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第7章.カラバル島の死と再生

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65.さようなら、リサ

 メルは聖堂の窓という窓に猟銃を仕掛けたが、


「やめてよ!実に穴が空いちゃう!」


と聖なる樹に口々に非難され、猟銃を取り下げる。籠城作戦は取りやめた。


「……籠城よりも、山の中腹で篭っていた方が」


 急に方向転換したメルを、ナローは訝しげに見やる。


「メル。まだ私に何か隠してるな?」


 メルは押し黙る。ナローを見ずに彼女は言った。


「船が着く前に、山の中腹まで下がりましょう。ゲリラ的に、隠れた所から攻撃を仕掛けた方が良いのではないかと思うのですが」


 バーボイ教皇も銃を担いでいると、


「教皇はここにいろ」


とナローが言う。教皇は一瞬、二人が自分を守ってくれるのかと期待の眼差しを向けたが


「老いぼれはどうせ役に立たない。お前が犯人でないと言うなら、これからも是非ここに残って、私達に敵の情報を渡す係をしろ」


と言い捨てる。メルにもすがるような視線を送る教皇だったが、彼女からはごく自然に無視された。


 メルとナローは家探しもそこそこに山を降りて行く。


 船が岸に辿り着く。メルとナローは山の中腹で二手に分かれ、兵士らが通り過ぎるのを待つことにした。注意深く停泊する船を見ていると、ふと聖なる樹達が口々に言った。


「兵士じゃない」「ありゃ漁師だ」


 その声にメルもよくよく見てみると、船を漕いで上陸したのは、武装していない男達であった。


「お姉さん、頼めばあの船に乗せてもらえるんじゃない?」


 メルはナローの元へ走る。ナローも待っていたように口を開いた。


「あれは兵士ではなさそうだな」

「女の方が警戒されずに行けますわ。まずは私から話しかけてみます」

「……何から何まで、悪いな」


 メルは斜面を駆け下りた。すると、


「メル!どこだー!?」


と聞き覚えのある声がする。メルはその声で緊張が解け、泣き出しそうになったがこらえた。


「レッド!」


 メルが叫ぶと、声に気付いたレッドが砂浜で手を振っていた。彼の後ろには漁師が十人ほどおり、皆親しげにメルを見上げているが、メルは見覚えのない面々だった。


 砂に足を取られながら、レッドに駆け寄る。メルはレッドに抱きつこうと思ったが、さっとよけられた。


「れ、レッドぉ……ひどい」

「その背中にある大量の猟銃は何だよ!危ねー女だな全く」

「……どうやってここに?」

「ああ、紹介が遅れたな。トダリヤの漁師達だ。みんなでウォーリスの兵士を海に沈めてからここに来た」


 メルはふと思い至る。


「ということは……しばらく兵士が来ないということね?」

「まあそうなる。でも、誰も来ないわけではないだろう。プランテーションなんだからな。ところで……」


 聖なる樹が口々に好きなことを言い、ざわついている。


「この声は何だ?」


 メルは山のてっぺんを指差した。


「あの樹よ」

「あれ、全部聖なる樹か?」


 レッドは遠くを見るような目で、ふと呟く。


「……みんな」

「何か言った?レッド」

「……いや。凄く懐かしい声がするんだ」


 レッドはメルを振り返った。


「あそこまで行ってみよう。メルは山の頂上へは行ったか?」

「もう行って来たわ。すごい量の書類や日誌があって」

「……状況証拠になりそうだな。それを洗い出せば、神の実を王族に与え続けていた黒幕が見つかりそうだが」

「うーん、でも色々と偽装工作の跡があるかも知れなくて……量も多いし、何とも」


 それを聞くとレッドは漁師を振り返った。


「よし、面倒くせーからその資料とやらを全部あの船に積んじまおう。あんた達、協力してくれるか?」


 彼の問いに、漁師達はすぐさま笑顔で頷いた。メルはなぜ彼らがレッドにここまで協力的なのか分からず、首をひねっている。




 聖堂に辿り着くと、漁師達は手分けして資料を布で包んだ。ナローとバーボイも呼び寄せられ、手分けして荷を背負う。


 メルとレッドは頂上に残り、プランテーションを調査することにした。レッドが聖なる樹と女神の樹の森に入ると、次々に声が飛んだ。


「あれ、リサ?」「リサじゃないの?」「わーん、リサが生きてた!」「カラバルへお帰り、リサ!」


 レッドは黙って佇む。メルは色々察して後退し、彼らを遠巻きにした。


「みんな、ただいまーー」


 レッドの声が、少し震えている。


「ね、リサの連れてる女の人は何なの?」「てことは神の実を食べたってこと?」「おめでとう、リサ」


 レッドは目をこすってから、


「それが、まだなんだ」


と呟く。聖なる樹達はがっかりしたように押し黙ったが、


「神の実なら、これから成るよ」


 急な予言がふりかかって来て、メルは驚いた。レッドはとある一本の聖なる樹にすがった。


「本当か!?」

「成る樹ってのは、決まってるからねえ」


 彼らは当たり前のように言って、うんうんと同調し合っている。


「神の実が成る樹はどの樹なの?詳しく教えて!」


 メルの問いに樹は答えた。


「成るとしたら、ネミアだよ。前回はミクルがここで実をつけたんだったね」「そうそう。二つの塔にかつて根付いていた女神の樹は突然変異種で、あの遺伝子継承者しか神の実を付けないんだ」「もう落雷で燃えたらしいけどね」「彼女達は人生に一度だけ、神の実を付けるんだ。こればかりは、あの海流に乗って来るトリニット村の人間しか知り得ない情報だね」「そんで暖かい場所で根付いて、なおかつ特定の季節にしか出来ないという」「だねー」


 メルの目が輝く。ネミアに、神の実の可能性がある。それを知れただけでもこの島に来た甲斐があるというものだ。


 情報の宝庫であり故郷であるこの島に、レッドはゆっくりと腰を下ろす。久々の仲間との再会。姿こそ樹だが、レッドには何となくその樹が誰だか分かるようだ。


「ラッド、他の仲間達の行方を知らないか?このプランテーションの他に集約場所があったりだとか」

「それなら各地にあるはずだよ。目安となるのは、見世物小屋だね。これがない地域には奴隷を囲う場所があるはずだ」

「つまり、主要都市を避けているということか?」

「そうとも言える。けど、見世物小屋は主要都市の連絡場所として機能しているんだ。だから情報の通り道として、都会の土地を確保している……という感じ」

「なら、青い血の奴隷市場はどこだ?」

「詳しくは分からない。でも私達が知っているのは、例の奴隷市場の総大将はバーボイ教皇であるということだ。ウォーリスの正教会は、大昔からこれの中心的役割を担っている。トリニット村に火をつけたのも正教会だったんだ」


 メルは聖堂を仰ぎ見た。バーボイは知らないと言っていたが、どこまで真実を知っているのだろう。ナローの疑い方が正しいのだろうか。


 レッドは考え込んでから


「そこは、メル達に資料を当たってもらうしかないか……」


と呟く。


「あと、あの兵士達はいつ頃来るのか教えてくれ」

「彼らなら、昼と夕方、交代でやって来ている。何でも、教皇に仕える兵士らしい」

「……あの兵士は教皇のものなのか?」

「私達には良く分からないが、兵士には様々な派閥があるようだぞ。ここに来るのは教皇派ーー」


 その時、メルがはっと顔を上げる。


 焦げ臭いにおいがする。辺りを見回すが、煙は立ち上がっていない。メルは嫌な予感がし、レッドに叫んだ。


「レッド!何かおかしいわ。水を……」


 その声にレッドが振り向いた瞬間。


 次々と爆発音がして、聖堂が勢い良く燃え上がった。火の勢いは周囲の木々を巻き込みながら急速に燃え広がり、辺りを黒煙と熱波が包む。


 レッドはその緋色の目で燃え盛る聖堂を睨んだ。それからゆっくりと樹に向き直る。


「……みんな」


 その場にいる全員が、ある覚悟を持って静まり返っていた。


「どうやらリサ、君とは二回目のお別れみたいだ」


 聖なる樹が言った。レッドはがちがちと震え出す。彼は歯を食いしばって、怒りに耐えていた。


 メルはそっとレッドを覗き見る。彼は叫び出したい衝動と戦っている。メルの目にはそう映った。


「リサ、君は生きて神の実を食べてくれ。そして紫の血で世界を満たそう。そうだ、少し手が空いてるなら私達から、子供の入っている実を持って行ってくれないか。最後のお願いだ」


 レッドとメルは手分けして大きな実をいくつか選んだ。ずっしりとしたその実はレッドの腕の中で微かに震えた。新しい息吹が宿っているのが分かる。


「さよならリサ」「元気でね」「そのお姉さんを大切にね」「これは死じゃないよ、お別れだからね」「私の子をよろしく」「神の実が見つかることを祈ってるよ」


 火がすぐ背後に迫っている。レッドは両手に彼らの実を抱えて壁のように立ちはだかっていたが、


「みんな、ありがとう」


と呟くと、振り返ることなく聖なる樹達の森を突っ切って、山を下り始めた。メルはレッドの背中を見つめたまま、泣くのをこらえるのに必死で何も言えない。


 山を下り、砂浜に立った時、ようやくレッドはカラバル島を振り返った。


 山が燃えている。レッドの両腕が力なくほどけ、ぼとぼとと砂上に実が落ちた。


「うわあああああああ!」


 レッドは感情を爆発させた。


「ああああああああ!」


 喉が破れる寸前まで燃え上がる夜空に叫び、吠え、崩れ落ち浜の砂を叩く。ぼたぼたと汗とも涙ともつかぬものが顔をつたい、砂に落ちる。メルは彼の慟哭に耐えられず、実を両手に抱えたまま、声を上げず咽び泣いた。


 こんなことが、あっていいのかーー

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