51.長い夜
再びメルは旅の計画を立て始めた。
夜も更けた二つの塔の足元には、男性陣が揃い踏みしていた。簡単な食事を終えたメルの目の前には、ツーが座っている。測量士であり、様々な土地を回って来た彼に、メルはアーカングルから持って来た地図を手に尋ねていた。
「ブルマン元帥はアーカングルの雪山に青い血の集落を見たと言っていたわ」
「うーん、私はその可能性はかなり低いと見ています。あそこの雪深さは尋常じゃないですよ。訓練するなら必ず麓だと思いますから、山ではなくもっと下の方ですね。と、そのように消去法を取れば、自ずと範囲は限られて来ますよ。その前に、前提を話しましょう。女神の樹と聖なる樹は、まず雪深いところには生えません。恐らくウォーリスで北限だと思いますよ。あのような伝説がわざわざ残されているくらいですから、女神の樹を探すなら、熱帯で探した方が出会う確率は高いでしょう」
「……じゃあ、次の行き先は」
「この周辺の諸島をまずはしらみつぶしに探すべきです。一旦アーカングルに帰るより、その方がいい」
メルは遠い目で軍艦を眺めた。
「アーカングルの新島調査船の方に乗りたいのよねえ……あの軍艦の中は地獄なのよ」
ツーはくすりと笑う。
「女性なら、普通はシャワーとベットのあるあっちで寝たいと言い出すのが普通ですが……」
「何よ、私が普通じゃないって言いたいの?」
「いえいえ。レッドと一緒にいたいだけでしょう?若い二人が羨ましいですよ本当に」
メルは恥ずかしそうに口を尖らせて黙った。ふと老人が問う。
「わしら、どっか行った方がええんか?」
メルは慌てて首を横に振った。
「いいです、いて下さい!その……私も、皆さんと仲良くなりたいんです」
レッドが頬杖をつきながら呟く。
「二人きりにされても、俺達、別にやることないし」
「レッド……みんなが聞いてる前で、そういう話はやめてね?」
二人の会話に、男達が弾けるように笑う。メルはその笑い声で、ふっと肩の力が抜ける。
こうして目的のない会話を誰かと楽しんだのは、いつぶりだろう。ウォーリスにいる間には、決して出来なかった会話だ。レッドが固い表情で尋ねて来る。
「軍艦には戻らなくて平気か?ウォルターはどうしてる?」
あんな狼藉を受けたから、警戒しているのだろう。メルは努めて笑顔でこう答えた。
「私、もう叔父様の言うことは何一つ聞かないことにしたの。昨日もこっぴどく尋問されたけど、何も答えなかったわ。今、私は薬草園を持つ準備中。自活の道を模索しているのよ」
「けど、俺達はここを出なきゃ。そのためにはあの軍艦に乗る必要があるだろ?大砲を打たれて帰ったアーカングルの調査船が、すぐにやって来るわけもないだろうし。あの軍艦はこれからどこへ行く?」
「この辺りを周遊するそうよ。あちらも、目当ては神の実だから」
「なら尚のこと、ウォルターに協力を仰いだ方がいいな。ウォルターと別行動を取るのは二度手間だ」
そう言って、レッドはメルに真っ直ぐな視線を向けて来る。その赤い瞳には、メルが今まで見たことのない、レッドの覚悟が宿っていた。
「明日、俺がウォルターの軍艦に乗せて貰えるように頼んで来るよ。筋を通さなければ、ウォルターは延々と理由を付けてこっちの邪魔をしに来るだろうから。メルが今後新たに薬草園を持つとすると、尚更疎まれる。それに今移動手段を逃すと、神の実の獲得競争から出遅れるぞ」
レッドの決意にメルは慌てた。叔父と喧嘩別れしたメルより、叔父に売り飛ばされたレッドの方が、遥か未来を見据えていたのだ。メルは自分の幼さに恥じ入りながら、レッドのまっすぐな視線を受けて腹を決めた。
「待って。私も行くわ。怒りを買って、あなたがまた売られたら困るもの」
メルはそう言うと、人目もはばからずレッドの手を取った。トーイがからかい半分にヒューと口笛を鳴らす。メルは鬼の形相でトーイを睨んだが、急に勝気な笑顔を作ると、
「トーイ。そして、ツー。あなた達も来るのよ?」
などと言い出した。トーイとツーは顔を見合わせる。メルの言わんとすることが分かったのか、レッドが続けた。
「俺とメルだけで行くと、火に油だからな。他人の目が必要だ。どうにも話がまとまらなかったら、トーイとメルの旅にツーと同行するっていう設定で押し通す」
「こらこら!俺を勝手に巻き込むなよ!」
トーイが叫び、ツーが笑い出す。老人が口を挟んだ。
「わしはここで待つ。何ぞ進展があったら教えてくれんか。まだまだ話し足りないことがようけある。特にそこの、ツー」
ツーは急に話を向けられ、おっかなびっくり老人を見る。
「全部、よう見とけよ。紫の血のあんたにしか出来ないことがあるかも知れん……」
ツーはその銀の睫毛をしばたたかせ、何度も頷いた。メルはツーの顔を驚きをもって見つめる。
「……紫の血、ですって?あなたが?」
ツーはなぜか恥じ入るように縮こまり、
「赤と青の血が混ざった結果です。その……つまり、神の実を食べた青い血の人と、赤い血の人の間に生まれたのが私なのです」
と答えた。すると急にメルは学者の顔になり、ツーににじり寄る。
「あなたのお父様とお母様は?」
「それが分からなくて……貰われっ子として養親に育てられたもので」
「紫の血だと、どんなことが出来るの?」
「えーっと、病気に強くて……そう、動植物の話を聞くことが出来ます」
「!是非とも薬草園に欲しい人材だわ!」
「だからあの、私は測量士でして……」
その喧騒を横目に、レッドは寝転んで大きなあくびをした。
「明日も早い。ほらメル、寝るぞ。こっちこっち」
言いながら、レッドはすぐ隣の地面を指差している。メルは頬を膨らませた。
「もう、そういう冗談はやめて!」
レッドは軽く笑う。しかし冗談でもなかったようで、そのまま目を閉じてしまった。空気を読むかのように、焚き火はそのままに、他の三人の男達は後片付けをしてそそくさと去って行く。
行き場を失ったメルは、そろそろと寝ているレッドの隣に腰を下ろした。焚き火の明かりに照らされて、レッドの横顔が揺れている。メルがそっとその頬に触れると、レッドは急に目を見開き、起き上がった。
「……どうしたの、レッド」
「そういえばメル、今朝、聖なる樹の花粉を持ってるって言わなかったか?」
メルはポケットをまさぐった。取り出した小瓶には、花粉が入っている。レッドは樽の中に植え替えられたネミアを振り返った。
ネミアの青い蕾が、いつの間にか花開いている。
「メル。その花粉を、ネミアにも分けてやってくれないか?」
メルは頷くと、立ち上がってネミアに近づいた。聖なる樹の花とよく似た青い花だ。その雌しべに花粉を振っていると、
「ありがとう、メルちゃん!」
と突如大きな声がした。メルは驚いて口を大きく開けた。レッドも耳を押さえている。
「は、初めてよ、花粉が付いたの!ついに私にも実がなるのねぇ!」
震えて興奮し切りのネミアに、メルは微笑んだ。喜ばれると、素直に嬉しい。
「二つの塔、二つの月、二人の男女……やだ、もうこれ、神の実確定じゃない?」
ネミアはからかうようにそう言って、
「ああ、リサ……とてもいい男になって、赤い血のお嬢さん連れて。私嬉しいわ。トリニット村の皆にも、あなたの勇姿を見せてあげたかった……」
と泣き声になった。メルも少し貰い泣きしたらしく鼻をすする。レッドはただ黙っている。
「やっぱりそうなのよ。あなたは私達青い血を救う少年!今だから言うけどね?なぜあなたが神の実を食べることになったと思う?」
レッドはメルと顔を見合わせて、困ったように「さぁ……」とだけ言った。
「はい!その理由は!一番容姿が良かったからです!本当に理由はそれだけなのよ。赤い人に好かれやすい少年を選んだわけ。ふふふ……メルちゃん、リサを選んだ理由はそれが大きいんじゃなあい?どういう出会いかは知らないけど」
まさか買ったとも言い出せず、メルはただ顔を赤くした。レッドはそんなメルの顔を、興味深そうにじっくりと眺め、にやにやと笑う。
「……ふーん、容姿ねぇ」
レッドはまんざらでもない。メルは首を横に振った。
「ち、違う。中身が……そう、中身が良かったから……」
レッドはくすぐったそうに笑った。
「二人してほめ殺しかぁ。言っとくが、何も出ないぞ」
「あら、また花粉が出てくるかもしれないじゃない?」
「……危うく騙されるところだった」
「でも、選ばれた理由は本当よ」
「……意外とそんなノリで決まるのね」
青い血の民は、本当に全員どこか捉えどころがない。メルは笑いながら、二つの月を見上げた。瓶の中に入っている花粉も、残りわずかだ。どうにかして他の聖なる樹も探し出して、実を育まなければならない。
そんなことを考えながらメルが再び青い花に目を戻すと、後ろからレッドがナイフを持ってやって来た。
「メル、これ」
メルはナイフとレッドを交互に見てから、震える手でそれを手に取った。
メルはあの日を思い出して、少し鼻をすする。青白い月光を反射して、刃は鞘から取り出された。
レッドは青い顔をしてネミアの幹を握り、メルは彼の肘の内側に刃を立てる。
「レッド。少しの間、我慢してねーー」
レッドから青い血が流れる。ぽたぽたとそれが土に吸収されると、ネミアは礼を言った。
「ありがとう、リサ。あなたの血の栄養で、きっと私、実を付けて見せるわ」
月光を浴びて、ネミアは嬉しそうに風にそよそよと葉を揺らした。




