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第6章.二つの塔の島と恋

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49.再会

 メルが森へ入ると、所々で兵士が見張っていた。メルとトーイは茂みにしゃがみ込み、辺りを見回す。


「ここからどうする?メルさん」


とトーイが小声で問うと、


「ちょっと待って」


とメルは黙って目を閉じた。


「………………」


 また見えざる何者かとの通信が始まった。トーイは半笑いかつ目を細くしてそれを生暖かく見守っていたが、


「こっちみたい」


 メルは這うように進み出した。トーイも這ってついて行く。


 方向としては、二つの塔の方ではないらしい。伝説通りに行けば、塔周辺に女神の樹があるとされていたが……


 メルはふと立ち止まる。聞き覚えのある声がしたのだ。頭をあちこちに振り向けていると、


「くそっ、女神の樹はどこにあるというんだ」


という声がする。


 メルは這いながら草むらから顔を出し、その声の主を見て息を呑んだ。


 ウォルターだ。護衛の兵士をひとり付けている。


「ウォルター様、やはり見当違いではないですか?スケッチの通りの樹は見当たりません」

「手分けして探せ。時間をかければ、いつかは見つかるはずだ」


 メルは腹立たしく、叫び出したい気分だった。まさかという思いとやはりという気持ちがないまぜになって、メルの喉を襲う。共にルイスの薬を探し、治療に取り組んでいた彼が、まさか神の実を欲していたなんて。メルは目をこすり、ウォルターに目を飛ばした。


(……許せない)


 トーイはメルの殺気に気づき、心配そうに顔を覗き込んで来る。


 メルは再び目を閉じる。ウォルターより先に、女神の樹を見つけ出さなければならない。


ーーその時だった。


「くっ、離せ……!」


 遠くで声がして、ひとりの男が兵士に引き摺られて来た。銀色の髪をひとつに結び、イチョウの形をしたスタッフを背に負うている。メルはどきりと胸を鳴らした。


「恐らく、アーカングルの調査隊のひとりです」


 兵士はそう言うと、銀髪の青年の背中を蹴飛ばした。少し線の細い彼の体は簡単に倒れ、地に這いつくばる。


 ウォルターは青年を見下ろすと、兵士に言った。


「構わん。殺せ」


 メルははっと目を見開き、腰を探る。その手を、トーイがぱっと止めた。


「駄目ですメルさん。今、出て行ったら」

「離してトーイ。私、叔父が人を殺すところなんか見たくないの」

「だからって……!」


 二人は草陰で揉み合う。護衛の兵士が青年の体を押さえ、もうひとりの兵士の剣がその首に振り下ろされるーー


 その刹那。


 木々の間から猿のように飛び降り、護衛の兵士の背中をがつんと踏み潰して登場した男がひとり。


 メルとトーイは目を見張った。


 兵士を踏み潰し、ウォルターを睨みつけていたのは、赤い髪に赤い瞳の、あのレッドだった。


 銀髪の青年は、兵士の剣が自らの頬をかすって落ちたのを、呆然と眺めている。護衛の兵士は気を失ってしまった。ウォルターは拳銃を取り出すと、その銃口をレッドに向ける。


「貴様……どうしてここに!」


 レッドはウォルターを見上げ、小さく言った。


「あんたこそ」

「お前は私の邪魔ばかりして……何が目的だ!」


 レッドは立ち上がり、憐れむようにウォルターを眺めると、


「神の実なら、ここにはない」


と言った。ウォルターはそれを一笑に付す。


「馬鹿な奴隷め、騙されないぞ。嘘をつきにのこのこ出て来るとはな」

「ああ、馬鹿かもしれない。ツーのことを放っておけなかったんだ。こいつ、いい奴でさ」

「……話はそれだけか?何が目的だ」

「神の実は、この島にはない。あんたがやっていることは、全て徒労だ。俺とこいつを殺しても、神の実はこの島からは出てこないだろうな」


 一瞬、ウォルターの顔に戸惑いが走る。その次の瞬間。


 レッドの姿がふっと彼の目の前から消えた。


 気づくと、ウォルターは足にレッドのタックルを受け、しこたま背中を強打して空を見上げていた。ウォルターは慌てて銃を撃ったが、それはレッドの赤い髪を突き抜け、空中で虚しく鳴り響いただけだった。ツーは護衛を振り切ってウォルターの頭上に回り込むと、背中から抜いたスタッフでその手を執拗に叩き、銃を弾き飛ばす。彼は寝転がったままレッドに組み伏せられ、終始何も出来なかった。


 ツーは荒く息を吐きながら、その拳銃を拾い上げた。そして威嚇するように、兵士達に銃口を振り向ける。


「……おい、ウォルター」


 レッドが起き上がり、声をかける。ツーの手は少し震え出している。


「……ルイスと、その……メルは元気か?」


 場にそぐわない質問に、ウォルターは戸惑いながらも何度か頷いた。


「そりゃ良かった。ならどうしてあんたは神の実を探しているんだ?」


 そう問うた時、銃声を聞きつけた兵士らが応援に駆けつけ、レッドらは取り囲まれた。ウォルターは体を起こし、レッドを指差す。


「こいつを殺せ!」


 兵士達は皆手に手に剣を抜いた。ツーが青くなって怯えている。レッドはツーの前に立つと、彼を後ろ手に守ろうとする。


 その時だった。


「レッド、しゃがんで!」


 聞き覚えのある声に、レッドはすぐさま地べたに這いつくばる。ツーもすぐにその言葉に従った。


 銃声がことごとく繰り返され、兵士らの武器は次々と弾き飛ばされた。兵士らは自らの手を唖然と見つめ、周囲を見回す。


 煙を吐き出す拳銃を手に草陰から現れたのは、メルだった。その後ろから、決まり悪そうにトーイが現れる。


「全員、両手を挙げなさい。挙げないと容赦なく撃つわよ」


 地面で仰向けになっているウォルター以外の兵士、そしてレッドとツーも体を起こすと、そろりと両手を挙げた。メルは銃を構えたままレッドに目配せをする。


 レッドも、メルをまっすぐに見つめている。


 再びの邂逅。


 けれど、それを喜んでいる暇はない。


 トーイは兵士の足元に落ちている武器を拾い集めた。それをまとめて砂浜の方へ投げると、トーイはウォルターの背を押し、メルの前まで歩かせた。


 ロープでウォルターを後ろ手に縛る。


「叔父様……どうして?」


 メルが悲しげな顔で問うと、ウォルターはふんと鼻を鳴らし、こう言った。


「ウォーリス国の不幸の全ての元凶は、神の実だ」


 レッドはその言葉を受け、ウォルターにあからさまな敵意の視線を送る。メルはその表情を敏感に感じ取り、慎重に問うた。


「何を言ってるの?叔父様」

「メル、お前はあのレッドとやらに騙されたのだ。神の実は万能薬などではなく、毒の実だ。我々はあれを排除しなければならない。排除せねば、ウォーリスの未来はない。お前は知らないだろうがな、あの実の毒がウォーリスの王族を病にし、死に至らしめていたのだ」


 メルはレッドの顔色を見ながら言葉を選ぶ。


「私も、それを最近知りました。けれどーー青い血の民にとっては、神の実は、なくてはならない神聖な物なの。私達が一方的に排除していいものではないわ」

「ふん。青い血の民などどうでもいい。メルもルイスを助けたくて旅に出ていたはずた。奴隷に懸想して、お前は狂ってしまった。早く神の実の出所を突き止め、根絶やしにしなければならない。次の犠牲を生まないために。メルよ、共に国を救うのだ」


 どうやらウォルターは王族を殺すために、神の実を探していたわけではないらしい。メルはそれについてはほっと胸を撫で下ろしたが、その他のことは何を言っても信じて貰えず、らちがあかなそうだと感じた。メルがむず痒そうに閉口していると、


「だから、神の実はここにはないって言ってるだろ。ないものの話で衝突すんなよ」


とレッドが割って入った。全員の視線がレッドに刺さる。


「話をまとめると、神の実は、青い人にとっては薬で、赤い人にとっては毒だっていうだけだ。排除するんじゃなくて、管理しないといけないって話じゃないのか?ウォルター、話を飛躍させ過ぎだぞ」


 銃を構えたままのメルと座り込むウォルターは、思わず顔を見合わせた。


「ウォルターもメルも、俺も、神の実を探している。みんなで探して、見つかってからその後のことを考えた方がいいだろう。神の実はなかなか出来ない上、見つからないと聞いている。俺達に、悠長に喧嘩している時間はないはずだ」


 奴隷に次々と正論をかまされ、メルもウォルターも少し恥ずかしそうに下を向く。トーイはふむふむと相槌を打っていた。


「皆の情報を持ち寄ろう。ウォルターはどこまで神の実について調べたんだ?王族の病が神の実の毒からっていうのは、どういうことだ」


 レッドの言葉に、ウォルターはメルを憎々しげに見やりながら、こう答えた。


「レッドが来る前から、私は神の実について調べていたのだ。最初に耳にしたのは、美味な果物だという情報で……そう、この大航海時代だからこそ、入って来た情報だった。私はこれを育てて、薬草園の収入の足しにしようと調べ始めた。しかし、他国の船乗りから、妙な噂を聞くようになった。その実は大昔から、ウォーリスの王宮に定期的に運ばれていると。その情報を遡ると、知らない島の話がゴロゴロ出て来た。そしてその土地の風土病の話も……それが、どうもウォーリスの歴代の王族の病気と似通っている。更に、別の土地にも似た病が広がっているというではないか。私はある確信を持って、調べることにした」


 次にレッドはメルに向き直って尋ねた。


「メルは神の実について、どこまで調べたんだ?」


 メルは少し恥ずかしそうに首をすくめてから、


「……誰にも信じて貰えないと思うんだけど」


と周囲を見渡し、話し始めた。


「私、ウォーリスに持ち帰った聖なる樹から頼まれて、花粉を預かって来たの。それを女神の樹の雌花に受粉させて、神の実を収穫し、リサ……いえ、レッドに食べさせて欲しいって。私の体にレッドの青い血が入ったことで、聖なる樹の声が聞こえるようになったから」


 そこまで聞き、やおらウォルターが怒り出した。


「体に血が入った!?レッド、お前はメルに何をした!」

「あーもう、ちっとは黙れよウォルター!あんたが考えるような、大したことはしてないはずだから」

「な、何だと……何か隠しているな貴様!」

「まあまあウォルター様」


 トーイがウォルターの肩を抱き、なだめすかしている。メルは構わず続けた。


「レッドが神の実を食べると、青い血の呪いが解けるということです。青い血の本能が消え、樹になってしまうのを防げると。それが青い血の民の願いなのだそうです。だから私は、レッドにーー」


 そこまで言い、メルは黙った。急に別の感情がメルの喉を突き上げ始めている。自然と涙がこぼれ、悲鳴に似た吐息が沸き起こり、話が続けられなくなる。レッドが呆然とそれを眺めていると、隣にいたツーが彼の背を押した。


 レッドは前方に少しつんのめる。


「……何だよ」


 ツーはくすくすと笑い、ウォルターの顔は怒りで更に赤くなった。トーイは進まぬ話に、大きなあくびをしてみせた。


 レッドは泣いているメルに近付いた。メルは泣きながらも顔を上げ、レッドに無理やり微笑んで見せる。


「良かった……青い血の本能で、レッドが樹になってしまってたらどうしようって、ずっと……」


 そこからは声にならなかった。レッドは衆目の手前、気恥ずかしさから抱いたり労ったりするのはためらわれ、困り果てた顔で泣きじゃくるメルを見つめている。


 見守っていた兵士達も互いに目配せし合い、困惑の空気が漂う。夕暮れの島は次第に暗くなって来ていた。

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