55.再びのアーカングルへ
メル達は二つの塔の島を離れる前に、老人の元へ挨拶に訪れた。今日、軍艦は一路アーカングルに向かう。ウォルターはアーカングル王に謁見してから、再びこの界隈の諸島の探索に戻って来るつもりらしい。
老人は二つの塔の島で樽に植えられたネミアと共に待っていた。レッドは老人に握手を求める。
「短い間だったが、世話になった」
老人は握手をしてからネミアを指差した。何を言わんとしているのか分からずレッドが黙していると、老人はこう告げた。
「アーカングルに、ネミアを持って行け。今のお前はんらには、必要やろ」
メルはそれを聞き、目を輝かせる。レッドは眉をひそめた。
「いいのか?これはあんたの女神なんだろ」
老人は頷いたが、
「それでもレッドのために譲りたいんや。それに島の存在が大国に知れ渡った以上、わしの力だけで守れる気がせんのよ」
と答えた。次に彼は真剣な眼差しをメルに向ける。
「わしはな、あんたと同じ、赤い血の人間なんや。そやけど、あんたのように、青い血の異性を愛した……彼女も、もうこの世にはおらんが」
レッドとメルは顔を見合わせる。再び二人の視線が老人を刺すと、彼は明るく笑ってみせた。
「彼女は大きな女神の樹になったが、落雷で燃えてしもたんや。そん時はショックやったけど、ネミアがすぐに来てくれて嬉しかった。この子はわしの娘みたいなもんや。大切にしたってぇの」
メルはその手の悲恋に弱いらしく、少し目を赤くしている。レッドはネミアの元まで歩いて行くと、子供を抱くように、樽を両手で抱えた。
一方、トーイは朝から少し不機嫌にしていた。メルの護衛の任を解かれ、島を調査する騎士隊に編入を命じられたからである。レッドは少し彼に気兼ねしている。自分が余計なことを言ったせいで、ウォルターが彼を規則に縛られがちな騎士隊に戻したことは想像に難くない。
「じいさん、俺はまたすぐここに戻されるみたいだ。その時はまた、仲良くしてくれよ」
そう言って手を伸ばしたトーイと、老人はとりあえず握手する。ツーも進み出て、老人の手を取った。
「色々お世話になりました。また貴重なお話を聞かせて下さい」
老人は笑顔を見せ、ツーに囁いた。
「次は、お前はんがわしに教えに来る番やで。どんな結果が待ち受けているのか、楽しみに話を待っとるからな」
ボートは再び沖へと進む。彼らが軍艦に戻ると、軍艦はアーカングルへ向かって出発した。
それから軍艦は7日ほどかけてアーカングルに着き、メル達は久方ぶりに大国の港に足を踏み入れた。レッドの脇にはネミアの入った樽が抱えられている。
トーイが見送りに降りて来た。
「メルさん、リディア様によろしく伝えてくれ。私は貴方にいつでも逢いに行きますと」
レッドは小声で
「ウォーリスの最愛の令嬢はどうした」
と呆れたように言う。メルは苦笑いでトーイと握手を交わした。
軍艦内で話し合った結果、まずメル達だけでアーカングル王宮へ行き、王の許可を得てからウォルターを呼び寄せることにした。メルに与えられた極秘の任務なので、王がウォルターには知られたくないと思っている可能性は否定出来ない。
アーカングル王宮に入り兵士に謁見を乞うと、すぐにそれは叶った。メルは二回目の、レッドは初めてのシド王との謁見となる。
「おおメル、待ちかねていたぞ!」
謁見の間に入るなり、響くような重低音でシドが叫び、びりびりと空気が振動する。メルは膝をちょこんと折って再開の挨拶をした。
「お久しぶりです陛下。今日は色々とお伝えしたいことがあって戻って参りました」
メルの挨拶もそこそこに、シド王の好奇の視線は既にレッドへと向けられている。彼が樽を床に置くと、メルがレッドを隣に立たせて説明した。
「彼の名はレッド。私の……従者です。お見知り置きを。こちらは……」
「銀色の頭の男は知っておる。測量士のケペル・ツーだ」
「それでですね、ひとつ、本題に入る前にお尋ねしたいことが」
メルはレッドを一旦下がらせた。
「アーカングルに、コルト島の奴隷が運ばれたと聞いております。彼らは今、どこにいるか所在など分かりますか?」
「彼らなら、恐らくもう奴隷商人が売り飛ばしているだろう。奴隷がどうかしたのか?」
メルはレッドに目配せをする。レッドはメルの言いたいことが何となく分かって静かに進み出ると、メルに腕を差し出した。
「陛下。彼の腕にご注目下さい……」
メルがその腕にプツリと針を刺すと、青い血がその褐色の皮膚から膨れ出る。シドは驚いて立ち上がった。
「……青い血だと?」
「コルト島の奴隷は全員青い血です。そして青い血の人が死ぬと、聖なる樹と女神の樹になり、神の実を付けるのです」
シド王が明らかに混乱した様子なので、メルは全てを話した。神の実の功罪、花を咲かせる期間だけ樹が月夜に話すこと、神の実は百にひとつも出来ないが、青い血の人を沢山殺せば手に入る可能性が上がることも含め、全てを伝えた。
「そしてこれが、女神の樹です。これもまた、神の実を付ける可能性があります。持ち歩くわけには行きませんから、ウルム庭園で管理をお願いしたいのです」
シドは玉座に肘をつき、静かに考え込んでいた。それからふと決心したように呟く。
「レッド。その青い血だが、少し我々にも分けてくれないかね。その……寝たままの使用人と、女神の樹のために」
メルがレッドに視線を移すと、レッドは頷いた。謁見の間で、すぐさま瀉血の処置が取られる。
「ごめんねレッド。ずっとこんなことばかり」
「しょうがない。いつまで経っても慣れないけど、やるしかない」
「痛いわよ、我慢して……」
二人が話している様子を眺めながら、シドはツーに尋ねる。
「あのレッドというのは、出で立ちからして奴隷か?」
「そうです。今の主人はウォルター様です」
「メルと随分仲が良さそうだな」
「そ、そうですね。仲良しですよ」
青い血がぼたぼたと垂れると、シドは少し
苦悶の表情を作って口を押さえた。受け皿は青い血で満たされ、二つの瓶に分けて詰められた。
「まずは、これを使用人に使おう。君達も来たまえ。おい、今すぐ医師と植物学者を召集しろ!使用人の寝室へ集合させるのだ!」
王の一声で、辺りは急にものものしくなる。周囲を兵士に囲まれて、メル達は王の背中に付いて行くこととなった。




