50.海岸線の二人
メルは日の入りを待たずに、ウォーリスの軍艦に連れて行かれてしまった。神の実についてどこまで知っているか、何が目的で神の実を探っているのかを含め、ウォルターから調査及び取り調べをされることになったのだ。
……というのは建前で、ウォルターの癇癪を鎮めるため、人柱になった感は否めない。
トーイが薪に火を灯す。ツーは岩場で追い込んで得た魚に一匹ずつ串を通し、その周辺の地面に刺した。
「しかしウォルターも無粋だな、レッドとようやく会えたメルさんを引っ張って行ってしまうとは。ま、今日は男同士で再会を祝うとしよう、レッド」
レッドは背負っていた女神の樹を空いた樽の中に植え替え、どこか釈然としない顔で地面に寝転んでいた。
二つの塔の麓で、ツーとトーイとレッドは焚き火を囲んだ。ずっと草むらに隠れていたという老人は、ほっとした表情で果物を抱えてやって来る。
「いや、メルちゃんいうのはえらいべっぴんさんやったなぁ。お前はん、早よ神の実見つけて赤い人と同じ体にならな。わしも協力すんで!」
レッドは苛々して老人に背を向けた。トーイは軽く笑う。
「皆の話を総合すると、レッドは中途半端な体で生きて来て、神の実を食べると完璧な男の体になるということなんだな?色々腑に落ちたぞ。俺はレッドを常々、少し普通の男と違うと思っていたんだ。見た目の割に幼い気がしたし、かと思いきや女を前にしても気取らないところがあるしーー」
トーイの話に、アンニュイな表情でツーが呟く。
「私が生を受けるまでに、こんなに大変なことが起きているとは知りませんでした。神の実……一体、どこにあるのか……」
レッドは怒ったように押し黙り、皆に背中を向けていたが、
「……俺は研究対象か?」
ふと忌々しげに呟く。
「俺は人間だぞ。皆勝手な希望や憶測乗せて来るけどさぁ」
レッド以外の三人の男は互いに見つめ合い、複雑な表情を浮かべる。
「レッドの怒りは分からんでもない。皆レッドを見ているようで、その向こうの、神の実周辺の生態ばかり気にしているわけだからな」
「冷静に分析すんなよ。トーイに言われると余計に腹が立つ」
「レッド、腹が空いてるのではないか?腹を満たせば心も満ちるぞ」
「俺は子供か!」
レッドの怒りに、トーイは
「十五歳じゃ子供だろう」
などとわざと火を注ぐ。ツーが割って入った。
「二十五の私から見れば、十五のレッドも十八のトーイも等しく子供ですよ。さあみんな。魚が焼けましたよ」
レッドはその声にのそりと起き上がり、配られた魚をかじった。ふと空を見上げる。二つの月は少し欠け始めている。
「で、レッドはこれからどうするつもりなんだ?ツーさんと旅を続けるのか」
レッドとツーは顔を見合わせる。ツーが先に口を開いた。
「私はレッドの意思を尊重しますよ。むしろ、私がレッドに付いて行こうかとさえ思っています」
レッドは少し困った顔で地面を見下ろした。周囲の視線を浴びながら、レッドは腕を組む。
「メルのことは好きだし、ずっと一緒にいたいとは思うけど……」
周囲の男達は少し恥ずかしそうに目配せし合う。
「多分、それは最終目標ではないんだ。俺はこの世界を全部解き明かしたい。そのためにはメルみたいな学者の知識と、銃の腕が必要で……メルの前で、絶対にこんなことは言えないけど」
ツーが、共感の意思を示すように頷いている。
「ある意味、神の実を中途半端にかじった俺だから、出来ることがある気がするんだ。この世界のまだ明らかにされていない生態系を解き明かすのが、俺の使命のような気がしてる。まずは神の実を見つけて、全部かじってーーそこからがスタートだ。何が起こるのか、自分の体を使ってこの目で確かめたい」
レッドは女神の樹に視線を送った。女神の樹はまるで返事をするかのように、ひらりと一枚、葉を落として見せた。その枝には、まだ蕾が付いている。ツーは急に活き活きと目を輝かせ、
「それなら決まりです。私はレッドに付いて行きますよ。お邪魔かもしれませんが、勝手に追跡させていただいてもよろしいですか?」
と問う。レッドはげんなりした表情を作りながらも、
「いいけど、その……色々と、邪魔だけはすんなよ」
と言った。ツーはくすぐったそうに笑って何度も頷く。
「俺は、ウォーリスに戻っていつもの生活に戻る。ウォルターからとっとと離れたい」
とトーイが言い、
「わしはずっとこの島におるからな。いつでも帰って来い」
と老人が笑った。
「……じゃ、決まりだな。ツー、またしばらくよろしく」
レッドはそう言うと、寝転んで星空を見上げた。
二つの月が、塔にかかり……
(そろそろ、どこかで神の実が出来るはずなんだけどなぁ……)
気がつくと、レッドは深い眠りに落ちていた。
「レッド、レッド」
聞き慣れた声がする。
レッドが目を開けると、しゃがみ込むメルと目が合った。レッドは慌てて飛び起きる。既に朝焼けが始まっていた。メルは隣でくすくすと笑っている。
「よく寝てたのね。私が来た途端、みんなどこかへ行ったわよ」
「……ウォルターは?」
「あら、私、夜の内に軍艦からは脱出しましたのよ。ウォルターが何から何までうるさくって」
「深夜に移動するなんて危ないだろ!二度とやめろよそんな真似」
「だって早くレッドに会いたいじゃない?」
レッドは慌てて周辺を見渡すが、男性三人の気配はなかった。ふんとレッドは鼻を鳴らし、じっとメルの顔を眺める。
「メル、何だかまた一段と精悍な顔つきになっているような気が」
「ふふ……レッド。女性にその表現は間違っていると思うんだけど……」
「ウォルターに銃を向けた時は、ほぼ野獣の目をしてたぞ」
「あなたの命を狙う輩は、私が全部やっつけて見せるわ。だから、レッド……」
メルは両の手で、レッドの両の頬を包んだ。
「また一緒に旅をしてくれる?」
レッドはその言葉に、ようやく破顔して頷いた。
「いいぜ。ま、あれだ。お互い死なない程度に……」
言い終わらない内に、メルは泣き出しそうな顔で、レッドの唇に正面からキスをする。レッドはふと何かに気づいて、そっと顔を離した。メルは声も出せず泣いていた。レッドはメルを自らの肩に抱き寄せると、黙って彼女の重みを受け止める。
しばらくそうしていたがそれにも飽きて来て、二人は海岸線を歩き出した。青く凪いだ海は、近況報告にちょうどいい。
「そう、ツールースからトダリヤ島を経て、アーカングルに……」
「トダリヤのトリニット村には青い血の人々の村があったそうだ。そこが多分、俺の出身地だな。ネミアもそう言ってたし」
「ネミアさん?」
「二つの塔の下に、樽に植えられた女神の樹があっただろ。あれがネミア。かつて青い血の人間だったようだ」
メルはそれを聞いて、怒ったように黙ってしまう。レッドが少し戸惑っていると、
「レッドも樹になってしまうの?」
と彼女は尋ねた。レッドは首を横に振る。
「その気はない。ネミアやこの島の先住民のじいさんが言うには、俺はトリニット村に住んでいた時、神の実を少しだけ食べたらしい。それが原因で、樹になりたくなる本能は失ったみたいだ。けど、その……」
レッドは立ち止まった。メルも立ち止まり、真剣な表情で振り返る。
「こんなこと、言うべきじゃないのかも知れないけど……俺は、メルの体が」
メルは眉根を寄せて、何か言いたげに口を開ける。レッドは慌てて
「……じゃなくて、俺は普通の赤い血の男とは違うんだ。だから、メルに触っても、その、色々と反応しなくて、でもメルのことは好きなんだ。何て説明したらいいか……」
と、しどろもどろに自分の体の不確実性を訴えようとする。メルはその様子を学者らしい好奇心と共に凝視していたが、
「生殖機能が、私達赤い人とは違うのね?」
と端的にまとめた。レッドは「あ、うん……」とだけ答える。メルは恥じ入る彼の顔を眺めて、ようやく笑った。
「そんなの、気にしなくていいわ。私を好きでいてくれると言うなら、レッドをどんな形でも受け入れる。外見は男らしいのに、ちっとも男特有の匂いがしないの。だから私はあなたを好きになったのよ、きっと」
レッドは少し照れ臭そうに頭をボリボリと掻いた。メルはそれを見てくすくすと笑い、ふと海の向こうを指差した。
「実はあっちの島で、私もその話を聞いたの。コルト島の女神の樹、イリヤさんに。あなたに神の実を食べさせると、赤い人と同じ体になるって」
そして手を下ろすと、メルは少し思い詰めたような顔でこちらを振り返る。レッドはその表情に、どきりとして身構えた。
「ねえレッド。確認しておきたいんだけど、あなたは本当に神の実を食べたいの?嫌なら、嫌だと言ってくれて構わないわ。私、無理強いはしたくないの」
レッドはメルを見下ろすと、
「俺は、神の実を食べる」
と宣言した。メルはそれを聞くと、ようやく嬉しそうに頷いた。
「そしたら、二人で出来ることが増えるもんな」
「……それどういう意味?」
メルは咎めて、少し怒ったように笑う。レッドは叱られた子供のように黙った。
「……とにかく、聖なる樹と女神の樹を見つけなきゃね。私達の未来のために」
メルはポケットをまさぐった。そこにはまだ、聖なる樹の花粉が入っている。




