45.レッドの欠損した欲望
レッドと地図屋は焚火に浮かび上がる老人の元へ帰って来る。
「お帰り。どないした」
「伝染病が流行っているそうだ。船から出ろと言われた」
「しばらくここで世話になって良いですか?」
老人は軽い口調でええよ、と言った。三人は再び焚火を囲む。
ふとレッドは夜空を見上げる。二つの月が両塔の上に鎮座しているように見えた。
「二つの塔から月へ行ける夜……か」
呟いたレッドに、老人はおおっと驚いた。
「お前はん、何も知らん言うとったけど、知っとるやないか。いやー驚いた」
レッドと地図屋は老人に注目する。老人はレッドに体を向け、声をひそめた。
「それは青い人の間に伝わる古い歌や。塔の間に神の椅子座が入り、月二つが塔の頂上に被る時期が、実がなる最適な時期だと言われとる」
「知ってる。でも、なる条件が揃っていても受粉出来なきゃしょうがないな」
「お前はん、ほんまヒトゴトやの。ええか?教えといたるけどな、神の実は他の実と違って結実した後に火をつけて燃やしても燃え残るという特徴を持っとる。それを青い人が食べると、お前はんみたいになるんやで」
「へえ……食べた記憶はないんだがなぁ」
そう言ったレッドを、老人は上から下までまじまじと眺めた。レッドが睨むと、彼は小声で尋ねて来る。
「お前はん……赤い血の女と、どこまでヤった?」
うん?とレッドは問い返す。ツーは顔を赤くしながら押し黙って二人のやり取りを待っている。
「だから、赤い血の女と、どこまで」
「何でそれをじじいに教えにゃならん」
「大事なことやで!少し嫌な予感がする。もしかして、やり方分からんのとちゃうか?」
レッドはぐっと何かを飲み込むようにして、言葉に詰まった。額に汗が出て、少し顔色が冴えないように見える。ツーは心配そうに彼を見つめている。老人は口を開けると、思いがけないことを言った。
「記憶がない言うのが引っかかる。神の実を食べた記憶はない、けれど赤い血の女に恋をしたことがある。つまり……これは仮説やけどな、あんた神の実を全部食べんとそうなったん違うか?中途半端なんよ。気持ちだけあって、身体が追いついとらん。あれはな、全部食べんと完全な体にはならんのや」
レッドは恥ずかしさに発言を迷った。だが、隠していても埒のあかないことだ。彼は正直に言うことにした。
「赤い血の女は好きになった。体に触れたいとは思う。けれど、赤い血の男のように、体に変化は起きないんだ。俺は血が青いし、周りの男達と違うからしょうがないと思って今までは考えないようにしていたが、いざ好きな女を目の前にすると……その、自分には何かが足りない、欠損していると思うようになって」
言い出すと止まらなくなって来る。ツーは少し頬を染めてレッドを見守っている。
「そこらへんの欲望にはずっと蓋をしていたんだ。けど、じいさんの仮説が本当だとしたら……神の実を完食すれば、完全に赤い血の男と同じ体になるのか?」
老人は難しい顔をして、次に何を言うべきか考え込んでいる。塔の上の女神の樹を見上げ、再び視線をレッドに戻すと、老人は口を切った。
「神の実はなかなか見つからん。けれど、あの女神の樹の花が受粉すれば可能性はまだある。そうやな、今やからこそ言うといたるわ。これから先、あんたが成し遂げないかんことを。これもシャーマンの役目や」
老人はレッドに顔を近づける。
「恐らくあんたは青い血のコミュニティにいたと思う。その中で、何らかの理由で選ばれ、神の実を食べる運びになったんやろ。その実を食べる最中に何かが起きて、中途半端になってしもた。だがな、もし神の実を全て食べ、赤い人と交わることが出来る体になった場合……ここから先しっかり聞いとけよ。紫色の血をした子供が産まれる。そう、神と同じ血の色や」
それを聞いて、ツーが呟いた。
「そういうことだったのか……」
レッドが何と声をかけようか迷っていると、ツーは彼と老人にニッコリと笑って見せた。
「ルーツの一端が分かって、少し安心しました」
そして彼は目をごしごしとこすっている。レッドはほっと息をつくと、老人に向き直った。
「おい爺さん、紫色の血の子が産まれたら、どうなるんだ?」
レッドは構わず先の話を聞きたがる。老人は二人の男を見、塔を見上げた。
「続きは……そうやな、あの木に直接聞いてくれんか」
レッドとツーは月を背にすらりと立っている女神の木に目を向ける。
「直接って……どうやるんだ?」
「もう蕾は付いとる。お前はんの青い血を注げ。そうすると花が咲いて、あの木と通じ合える。月夜の間だけや。向こうも話したがってると思うで、早よ行き」
レッドは上を見、ツーに目を戻す。
「行って来たらどうですかレッド」
「分かった……行ってみるか。ツーもちょっと来いよ。頼みたいことがあるんだ」
レッドはツーに目で促した。ツーは立ち上がると、レッドと共に塔の内部に入った。
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