49.再会
メルが森へ入ると、所々で兵士が見張っていた。メルとトーイは茂みにしゃがみ込み、辺りを見回す。
「ここからどうする?メルさん」
とトーイが小声で問うと、
「ちょっと待って」
とメルは黙って目を閉じた。
「………………」
また見えざる何者かとの通信が始まった。トーイは半笑いかつ目を細くしてそれを生暖かく見守っていたが、
「こっちみたい」
メルは這うように進み出した。トーイも這ってついて行く。
方向としては、二つの塔の方ではないらしい。伝説通りに行けば、塔周辺に女神の樹があるとされていたが……
メルはふと立ち止まる。聞き覚えのある声がしたのだ。頭をあちこちに振り向けていると、
「くそっ、女神の樹はどこにあるというんだ」
という声がする。
メルは這いながら草むらから顔を出し、その声の主を見て息を呑んだ。
ウォルターだ。護衛の兵士をひとり付けている。
「ウォルター様、やはり見当違いではないですか?スケッチの通りの樹は見当たりません」
「手分けして探せ。時間をかければ、いつかは見つかるはずだ」
メルは腹立たしく、叫び出したい気分だった。まさかという思いとやはりという気持ちがないまぜになって、メルの喉を襲う。共にルイスの薬を探し、治療に取り組んでいた彼が、まさか神の実を欲していたなんて。メルは目をこすり、ウォルターに目を飛ばした。
(……許せない)
トーイはメルの殺気に気づき、心配そうに顔を覗き込んで来る。
メルは再び目を閉じる。ウォルターより先に、女神の樹を見つけ出さなければならない。
ーーその時だった。
「くっ、離せ……!」
遠くで声がして、ひとりの男が兵士に引き摺られて来た。銀色の髪をひとつに結び、イチョウの形をしたスタッフを背に負うている。メルはどきりと胸を鳴らした。
「恐らく、アーカングルの調査隊のひとりです」
兵士はそう言うと、銀髪の青年の背中を蹴飛ばした。少し線の細い彼の体は簡単に倒れ、地に這いつくばる。
ウォルターは青年を見下ろすと、兵士に言った。
「構わん。殺せ」
メルははっと目を見開き、腰を探る。その手を、トーイがぱっと止めた。
「駄目ですメルさん。今、出て行ったら」
「離してトーイ。私、叔父が人を殺すところなんか見たくないの」
「だからって……!」
二人は草陰で揉み合う。護衛の兵士が青年の体を押さえ、もうひとりの兵士の剣がその首に振り下ろされるーー
その刹那。
木々の間から猿のように飛び降り、護衛の兵士の背中をがつんと踏み潰して登場した男がひとり。
メルとトーイは目を見張った。
兵士を踏み潰し、ウォルターを睨みつけていたのは、赤い髪に赤い瞳の、あのレッドだった。
銀髪の青年は、兵士の剣が自らの頬をかすって落ちたのを、呆然と眺めている。護衛の兵士は気を失ってしまった。ウォルターは拳銃を取り出すと、その銃口をレッドに向ける。
「貴様……どうしてここに!」
レッドはウォルターを見上げ、小さく言った。
「あんたこそ」
「お前は私の邪魔ばかりして……何が目的だ!」
レッドは立ち上がり、憐れむようにウォルターを眺めると、
「神の実なら、ここにはない」
と言った。ウォルターはそれを一笑に付す。
「馬鹿な奴隷め、騙されないぞ。嘘をつきにのこのこ出て来るとはな」
「ああ、馬鹿かもしれない。ツーのことを放っておけなかったんだ。こいつ、いい奴でさ」
「……話はそれだけか?何が目的だ」
「神の実は、この島にはない。あんたがやっていることは、全て徒労だ。俺とこいつを殺しても、神の実はこの島からは出てこないだろうな」
一瞬、ウォルターの顔に戸惑いが走る。その次の瞬間。
レッドの姿がふっと彼の目の前から消えた。
気づくと、ウォルターは足にレッドのタックルを受け、しこたま背中を強打して空を見上げていた。ウォルターは慌てて銃を撃ったが、それはレッドの赤い髪を突き抜け、空中で虚しく鳴り響いただけだった。ツーは護衛を振り切ってウォルターの頭上に回り込むと、背中から抜いたスタッフでその手を執拗に叩き、銃を弾き飛ばす。彼は寝転がったままレッドに組み伏せられ、終始何も出来なかった。
ツーは荒く息を吐きながら、その拳銃を拾い上げた。そして威嚇するように、兵士達に銃口を振り向ける。
「……おい、ウォルター」
レッドが起き上がり、声をかける。ツーの手は少し震え出している。
「……ルイスと、その……メルは元気か?」
場にそぐわない質問に、ウォルターは戸惑いながらも何度か頷いた。
「そりゃ良かった。ならどうしてあんたは神の実を探しているんだ?」
そう問うた時、銃声を聞きつけた兵士らが応援に駆けつけ、レッドらは取り囲まれた。ウォルターは体を起こし、レッドを指差す。
「こいつを殺せ!」
兵士達は皆手に手に剣を抜いた。ツーが青くなって怯えている。レッドはツーの前に立つと、彼を後ろ手に守ろうとする。
その時だった。
「レッド、しゃがんで!」
聞き覚えのある声に、レッドはすぐさま地べたに這いつくばる。ツーもすぐにその言葉に従った。
銃声がことごとく繰り返され、兵士らの武器は次々と弾き飛ばされた。兵士らは自らの手を唖然と見つめ、周囲を見回す。
煙を吐き出す拳銃を手に草陰から現れたのは、メルだった。その後ろから、決まり悪そうにトーイが現れる。
「全員、両手を挙げなさい。挙げないと容赦なく撃つわよ」
地面で仰向けになっているウォルター以外の兵士、そしてレッドとツーも体を起こすと、そろりと両手を挙げた。メルは銃を構えたままレッドに目配せをする。
レッドも、メルをまっすぐに見つめている。
再びの邂逅。
けれど、それを喜んでいる暇はない。
トーイは兵士の足元に落ちている武器を拾い集めた。それをまとめて砂浜の方へ投げると、トーイはウォルターの背を押し、メルの前まで歩かせた。
ロープでウォルターを後ろ手に縛る。
「叔父様……どうして?」
メルが悲しげな顔で問うと、ウォルターはふんと鼻を鳴らし、こう言った。
「ウォーリス国の不幸の全ての元凶は、神の実だ」
レッドはその言葉を受け、ウォルターにあからさまな敵意の視線を送る。メルはその表情を敏感に感じ取り、慎重に問うた。
「何を言ってるの?叔父様」
「メル、お前はあのレッドとやらに騙されたのだ。神の実は万能薬などではなく、毒の実だ。我々はあれを排除しなければならない。排除せねば、ウォーリスの未来はない。お前は知らないだろうがな、あの実の毒がウォーリスの王族を病にし、死に至らしめていたのだ」
メルはレッドの顔色を見ながら言葉を選ぶ。
「私も、それを最近知りました。けれどーー青い血の民にとっては、神の実は、なくてはならない神聖な物なの。私達が一方的に排除していいものではないわ」
「ふん。青い血の民などどうでもいい。メルもルイスを助けたくて旅に出ていたはずた。奴隷に懸想して、お前は狂ってしまった。早く神の実の出所を突き止め、根絶やしにしなければならない。次の犠牲を生まないために。メルよ、共に国を救うのだ」
どうやらウォルターは王族を殺すために、神の実を探していたわけではないらしい。メルはそれについてはほっと胸を撫で下ろしたが、その他のことは何を言っても信じて貰えず、らちがあかなそうだと感じた。メルがむず痒そうに閉口していると、
「だから、神の実はここにはないって言ってるだろ。ないものの話で衝突すんなよ」
とレッドが割って入った。全員の視線がレッドに刺さる。
「話をまとめると、神の実は、青い人にとっては薬で、赤い人にとっては毒だっていうだけだ。排除するんじゃなくて、管理しないといけないって話じゃないのか?ウォルター、話を飛躍させ過ぎだぞ」
銃を構えたままのメルと座り込むウォルターは、思わず顔を見合わせた。
「ウォルターもメルも、俺も、神の実を探している。みんなで探して、見つかってからその後のことを考えた方がいいだろう。神の実はなかなか出来ない上、見つからないと聞いている。俺達に、悠長に喧嘩している時間はないはずだ」
奴隷に次々と正論をかまされ、メルもウォルターも少し恥ずかしそうに下を向く。トーイはふむふむと相槌を打っていた。
「皆の情報を持ち寄ろう。ウォルターはどこまで神の実について調べたんだ?王族の病が神の実の毒からっていうのは、どういうことだ」
レッドの言葉に、ウォルターはメルを憎々しげに見やりながら、こう答えた。
「レッドが来る前から、私は神の実について調べていたのだ。最初に耳にしたのは、美味な果物だという情報で……そう、この大航海時代だからこそ、入って来た情報だった。私はこれを育てて、薬草園の収入の足しにしようと調べ始めた。しかし、他国の船乗りから、妙な噂を聞くようになった。その実は大昔から、ウォーリスの王宮に定期的に運ばれていると。その情報を遡ると、知らない島の話がゴロゴロ出て来た。そしてその土地の風土病の話も……それが、どうもウォーリスの歴代の王族の病気と似通っている。更に、別の土地にも似た病が広がっているというではないか。私はある確信を持って、調べることにした」
次にレッドはメルに向き直って尋ねた。
「メルは神の実について、どこまで調べたんだ?」
メルは少し恥ずかしそうに首をすくめてから、
「……誰にも信じて貰えないと思うんだけど」
と周囲を見渡し、話し始めた。
「私、ウォーリスに持ち帰った聖なる樹から頼まれて、花粉を預かって来たの。それを女神の樹の雌花に受粉させて、神の実を収穫し、リサ……いえ、レッドに食べさせて欲しいって。私の体にレッドの青い血が入ったことで、聖なる樹の声が聞こえるようになったから」
そこまで聞き、やおらウォルターが怒り出した。
「体に血が入った!?レッド、お前はメルに何をした!」
「あーもう、ちっとは黙れよウォルター!あんたが考えるような、大したことはしてないはずだから」
「な、何だと……何か隠しているな貴様!」
「まあまあウォルター様」
トーイがウォルターの肩を抱き、なだめすかしている。メルは構わず続けた。
「レッドが神の実を食べると、青い血の呪いが解けるということです。青い血の本能が消え、樹になってしまうのを防げると。それが青い血の民の願いなのだそうです。だから私は、レッドにーー」
そこまで言い、メルは黙った。急に別の感情がメルの喉を突き上げ始めている。自然と涙がこぼれ、悲鳴に似た吐息が沸き起こり、話が続けられなくなる。レッドが呆然とそれを眺めていると、隣にいたツーが彼の背を押した。
レッドは前方に少しつんのめる。
「……何だよ」
ツーはくすくすと笑い、ウォルターの顔は怒りで更に赤くなった。トーイは進まぬ話に、大きなあくびをしてみせた。
レッドは泣いているメルに近付いた。メルは泣きながらも顔を上げ、レッドに無理やり微笑んで見せる。
「良かった……青い血の本能で、レッドが樹になってしまってたらどうしようって、ずっと……」
そこからは声にならなかった。レッドは衆目の手前、気恥ずかしさから抱いたり労ったりするのはためらわれ、困り果てた顔で泣きじゃくるメルを見つめている。
見守っていた兵士達も互いに目配せし合い、困惑の空気が漂う。夕暮れの島は次第に暗くなって来ていた。




