67.新しい命
メルは久しぶりに針仕事に精を出している。ベッドリネンを断ち、縫い合わせ、赤子の服を作っているのだ。
縫い代が表に出るようにし、赤子の柔らかな皮膚に当たらないようにという配慮を施し、今日ようやく三枚ほどを縫い終えた。
船は最後の寄港地を過ぎ、無事アーカングルへと帆を進めていた。布にくるまれた赤子を入れたカゴを持ち、レッドが入って来た。
「出来たか?」
「出来たけど……その子、飲まず食わずで大丈夫なの?」
「心配はいらない。青い血の赤子は半年は何も食べない。体の中に詰まっている胚から栄養を摂り続ける。ただし、排便はするからその世話をしないとな。夜も構わずして泣くから、しばらくは寝られない日が続く」
メルはくるまれた布の間から、赤子の下半身を覗き見た。ハンカチのような布が当てられている。
「……おむつも作った方がいいかしら?」
「そうしてくれると助かる」
「……レッド、随分赤子の誕生に慣れてるのね」
「トリニット村では女神の樹の実を開くのは子供の役目だったからな。俺もかつてはよくやったよ」
「……そうだったの」
「それ思い出したらさ、なぜか包丁が大丈夫になったな。先端恐怖症もどっか行った」
記憶が戻って、悪いことばかりでもなかったようだ。メルはふとそう考え、急に涙をこぼした。
「……何だよ。変な奴だなメルは」
レッドが怪訝な表情で呟くと、メルは震える声で言った。
「私のせいで、あなたに辛い思いをさせたわ。本当に、ごめんなさい」
レッドはそれを聞くと、何かを考え込むようにうつむいて瞬きをした。
「……あれから少し考えたんだけど」
レッドはカゴの中を覗き込みながら、赤子に話しかけるように言葉を落とす。
「この前まで、仲間を焼かれた憎しみで頭がいっぱいだった。けど、この子を見た途端、もう絶対に嫌な思いをさせたくないって思ったんだ。そのためになら、その……もう少し頑張ってもいいかなぁ……と」
その場に静寂がおとずれ、メルの鼻のすする音だけが響く。レッドは歩き出すと、自らの肩にそっとメルを抱き寄せる。その赤子を扱うような柔らかい手つきに触れ、メルはむせび泣いた。
「……俺こそ、突き飛ばしたりしてごめん」
赤子は二人のことなど何も気にせず、すやすやと眠りこけている。
赤子の世話はレッドに任せ、メルとナローはバーボイの部屋にいた。あれ以来、教皇は口を閉ざし黙秘を貫いていた。
「カラバルの聖堂を爆発させ、聖なる樹の森を焼いたのは証拠隠滅のためか?」
バーボイは黙っている。
「あそこの書類を洗いざらい調べたが、神の実に関することは何一つ出て来なかった。奴隷の売買だけだな。しかし、そんなわけはない。アーカングルに、奴隷と共に神の実が来たそうだ。奴隷市場が関与しているに決まっている」
バーボイは黙っている。
「早速死んだか?おい」
バーボイは顔を背け、目を閉じた。
「うつけのフリしやがって。教皇派の兵士を俺にあてがって、俺達を襲わせて、証拠隠滅までして……タチの悪いジジイだ。ま、そうやって黙ってろよ。その内に証拠を探し出して、処刑台にしょっぴいてやるからな」
今日も、何も成果が得られなかった。メルとナローは部屋を出、レッドと赤子のいる部屋へと帰って来た。
赤子はレッドに抱かれながらも目を開け、力のない首をもたげて大人達を見上げている。
ナローがため息混じりに言った。
「だめだ……奴隷市場をやってました、ってくらいじゃ罪状にならん。一体誰がどのように神の実を管理し、王族に与えて来たのかを明らかにせねば、罪が罪として浮かび上がらないだろう」
「神の実の流通経路を調べるしかないですわ。アーカングルのシド王が、売られた青い血の奴隷を買い戻すとおっしゃっていました」
「ふむ。そうなれば、少しは解明されるルートもあるか?」
「……私はそう信じています」
するとその時、赤子が泣き始めた。レッドが横に揺らしながらあやす。ナローはそれを白けた表情で見送り、ため息をついた。
「しかし何だあれは。緊張感に欠ける……」
「あら、いいじゃありませんか。ささくれ立った心が和みますわ」
「メルは世話せんのか?」
「しません。女が世話するものだと、なぜはなから決めているのですか?」
「噂には聞いていたが、お前は変わっているな」
「あら、私より赤子に詳しい男が隣にいるなら、世話を頼むのは当然ではないですか。分業しているだけですわ」
「うーむ、やはり青い血はどこか人を狂わせるな。既成概念を横殴りにして来る……」
レッドの腕の中で、再び赤子は眠り始めた。
船は朝焼けを浴びながら、アーカングル港に入った。
レッドが荷物と他の実を背負ったので、メルが赤子を抱いて船を降りた。ナローはトリニット村の漁民達にチップを支払いながら、バーボイ教皇を取り囲むように指示する。
そのままアーカングル王宮へ歩いて行き、メルが謁見を乞う。すぐさま謁見の間に呼び寄せられ、バーボイ教皇は漁民らによってシド王の前に押し出された。
「陛下。ウォーリス正教会が青い血の奴隷市場を牛耳っていました。このシャシム・バーボイ教皇が、その中心人物だったのです」
シドは年老いた教皇を眺め、ため息をつく。
「……噂には聞いていたが、やはり正教会が奴隷市場の親玉だとはなぁ」
バーボイは真っ直ぐシドを見上げ、何も語らない。王は教皇としばし睨み合い、
「ここまで年老いていては、拷問も出来んな」
などと物騒なことを言った。
「陛下、この者をどうしましょう」
ナローが尋ねると、
「しばらく我が国の牢にて預かろう。お前には、緊急に対応してもらわねばならないことがあるのでな」
とシドが言う。ナローが怪訝な顔をしていると、シドは続けた。
「ウォーリス国に、プリセベラ国が攻め入った。五日前のことだ」
ナローと、バーボイもこの情報には目を剥いた。かつては大きな戦争をしたりもしたが、近年は友好国として振舞って来たはずのプリセベラが、なぜ今このタイミングで戦争を仕掛けたのだろうか。
「国が手薄になり、王が変わったタイミングで攻撃を仕掛けたのだろうか?まぁ、ブルマンがいるからしばらくは大丈夫だろうが……ナロー大臣も、早くウォーリスに帰った方がいい。必要とあらば、アーカングルからも船を出そう」
メルは赤子を抱いたまま、カタカタと震えた。
ーーでは、ルイスは……?
レッドがメルの顔を心配そうに覗き込んでいる。シドは青ざめるメルを眺めながら言う。
「もう既にウォルターには連絡をつけてある。今日の夕方にはアーカングルに着くはずだ。我々も協力しよう。ナロー、とりあえず君はこれから執り行う会議に出席したまえ。ああ、そうそう。教皇、無論あなたもだ」
バーボイは青ざめた顔で不安げにナローを見やる。ナローも教皇と顔を見交わし、目を吊り上げた。
「しょうがない。一度、奴隷市場のことは棚上げだ……いいか、クソ教皇。戦争が終わったら、死なない程度の拷問にかけてやる。お前の罪を、全部暴いてやるからな!」




