこにいらっしゃいますか?私はかつて、バーボイ神父の運営する孤児院で育てられたのです」
ウォルターが目を見開き、ツーを見上げる。ツーは苦しそうに呟いた。
「……あの人は、そんなことを出来る人じゃない。慈悲深くて、人を笑わせるのが好きで、気取ったところのない、素晴らしい神父だった。何かの間違いです、きっと」
メルは眉を寄せたが、ふと何かを思いつき、ウォルターに囁く。
「……バーボイ教皇に、彼を会わせてみては」
ウォルターは何かの感情を飲み込むように紅茶を流し込むと、
「ナローと話し合って決めよう。案外こんなことが、事態をいい方向に導くかもしれんぞ」
と答え、おもむろに立ち上がる。
「叔父様……」
「善は急げだ。会議室に行って来るぞ。何事も早い方がいい」
そう言い置くと、ウォルターはウルム庭園を足早に去って行った。




