46.トリニット村のネミア
塔の中は空洞で、所々壁に穴が空けられている。その穴から月光が差し、壁に沿ってらせん階段があるのが見えた。ぐるぐると上って塔の頂上へ出る。そこにはレッドと同じぐらいの背丈の女神の樹が待っていた。
樹には青いつぼみがひとつ付いている。
「ツー、ちょっといいか?」
レッドは震えながらツーに腕を突き出した。
「ここを、ナイフか何かで切ってくれ。頼む」
ツーはレッドの怯えた顔に驚きながらも、恐る恐る果物ナイフを取り出すと、レッドの指し示した箇所を切る。木の根元に腕を近付け、青い血がしたたってしばらくすると、
「あー!やっぱり、リサだ!」
と女の声がした。レッドはおっかなびっくり女神の樹を見ながら押し黙った。ツーにもその声が聞こえるらしく、辺りをひっきりなしにきょろきょろしている。
「元気にしてた?トリニット村で一緒だったネミアお姉さんだよ~」
レッドは全く覚えていない。
「ここまで来たってことはさ、聖なる樹の花粉でも持って来てくれたの?」
レッドもツーも固まって動かない。ネミアは構わず続ける。
「お返事はどうした!見た感じ、君は確かにリサなんだけどな~?」
「……リサって誰だ?」
ようやくレッドが発した言葉で、ネミアは気がついた。
「あれ?あ、そっか。あんなことがあったから、ショックで忘れちゃったのかな?失礼。リサは君の名前だよ~」
レッドの胸にこそばゆい感覚が起こる。どこかで聞いたことのある名前のような気がしたからだ。
「……女みたいな名前だな」
「そう?私達の言葉で〝勇敢な〟って意味だよ?ところで……儀式の最中に火事になっちゃったじゃない?あなたに神の実を食べさせる最中に……あれは残念だったわね。神の実は燃えないって聞いてたのに、伝説って意外と当てにならないものね。私はあの後すぐに燃える村から脱出したんだけど、その後どうなったのかしらね?私、ずっと気になってて」
それはレッドにも分からなかった。洞窟内が燃え上がる記憶だけはあるのだが、もしかしてその時に記憶を飛ばしてしまったのだろうか。
「ごめん、ちょっと分からない……」
レッドの戸惑いもそっちのけで彼女は続けざまに問う。
「あれしか食べられなかったけど、神の実の効果はあったの?ちゃんと赤い血の女の人と交わった?」
恐らく青い人達にとって、生殖の話は全くタブー視されないのであろう。レッドは正直に
「まだ……」
と答えたものの、何を言ってるのだろうと空しい気分になる。
「そっか~赤い血の女の人って難しいのねぇ」
レッドは首を横に振った。
「違う、そうじゃないんだ。下にいたシャーマンのじいさんによると、やっぱり俺は少ししか実を食べられてないらしくて、体が完全に赤い人と同じにはならなかったらしい」
レッドが一息にそう言うと、ネミアは
「あちゃー!やっぱりあの儀式は不完全に終わっちゃったのね」
と残念そうに呟いた。
「でもでも私、リサのこと応援してるよ!私も実を付けられるように頑張るし、今度こそリサを赤い血の人と同じ体にしてあげるから元気出して!だって紫の人がどんどん現れてくれれば、私達は呪縛から解き放たれて自由になれるんだものね」
レッドとツーは女神の樹の下に腰を下ろした。ツーは自らの血の色の話が出たので、息を殺して聞き入っている。
「その下り……詳しく教えてくれないか?」
「あ~記憶がないんだもんね、了解!」
「……」
「神はね、昔は沢山いたんだよ。青い人と赤い人で取り決めてどんどん産んでたんだ。でも我儘で一番の力持ちの神がいてね、次々神が産まれるのはムカツク!っていうんで、この二色の人間を分断したの。でもそれでもまだ神が産まれ続けるので、赤と青のどちらかを根絶やしにしてやろうと考えたのよ。そこで取った手段が、青い人に肉体を手放す呪いをかけることだった。次第に赤い人は青の人とは別の進化を遂げて、青の人と交わることが不可能になってしまったの」
レッドはメルの教えてくれた神話を思い出した。
「力持ちの神……フォニケオスのことか」
「そう。結局それで神はこの世にただひとりになったのよ。けれど、丁度今日みたいな二つの月と神の椅子座の位置の日……ある女神の樹に、子供が入っていない実がなったの。他の青い血の人が不思議に思ってそれを食べると、なんと!青い血のまま、赤の人と同じ体になったのよ。古代の体に戻れたと喜びに沸いて、それからみんなで食べようとしたみたい。けど、皆が一斉に食べると色々外でトラブルが絶えなかったらしくて、それからは村で代表者を決めて食べさせることにしたのよ。そう取り決めて頑張ったみたいなんだけど、赤い血の人の迫害に遭いまくって上手く行かなかったみたいね。で、どうしようかな~って今、青い血の人皆が悩んでるところなんだぁ」
レッドは腕組みをし、考え込む。
「……ということは俺の他にもほっつき歩いている青い人がいるってことか?」
「うん、いるいる!でも赤い人に比べれば圧倒的に少数だよ。火事の後、みんなどこに行ったのかも分かんないし」
「その青い人に神の実とやらを食べさせれば……」
「リサみたいな人が増えることになるね!」
「それで?いざ紫の血の人間が増えると、世界はどうなるんだよ」
「世界……というより、人類は凄く強くなるよ。紫の人には病がなくて、体がとっても丈夫なの。それに動物や植物と会話が出来る力があるんだって。私達人類はそれを目指してる。青い血と赤い血が混ざって、紫の血の人を産むこと。それが本来の私達の生殖の目標だったの。赤の血の人がそれを忘れちゃっただけ」
「ふーん……」
レッドはちらとツーを見やる。ツーはなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「まだ信じられない?でも仕方がないことね、変化を目の当たりにしなければ、信じようとは思えないわよねえ」
「……まだちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何でもオッケー!どんと来い!」
「あんた、俺の父と母について何か知らないか?」
ツーも頷いている。この話題には彼も前のめりになっている。
「ご両親?うーんごめんね、私達、そういう概念はちょっとないんだ。雌株は普通、どの雄花の花粉を付けたか分からないのよ」
「そうか……」
肩を落とすレッドを、ネミアは励ました。
「気を落とさないで。きっとあなたはこの島の周辺出身よ。トダリヤにつく海流は限られているから。私の前に、この島には大きな女神の木が一本あったんですって。きっとそれがあなたのお母様よ。もう、落雷で燃えちゃったそうだけど」
レッドは遠くを見ると、小さく言った。
「俺、これからどこに住んで、どこへ行けばいいんだろう。正解を探してるんだが……」
饒舌なネミアが黙った。彼女なりに色々考えているようだ。ネミアはしばらく波の音に流されるように佇んでいたが、
「それ、ヒト型のヒト発想よね。木はそこに根付いたらそこにいるしかないじゃん?」
と楽しそうに言った。レッドとツーは思わず互いに顔を見合わせる。
「……確かにな」
「ね、レッド。思い詰めちゃだめよ。元々あなたは木の実に入ってたんだから、流れに流れてもいいんじゃない?行き当たりばったりも悪くないわ。実を結ぶことがあれば、それだけ良い土壌に巡り合えたということだから。そこが都だと考えてみたら」
レッドはじっとその言葉を噛み締めた。
「……いいこと言うな」
「でしょ?私の都はここよ。この美しい海の景色をずっと見ていたくて、えいっと肉体を捨てたらどうにか根付いたの。わ!根付いたラッキ~!こんな風でいいのよ、深く考えないで」
次第に水平線の色が白く霞んで来る。女神の樹はああっと声を上げた。
「朝日が昇ると私、話せなくなっちゃう。また今度、あなたの血をちょうだい。青い血は栄養たっぷりだから、今度こそ花を咲かせられ……キャー」
女神の樹は、そうして静かになった。




