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第6章.二つの塔の島と恋

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48.メル一世一代の名演技

 メルが甲板から望遠鏡で海を眺めていると、二本の角が生えたような形の島が見えた。メルは足をじたばたさせながら無言ではしゃぎ、背後のミトとトーイを振り返る。


「ミトの言う通りよ!あれが二つの塔?」


 ミトとトーイは手遊びをしていた。トーイは忙しく振り返ると、


「ミト、そろそろ降りる準備だ。続きはまた今度」


と取りなす。ミトは彼とまだ遊び足りないらしく、ぶすっと頬を膨らませている。


「ミトはお留守番よろしくね。船長にボートを降ろしてもらいましょう」


 そうメルが言った時、呼ばれたかのように船長が小走りで船長室から出てきた。メルはこれ幸いと声を掛けようと思ったのだが、


「上陸は取り止めだ」


 彼の言葉にメルは耳を疑った。


「どうして?」

「その望遠鏡でよーく見てみろ。ウォーリスの軍艦が止まってやがるんだ」


 メルは慌てて望遠鏡を再び島へと向ける。レンズを回して拡大すると、黒っぽい船が見えた。その帆には、見慣れたウォーリスの紋章が描かれている。


「……どういうことなの?」

「わからねぇ。もしかしたら、領土拡大か……はたまた資源の奪い合いか」


 メルの様々な予感が、点から線に展開する。ウォーリス、二つの塔、神の実。これらを結ぶ線といえば、あれしかない。


「きっとそうよ。ここでウォーリスの誰かが神の実を収穫し、王族の食事に混ぜていたんだわ」

「近付かない方がいい。燃料的に、アーカングルに引き返すなら今だ。このまま進路を変えて、俺達はーー」

「行きます」


 メルは望遠鏡を二つの塔の島に振り向けたまま、そう宣言した。


「……メ、メルさん?」


 トーイが震えながら名を呼ぶ。メルはもう一度言った。


「私は行きます。見過ごせない。神の実があるなら、命をかけて探し出します」


 船長とトーイはあんぐりと口を開けてから、同時に我に返って口々にわめいた。


「守銭奴かよ植物学者!いくら珍しい植物を手に入れようったって、軍艦相手じゃ命がいくつあっても足りねぇ。やめとけよ!」

「メルさん、何かあってはレッドにも会えませんよ!ここは大人しく……」


 メルは男二人を泰然と眺め回すと、


「私は私のやりたいように生きるわ。今は神の実を探すの。ウォーリスの誰かさんの愚行を突き止めるのよ。あなた達は先にアーカングルにでも帰りなさい」


と言ってのけ、甲板に用意していた荷を背負った。


「私はひとりであの島へ行くわ。船長、ボートを降ろしなさい、今すぐ」


 メルはそう言って船長に詰め寄った。船長はちらとトーイを見やる。トーイは面倒臭そうに頭を掻きむしっていたが、


「もうヤケだ……俺も行こう。放っておいて、死なれたほうが気分が悪いからな」


と甲板から立ち上がった。


「ミト、帰ったらまた面白い遊びを教えてやるからな」


 トーイの言葉に、ミトはにっこりと笑った。


 船員達によってボートが用意され、メルとトーイは乗り込んだ。


「では船長、さようなら」

「無理すんなよ。俺達はとりあえずコルト島に向かうからよぉ」


 ロープに吊るされたボートは、キリキリと音を立てながら海面に着水した。メルとトーイは慣れた手つきでボートからロープを外す。


 二人で櫂を持ち、掛け声と共に海へ進み出る。アーカングルの調査船はメル達から少しずつ遠ざかって行った。




 島に近付き始めると、大量のボートが島からウォーリスの軍艦に戻って行くところだった。メルはそれを凝視する。どうやら乗っているのは兵隊の一軍らしい。


「トーイ、あれはどの隊か分かる?」


 トーイは櫂を進めたまま首を軍艦の方へひねり、


「……あれは騎士の隊だ。銃士の隊ではないな」


と言う。メルはそれを聞き、無表情で呟いた。


「それなら勝てるわ」


 メルは自らの腰にぶら下がる二丁の拳銃を眺めている。トーイは震え上がった。


「戦場以外での兵士殺しはやめて下さいよ。下手したら死刑だ」


 しばらくすると、軍艦から大砲の音がした。どうやら逃げ帰るアーカングル船に向けて砲撃しているらしい。その苦し紛れの行為が明らかに悪事を行なっていると白状しているようで、メルは薄ら寒くなった。


 レッドの体を助けるが、ルイスの体を犯した不思議な神の実。


(絶対に、探し出してみせる)


 ボートは大砲に狙われることなく、島へと辿り着いた。だが砂浜に足を踏み入れ、メルとトーイは黙って立ち尽くす。


 そこには剣を構えた騎士達が待っていた。武器を手ににじり寄る兵士達。トーイは怯えていたが、メルはにこりと笑い、平然とこう言った。


「私は植物学者、メル・シェンブロです。皆様、何のお仕事をなさっているの?」


 いきなりの芝居にトーイは凍りついた。しばらくすると、隊の中から声が飛んだ。


「トーイ!お前、トーイ・フィガレイアじゃないか?」


 トーイは隊の中から顔見知りを見つけ、ぎこちなく手を振って見せた。隊の中のひとりが進み出て、笑顔を貼り付けたままのメルに問う。


「あんたはウォルター・シェンブロの姪御さんか?」


 メルはいきなり叔父の名前が出たことに、内心ひどく動揺していた。だがここは顔色を変えず、話を合わせるしか道はない。


「そうです。叔父のウォルターは今どうしていますか?」

「ウォルター様なら島の中心部に行ったが……」


 ウォルターの姪ということで向こうも余り警戒していないのか、近況を聞いたつもりが、すぐそこにいるという衝撃の事実に当たってしまった。軍艦を動かしたのはウォルターなのだろうか。


(一体、何のため?……やはり王族を苦しめていたのはシェンブロ家だったの?)


 今ここで考えていても埒のあかないことだ。メルは様々な予見をして腹をくくると、大きな賭けに出た。


「私、叔父に応援に呼ばれて参りましたの。どちらへ行けばよろしいの?」


 兵士達は何事か輪になって話し合い、


「付いて来い」


とメルに促した。女は笑ってさえいれば、男からは敵扱いされにくい。メルは淑女の笑顔を絶やさぬまま、二人の兵士に前後を挟まれて歩き出す。


 視線を伸ばすと、遠くには二つの塔。


 メルは歩きながら周囲を見渡した。さすがにレッドが既に待っているなんて、非現実的なことはないだろう。


(ウォルターのことも気になるけれど……まずは、神の実がどこにあるか探さなければ。何にせよ、実のあるところに、真実があるはずだわ)


 メルはふと立ち止まると、急にこんなことを言った。


「あの……トイレはどこにあるのかしら?」


 少しもじもじしながら、恥ずかしそうに問う。二人の兵士は顔を見合わせた。


「そうだな。それはもう、海にするしか」

「ごめんなさいね。少しお待ちいただけるかしら?」


 メルは兵士の背後に付いていたトーイに目配せをする。メルが海岸に歩いて行った、次の瞬間。


 どさっ。


 何かが落ちる音がして、砂が舞う。トーイは鞘に収まったままの剣で、二人の兵士を続けざまに峰打ちしていた。


「ここが暑くて、軽装だったのが功を奏したな」


 言いながら、トーイは手際よく荷物からロープを引っ張り出し、兵士を巻く。メルは海岸に裏返して止めてあったボートをひっくり返し、トーイがそこに気を失った兵士達を投げ入れた。


 二人の足でボートを海へ蹴り出す。兵士は沖合へと流されて行った。


「ふう、これで自由に動けるわねっ」


 心地よい汗をかいているメルの隣で、トーイは大きくため息をついた。


「メルさんを見張っておかないと、何しでかすか分からん。いつか死人が出る」

「何か言った?トーイ」

「……いいえ」


 メルとトーイは二人、砂浜から蛍光色と原色溢れる奇妙な森へと足を踏み入れる。


 目指すは、二つの塔。

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