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第7章.カラバル島の死と再生

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64.教皇の筆跡

 ようやく聖堂の真裏に来た。人気はなく、窓から中を眺めるが灯りはついていない。


 ただ留守であるというだけで、生活の生々しい痕跡がそこかしこにある。


 窓には鍵がかかっていた。メルは石を拾うとガツンとガラスにぶつけ、鍵を外した。物音に反応するような気配もないので、メルは窓を開けて侵入する。


 その時、上階でばたんと大きな音がした。何やら男の声がする。メルは飛び出る心臓を抑えながら、足音を立てずに階段を上る。男は何か叫んでいるようだった。男の声がするのは二階の書斎。メルはそっと扉を開け、中を覗き見た。


 そこには男が転がっていた。月明かりの中その姿を確認し、メルは目を剥いた。


 床には手足を縛られたバーボイ教皇が転がっていたのだ。一方のナローは立ち上がり、バーボイの腹を何度も踏み付けていた。


「くたばれジジイ!やはりお前が黒幕か!」

「待て、これは何かの間違いだ!ふぐっ。なぜ黒幕の私が縛られているんだ?黒幕が縛られて転がされているわけがなかろう!」

「うるせー、死ね!」

「おまっ、ふぐっ。こ、殺す気か。ふぐっ」


 メルは慌てて部屋に入ると近くの燭台に火をつけた。辺りが急に明るくなって、男達にようやく静寂が訪れた。


「おお、お前は……」

「おっ!メル、無事だったか!お前も縛られて、海の洞穴に転がされていたのか?お互い難儀だったなぁ」


 メルは周囲を見渡してペーパーナイフを見つけると、教皇の束縛を解いてやった。教皇は体をその場に崩すと、メルに礼を言った。


「ところでクソ教皇。お前はなぜこんなところで縛られていたんだ?」


 ナローは少しの間さえあれば、バーボイを貶めることを欠かさない。バーボイは腹を幾度となく踏まれ、憤怒の表情のまま苦しそうに答えた。


「私にも、何が何やら分からないのだ。ウォーリスでいつものように教皇の仕事をしていたら、兵士に襲われこんな辺鄙な所に連れて来られたのだ。しばらく軟禁状態にあったが、今日になって兵士の出発と同時に薬品を嗅がされーー気付いたら、今このように」

「嘘つけじじい!お前が黒幕だ。青い血の奴隷市場を束ねているのはウォーリス正教会だ」

「ああ、奴隷市場には正教会は確かに関わっていたがーー青い血?とは何だ?」

「とぼけるなジジイ、紫の血の子を欲していたのは正教会だろうが」

「そうなのか?私はそんな指示を出した覚えはない。私は命尽きるまで、正教会でそれなりに頑張って行きたいなーぐらいの野心しかないぞ」

「無能の教皇らしい浅はかな考えだな。しかし、そう言いながらも実は野望を……」

「はい!皆さん少し落ち着いて下さいませ!」


 メルが割って入って、二人の話を制止した。


「とりあえず話は後です。私達は薬品の効き目が切れ、無事ここでこうして落ち合えました。ナロー大臣の説とバーボイ教皇のお話、どちらが本当なのかはこの屋敷を捜索すれば分かることです。ですから私達の力を合わせて、神の実を悪用していたのは誰なのかを掴みましょう!」


 バーボイはそれを聞くと、窓から海を眺めた。


「まだ船は来ていないか……いつもなら日の入り前に帰って来るはずだが」

「メル、そういえば銃はどうした?」

「それが見つからなくて」


 メルがそう言うと、ナローがにやにやしながら部屋の隅を指す。


 そこには大量の猟銃が立て掛けられていた。メルは近づいて肩に引っかけると、気まぐれに銃口を窓の外に向け、撃つ。


 パァン!


 窓ガラスが割れる音と銃声に驚き、ようやく立ち上がったバーボイが尻餅をつく。メルは猟銃の先を月に向けながら


「……いける」


と呟く。ナローがさも楽しそうにくっくと笑った。教皇は猟銃を何丁も担ぎ始めたメルを見て唖然としている。


「初めて使うから重いけど、射程が長いからいいわ。窓から向けても兵士を蹴散らせる」

「おいおい……このお嬢さんは何なんだ?」

「知らんのかクソ教皇。アレは銃士隊で訓練を積んだんだ。護身にとウォルターが習わせたが、結局誰よりも強くなってしまったのだ」


 メルは聞かないフリをしてそのまま家探しを始めた。引き出しに本棚、全ての紙類を取り出して机上に暴いて行く。奴隷を売買した領収書の束が見つかり、メルはサインを確認する。その全ての紙にシャシム・バーボイの署名があった。それを横で見ていたナローは憎々しげに教皇を睨む。


「それ見ろ!やはりお前が署名したんだ、認めろ!」

「そ、そんなはずは……」

「筆跡が完璧だわ。どう見ても教皇の字」

「これはおかしい!そ、そうだこの日付を見ろ。ルイス王子の即位式の日付だ」


 バーボイ教皇は書類の山からそれを探し出した。


「即位式の日にも、私が署名したことになってるぞ!しかし私はその日、一日中ナローと共にウォーリスにいたはずなのだ。ここでサインしている暇などないはずではないか」

「隠れてサインして、それを船で運ばせればイケる」

「おま……冷静になれ!どうしても私を犯人に仕立て上げたいらしいが、私に何の利益がある?リスクを冒してまでサイン書きに精を出すか?」


 ナローは舌打ちをした。バーボイは大きなため息をつく。


「濡れ衣だ。誰かが私の筆跡を真似て書いたのだろう」

「……何のために?」

「私に罪をなすりつけるためではないか?」


 冷静に分析をして、教皇は腕を組んだ。


「とすると、犯人は誰なのだ?」

「おいクソ教皇。のんびり推理ごっこしてないであんたも家探しを手伝え」


 メルは本棚をひっくり返し始めた。読んでみると、それは聖なる樹の観察日誌であった。大変貴重な資料だが、持ち運ぶには難儀だ。読みながらも持ち運びに迷っていると、窓際にいたバーボイが叫んだ。


「船が来たぞ!」


 メルとナローは慌てて窓に張り付く。月明かりたなびく海を、帆船が泳いで来る。


「あれはいつもの、トダリヤから来る船だ」

「そんな……どうしよう」

「くそっ。結局ここまで来て、見つけたのはクソ教皇のサインだけか……」


 同時に、聖なる樹達の声もメルの脳内にさざめいた。


「船が来たぞー!」「お姉さんどこ行った?」「島の草むらに隠れるしかない」


 メルは猟銃を背負い、更にそれらをナローとバーボイにも手渡した。二人の親父がメルの顔を恐る恐る覗く。メルは眼光鋭くこう告げた。


「いい?もう後には引けないわ。私達に残された道は、兵士一掃。それしかないわ」


 ナローとバーボイは青い顔で猟銃に視線を落とす。

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