54.青い血の民を殺す時
メル、レッド、トーイ、ツーの四人は新たに軍艦内に部屋を与えられ、各自休憩を取っていたが、メルに呼ばわれて全員会議室に集合した。
「叔父様から、次の行き先を決めるよう催促があったんだけどーー」
メルは机に地図を広げた。そこには見たことも聞いたこともない島々が描かれていた。
「この二つの塔に着くまでに、ウォルターはこれらの島を発見したらしいの。全部、兵士の総力で踏破したらしいわ。それでも女神の樹は見つからなかったそうよ」
メルとレッドは既に二本の女神の樹のありかが分かっている。ツーは真剣にその島々を眺め、ふと思い出したように言う。
「この時期、二つの塔の間に二つの月と神の椅子座が入る角度は限られています。だから……」
おもむろにツーが定規を取り出し、地図上に線を引く。その一本の線上にかすっている島は極一部。ウォルターが見つけた島というのは、ことごとくその線から漏れている。
コルト島と二つの塔の島は線にかかっている。ツー以外の全員がおおーと感嘆した。
「つまり、線にかかる島を探す必要がありますね」
メルは開いた口を閉じた。やはり専門家は違う。レッドはメルに目を移すと、
「ウォルターに言った方がいい。今日はもう遅いからーー明日」
と言う。メルが頷いていると、ツーとトーイが立ち上がった。
「じゃあ、あとはご自由にレッド」
トーイがからかうように言い置き、ツーと部屋を出て行く。困った顔のメルとレッドは二人残された。メルは椅子を引くと、レッドのすぐ隣に移動した。
「ねぇレッド。さっき、叔父様とどんな話をしたの?」
レッドはとぼけるように虚空を見上げると、
「なぁ……。メルは男から好きだの愛してるだの言われた方がいいのか?」
と尋ねる。メルは「はぁ?」と言って訝しんだ。
「ウォルターがさ、メルにそういうことをちゃんと言えって」
「……何でそんな話になったの?」
「それが、俺にもよく分からない。何か心配してるみたいだったぞ」
メルは頬をさすって考える。
「ふーん。そうね……言われて嫌な気は勿論しないけど、いつもぶっきらぼうなレッドが急にそんなこと言い出したら、正直、命に関わる疾患を抱えているのかとか、浮気したんじゃないかとか、そういう心配をしてしまうわね」
「じゃ、言わなくてもいいか」
「……言ってくれてもいいのよ?」
メルが少し怒りを隠すように微笑む。レッドは笑って誤魔化したが、ふとメルに視線を戻すと
「じゃあ言うよ。メルが好きだ」
と囁いた。メルは余程恥ずかしかったのか、うつむくと耳まで赤くなり、くすぐったそうに笑い出す。
「……今度ウォルターに何か聞かれたら、そういう風に言われたと報告しといてくれよ」
メルは顔を上げる。笑顔が少し冷えていた。
「レッドったら……愛の言葉をポイント制みたいに言わないでくれる?」
「俺だってそうは思ってないけど、ウォルターはそういうのをポイント制だと思ってる節がある。信頼度とか、格とか、それってポイント制に近い発想だろ」
メルは少し考えてから噴き出した。
「本当。確かにそうね……」
「早くメルに買い戻して貰えるように、俺頑張るよ。また何かポイント入りそうな話があったら教えて」
「分かったわ。まずは……」
そう呟いた時、会議室に差し掛かったらしい通りすがりのウォルターが、窓からこちらを睨んだのが見えた。レッドは思わず机に伏す。
「……今の、聞かれてたか?」
メルは無言でレッドの隣から椅子を遠ざけ、ぽつりとうそぶく。
「……今のでマイナス1ポイントだわ」
「1で済めばいいけどな」
ウォルターは二人を睨みながら、ゆっくりと会議室の前を通り過ぎて行く。二人は緊張の面持ちでウォルターの後ろ姿を見送った。
軍艦の朝は早い。
メルは早速ウォルターに、女神の樹の所在予測についての報告をしに行った。ウォルターは線を眺めながら、ふとある地点を指差す。
「ここの辺りに、もうひとつ島があると報告があった」
その地点はかろうじてツーの引いた線に乗っているようだった。ウォルターは次にコルト島を指差し、
「ここに青い血の人間が住んでいたらしいな」
と続けた。メルは顔を上げる。そういえば、アーカングルの調査船に乗ったミトは今どうしているだろうか。
「青い血の民が聖なる樹と女神の樹になるのだとしたら、彼らを囲い込む必要がある。どうやらアーカングルにほぼ奴隷として連れて行かれたらしいが、何か情報は得ているか?メル」
メルは少し考えてから、急にその背中がゾクゾクと騒ぎ始めた。その発想を、なぜ今までしていなかったのだろう。青い血の民を殺せば、そのまま樹になる。しかも殺せば殺すほど、神の実を採ることは容易になるのではないか。ウォルターはメルの顔色が変わったのを見て問いただした。
「何か知っているのか?確かお前はアーカングルの調査船に乗ってやって来たらしいな。あちらで新しい情報は得なかったのか?」
メルは混乱する頭を整理した。アーカングルのシド王が特に神の実の情報を得ていなかったところを見ると、メル達の情報量の方が優っていることが分かる。メルは悩みながらも、ウォルターに打ち明けた。
「叔父様、今から話すことはどうかご内密に……実はアーカングルのシド王も、神の実を探していらっしゃいます。それは叔父様や私達と同じように、ルイス王の病を案じてのことです。神の実を食べた人が、かつてのルイスと同じ病にかかったので、調べて欲しいと」
それを聞き、今度はウォルターの顔色が変わる番だった。
「そんなことが……?いや、もしかしたらこれはチャンスかもしれんぞ。メル、そろそろ今までのことをアーカングルのシド王に報告するべきではないか?」
レッドと再会してすぐにこれに気づけたことを、メルは天に感謝した。彼の身を何としてでも守らなければならない。とすると、メルは急にミトの身が心配になって来た。
「そうですね……一度アーカングルに帰って陛下と謁見しておいた方が色々捗るかも知れません。青い血の扱いについて、釘を刺しておくべきかも」
そう言ったメルをウォルターは見上げ、
「……隊を二手に分かるか?」
とメルに問う。いきなり責任の重い話になり、彼女は汗をかいた。
「この線上をしらみつぶしにすればいいのだな?もう一隻船があれば、二手に分けられるのだが」
「でしたら、隊は分けずに、私達だけをアーカングルへ戻していただけますか?報告がてら、もう一隻船を引っ張って来ることが出来るかもしれません」
「すぐに伝書鳩を飛ばそう。メルの名でアーカングル王に協力を要請するのだ」
メルは何か言いたげに、笑顔を作ってじっとウォルターを見つめる。彼は何か察したように黙り込むと、
「……もちろん、レッドも共に降ろそう。ところで……」
ウォルターは気まずそうに咳払いをした。
「レッドはお前に何をしてくれたと言うんだ?あいつはお喋りな割に、肝心なことは何も言わんのだ」
メルは急な質問に顔を赤くした。ウォルターが頬杖をついて返答を待っている。メルは悩みながらもこう答えた。
「そばにいて、慰めてくれました。色々と心配もしてくれました。それだけです」
ウォルターはゆっくりと椅子の背にもたれた。
「メルは変わり者だな。婚約破棄しまくった割に、そんなことで奴隷を好きになるのか」
「いいえ。私にとっては〝そんなこと〟ではなかったのですわ。叔父様に、そばにいて慰めてくれる人は、何人いらっしゃいます?」
痛烈に叔父の意見を弾き飛ばし、メルは微笑む。ウォルターは口を封じられたように押し黙っていたが、
「……まあいい。私の求めるものと、メルのそれは違うのだからな。ただ、あの男はどうも子供のようでいかん。神の実を食べれば、多少は大人の男らしくなるのだろうか」
「人格までは変わらないでしょう……私はそう願っています」
「それでいいのか?愛の言葉ひとつ囁かん奴が」
「あ、それならさっき囁いてもらいました」
「……おい何だその報告は?あいつは本当にしょうもない男だ」
ウォルターは腹立たしげに、しかしどこか納得したように地図を畳む。それを合図に、メルはそそくさと叔父の船室を後にした。




