66.殺してやる
カラバル島が燃え盛る様を、ナローや漁師達も船上で口を開けて眺めていた。レッドとメルは赤い目のまま甲板まで実を運び、漁船に乗り込んだ。皆言いたいことが色々あるようだが、レッドの殺気に押し黙り彼を迎える。
「……その実は?」
ナローの問いにレッドは答えた。
「忘れ形見だ」
いつも多弁なはずのレッドがそのまま口を結んでしまったので、ナローもそれ以上は尋ねなかった。メルとレッドは船の倉庫にそっと抱えていた実を下ろす。
するとレッドは物も言わず、早足に倉庫を後にする。メルは嫌な予感して、レッドを追った。
彼は乱暴にある部屋を開け放つ。
そこにはバーボイが立っていた。
レッドはずかずかと上がりこむと、全くの無表情でバーボイの襟ぐりを掴み、その頬を一発張った。
「レッド!やめて!」
メルはレッドとバーボイの間に割って入ったが、彼女もレッドに押し飛ばされた。メルは床に横滑りし、壁に打ち付けられる。レッドは恐怖に震えるバーボイにぽつりと言った。
「殺してやる」
レッドは皺だらけのバーボイの首を絞めると、そのまま前進し壁際まで押し込む。バーボイは恐怖に引きつり、壁を背にして喉を圧迫され、次第に顔色を失くして行く。
「レッド!貴様、何をしている!」
ナローの声が飛ぶが、レッドは一向にそれをやめない。事態を察した漁師らが慌てて入り、彼らの総力を尽くしてレッドをバーボイから引き剥がした。
レッドは四肢を屈強な男達に捉えられながら叫ぶ。
「なぜ邪魔をする!」
悲鳴にも似た声だった。
「こいつは人殺しだ!俺の家族を、故郷を、二度も殺した!」
それを聞いて、床で伏せていたメルが嗚咽する。バーボイは失神しており、聞いているのかいないのかは定かではない。
「殺してやる!殺してーー」
その時だった。彼の眼前にナローが滑り込み、こう告げる。
「大丈夫だ。こいつは殺される」
その切れ長の目を見開き、レッドはナローを見下ろす。
「あいつから情報を限界まで引き出すぞ。バーボイは我らの手中にある。恐らく王族に神の実を与えたという証拠が見つかれば、この老いぼれは打ち首だ。それまでに情報を集めるのだ、いいか?それまでゆめゆめ殺してはならん」
レッドはナローを睨みながら大人しくなった。漁師達もそれを合図に彼から離れて遠巻きにする。
レッドは静かに荒ぶる息を整えると、不貞腐れるようにして、踵を返し船室を出て行った。
ナローと漁師で協議した結果、トダリヤには戻らずアーカングルに向かうこととなった。直線的にアーカングルに向かうには燃料が足りないため、陸伝いに補給しながら南下することとした。
あれからレッドは部屋から出て来なくなった。
メルは食料を持って、レッドの部屋を訪れた。ノックするが反応はない。ドアノブを回すと、鍵がかかっておらずあっさりと開いた。
「レッド……体調は、どう?」
レッドは布団の中にうつぶせに入ったまま、何も言わなかった。
「その、私に出来ることがあれば、何でも」
するとレッドはその言葉に被せるように
「何も出来ないくせに」
と返した。メルはどきりとし、悲しげに立ち尽くす。
「出て行けよ」
メルは何か言おうと口を開いたが、レッドが寝返りをうったことにびくりと身を震わせた。メルはそんな自分に愕然とする。
(……怖い)
記憶を取り戻してからのレッドは、攻撃性が増したように見える。振り払われ、突き飛ばされたことが、メルの体に恐怖として刻まれてしまったようだった。
(もう、彼は何だか別の人みたい)
最初は思いついたことをすぐ口に出し、子供っぽくて素直な男だった。だが今は、深い山の中をやみくもにうろついているような危険な目つきで、身の回りの何もかもを敵視している。
しかし、そうは言っても。
(国とルイスのために、彼の好意に甘えて記憶を引き出したのは私……)
再びレッドに突き飛ばされたことを思い出し、メルは寒気を覚える。
(しばらく会うのを控えよう)
それからというもの、同じ船に乗りながら、全く顔を合わせることはなくなった。少し前まで、同じ布団に入った頃が嘘のようだ。
メルはレッドから心離れて行く自分を感じていた。
今までの何もかもが色褪せて来るーー
そんな、ある夜のことだった。
「おい、メル!起きろ!」
船室の扉が激しく叩かれ、メルは飛び起きた。声の主はナローであった。
「まあ、こんな真夜中にどうなさいましたの?」
「は、早く倉庫に来い!女神の樹の、実がーー」
メルは寝間着のまま、ナローに連れられて倉庫に走り込んだ。船室では漁師が何かを取り囲んでいる。
彼らをかき分け、メルは驚いた。
あの日カラバル島から持ち帰った実から、赤子の足が飛び出していたのである。
「おい、お前女だろ!?」
ナローの言葉に、メルは思わずはぁ?と声を上げた。
「赤子を取り出し、どうにか面倒を見るのだ!ほら、これ!」
赤子の足が飛び出している樹の実を差し出され、メルは恐怖に引きつりながら首を横に振った。
「そんなことを言われましても、私は赤子の面倒を見た経験がありません!ましてや青い血の赤子など……」
「女のお前なら出来る」
「そんな……!無責任にそのようなことを言わないで下さい!」
メルとナローが実を押し付け合っていた、その時だった。
「湯と包丁を用意しろ」
声が飛び、メルとナローは倉庫の入り口に目を移す。
そこにはレッドが立っていた。
「レッド……」
久しぶりに見るレッドは少しやつれて眼光鋭くなっているが、前よりも落ち着いている印象を受けた。
「おい、聞こえなかったのか?湯と包丁を用意しろと言ってるんだ。早く」
ナローと漁師は走って行って、言われた通りのものを持って来た。レッドは包丁を受け取ると、ヤシの実でも割るように、躊躇なくがつりとその実に包丁を差し入れた。乱暴な包丁さばきに思わずその場にいた全員が青ざめた。が、レッドは平気な顔をして切れ込みに指を差し入れると、がばっと樹の実を割り開く。
中にはねばねばした水と、赤い髪に赤い瞳の赤子が入っていた。
レッドは赤子を取り出すと、ざぶんと湯の中に沈めた。皆あわあわと無言で慌てるも、レッドは湯の中からざっと赤子を引き上げた。
その瞬間。
「ぎゃー!」
赤子が泣き、レッドはその子を肩口に抱き寄せた。それから自分の寝間着を脱ぐと、濡れた赤子の体をごしごしと拭いてやる。
あっと言う間の出来事だった。
レッドは赤子の体を天井まで持ち上げると、
「うん。こいつは男だ」
と確認をした。漁師らは慌ててリネン類を探し回り、ナローは何もせず青ざめていた。
そんな中、レッドはその赤子と目が合ったらしく、ふっと笑う。
メルは頬を紅潮させてレッドを見た。彼はまだ首の座らない赤子を抱き寄せ、顔を覗き込んであやしている。その彼の穏やかな表情に、メルは心を打ち抜かれた。
「レッド……」
メルは涙をこらえ切れず、目をこする。レッドは以前より少し落ち窪んだ瞳でメルを見据えると、
「……もっと喜べよ」
と言った。メルは無理に笑って見せた。レッドもそれを確認してつられるように少し笑うと、優しさをたたえた瞳で赤子の頭に頬を寄せ、その匂いを嗅いだ。




