52.ウォルター、男奴隷を買う
凪いだ海に、男達とメルは軍艦へと漕ぎ出す。甲板から兵士達が覗いているのが見える。レッドと櫂を進めながら、メルは彼らに手を振った。
引き上げてもらい軍艦に入ると、早速ひょろ長いウォルターが青筋を立てて待っていた。メルはもう彼に怯むことはない。
「お話があって参りました、叔父様」
膝を折って挨拶するが、ウォルターの視線は既にレッドに向けられている。レッドもウォルターに刺すような視線を返し、熱帯地方特有の熱線もあいまって、ひりひりとした空気が漂った。
「お久しぶりですウォルター様」
レッドが目を見開いたまま淀みなくそう言ってのけると、ウォルターの方が
「話は中で聞く」
と、軍艦内に戻って行ってしまった。メルとレッド達は目配せをして、そろそろとウォルターの後ろを付いて行く。
軍艦内の会議室に入り、ウォルターはその上座の大きな机を前にして席に着いた。彼の視線は、レッド達の中にいるツーに向けられる。
「……そこの御仁。名前は?」
彼はすぐさま答えた。
「私は、ケペル・ツー。レッドと短い間ですが、旅をしておりました。職業は測量士です」
ウォルターは深々と椅子に体を預けると、
「君達、何の用だ?」
と今更問う。レッドが口火を切った。
「神の実は、おそらくこの諸島のどこかにある。皆で協力して探したい。神の実の有無如何に、青い血の一族の未来がかかっているんだ」
ウォルターは顎を撫でている。レッドの表情に、何か嗅ぎ取ったらしい。
「どうやら、レッド。お前らが神の実を探す理由は、我々とは違うようだな。理由を話してみろ」
レッドは今までのことをまとめて伝えた。青い血の一族についてのこと、その生態系と仕組みのこと。そして、神の実を食べて、赤い人と同じ体を手に入れたいこと。その間に紫の血の人間が生まれること。ツーはそうして生まれた紫の血の人間であるということ。紫の血の人間は病に強く、動植物の話が聞けること。一度に説明してもにわかには信じて貰えないだろうと覚悟していたが、ウォルターは意外にも全ての話を遮ることなく、真剣な顔で終始聞いていた。
レッドが話し終わると、ウォルターは今度はメルに目を向けた。
「お前はどうしたいんだ?自分の薬草園を持つつもりだと聞いていたが」
メルは息を吸うと、一息に言う。
「私の願いは、二つあります。まず、レッドと共に生きて行きたいということ。もうひとつは、ウォーリスの王族を陥れていた黒幕が何であるのか解明したいということです。どちらにせよ、私には神の実を追いかける必要があります」
「大体分かった。要は、私と君の目的が同じであるから敵対せずに協力してくれと、そういうことか?」
少し険のある言い方だが、おおむね合っている。メルは頷いた。
「私達には船がありません。このままでは、移動もままなりませんから」
するとウォルターは真剣な眼差しを向けて来る。
「メルの目的のために軍艦を出してやってもいい。ただし、条件がある」
メルとレッドは息を呑んだ。次にウォルターの口から出た言葉は、驚くべきものだった。
「レッドを私に売れ、メル」
メルは耳を疑った。その様子をつぶさに観察しながらウォルターは続けた。
「そうすれば協力しよう。勿論レッドを乗せるし、メルと共に降ろすことも可能だ」
場は静まり返る。レッドが問うた。
「……どういうつもりだ?ウォルター」
するとウォルターはレッドではなくメルを睨み、こう答えた。
「……私がなぜお前の相手に、家柄や格を望むのか分かるか?」
メルはその剣幕に息を呑む。
「それは、信用が保障されているからだ。メル、お前を任せるに足る信用が」
全員緊張し、背中を伸ばして聞いている。何せメルとトーイ以外、それがないのだから。
「レッドが信用に足る奴隷だと私が判断すれば、お前に買い戻させよう。それまでレッドは私の配下となり、私の命令でお前の護衛をさせるのだ。つまり、レッドはお前ではなく、私の命令を先に聞かねばならないということになる。どうだ?悪い取引ではあるまい」
メルは尋ねた。
「……なぜ、そこまで」
「本当にお前達の言うようなことが起こるのか、私にはにわかに信じがたいのだ。レッドが私達を騙している可能性がないとは言い切れない。うまくやって、神の実だけせしめようと……そのように考えていてもおかしくない。メルや私からその価値を聞いているからこそ、余計にだ」
メルは腕を組んで考えた。聖なる樹の声を聞けるわけでもなく、レッドをそばで見ていた期間がごくわずかのウォルターからすれば、当然の感想だろう。彼は決めかねているメルを見て、歯に挟まったものを噛み砕くように歯ぎしりをしていたが、ため息と共に複雑な心情を吐露した。
「ーーとまあ、建前はそうなのだが、この際だからはっきり言おう。これは取引だ。私はレッドのような青い血の民や神の実の情報が、喉から手が出るほど欲しい。だがメルに得体の知れない青い血の男を、私の許可なく近づけるのも避けたい。その間の折衷案だ」
メルとレッドは顔を見合わせた。ウォルターは少し赤い顔をして、ふんと鼻を鳴らした。
「私の気が済んだら、レッドをお前に買い直させよう。私の気がいつ済むのかは、私にすら定かではないが」
とはいえ、別の誰かに売り飛ばされるよりはマシなのかも知れない。メルがまだ答えを出せずにいると、
「メル、俺、大丈夫だよ」
レッドがそう言って少し笑う。メルが困った顔を見せると、彼はこう続けた。
「俺には分かる。ウォルターは俺を信じたいんだよ。それに俺はどんなひどい目に遭っても、絶対こうしてメルの所に帰って来る。だから、ここでメルに売られても平気だ」
ウォルターはその言葉を聞き、まるで隠しごとを咎められた子供のように舌打ちをする。メルはレッドの自信に後押しされ、心を決めた。
「では叔父様。その、レッドを……よろしくお願いします」
すると、ウォルターはおもむろにはめていた指輪を取り、メルに預けた。
これをもって、レッドはウォルターの所有となった。次にウォルターはツーに視線を向けると、
「あと……そこの、ツーについても調べさせてくれないか?青い血と紫の血の人間がどのような身体構造になっているのか、観察させてほしい」
と、こちらにはやんわりと協力を依頼する。ツーは顔を赤くし、もごもごと口を動かしている。レッドはその様子を振り返って確認し、そろそろとツーの横まで後退した。
「……やってくれるか?」
「うーん……観察?って、一体何をされるんですか?」
ツーが問うと、ウォルターはすぐにこう答えた。
「軍医による身体検査だ。腹をさばいたりはしない、外側から見える部分を確認するだけだ。採血もさせてくれ。あとは、どういう経緯で来たかという聞き取りなど……おお、そうだ。メルも参加するか?後々文句を垂れないよう、見届けて貰って構わないよ」
メルはレッドの横顔を眺めた。確かに、彼についてまだ知らないことが色々とある。
「では、私もご一緒させていただきます」
「話がついたな。では、トーイはそこで待っていたまえ。レッドとツーはこっちだ」




