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第5章.コルト島と神の実の伝説

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44.二つの塔の老人とレッド

 広い島だった。


 島からは見渡す限りの青い海。ヤシ類の森の中では見たこともない蛍光色の花や鳥が入り乱れ、そこはさながら楽園だった。ここが天国だと言われたら、素直に納得してしまうだろう。


 レッドとツーは海岸線を歩きたがるアーカングルの調査隊から大きく外れ、島の中央を目指した。というのも島の中央の森の中に、見過ごせないものがあったからだ。


 その森からは、二つの塔が島の角の如く突き出ていたのである。


「二つの塔って、あれですか!?」


 嬉々として問いかけるツーに視線を送らず、レッドは塔を見上げて呆けている。


「本当に、ある……」

「何でそんなに残念そうなんですか?」


 レッドは顔をしかめた。誰かの描いた進路に乗せられているようなうすら寒い気分だ。


「ふん、まあいいか……特段俺にはやることもないしな」

「近くまで行ってみましょう。しかし、トダリヤからこんなに遠い島へと繋がる伝説があったなんて、不思議な縁があるものですね」


 近づくにつれ、塔の内のひとつにひょろりとした木が生えているのが確認出来た。


「あれがいわゆる女神の樹ですか?」

「そんな適当に生えてるもんかね?」


 二人は塔の麓まで来た。塔の前に、火を起こした跡があることに彼らは気がつく。


「おい、ここは無人島じゃなかったのか?」


 レッドは周囲を見渡した。すると草陰から、一人の肌の黒い老人がひょっこりと姿を現した。黒い髪に黒い瞳の老人である。三人は互いをぽかんと見つめ合う。老人がレッドに目を向け、先に口を切った。


「おお、次はお前か」


 ツーは不安気にレッドの背後に隠れた。


「ようやく次の聖なる樹が現れたか。待っとったんやで」

「おい、何が何だかさっぱり分からんが……お前、何者だ?」

「ああ。今から言うさけ、その、後ろの銀色。武器に手をかけるの、やめ」


 ツーが慌ててスタッフを後ろ手に隠すと、老人はレッドに告げた。


「わしはこの塔を守るシャーマンや。あんたをずーっと待っとった」


 レッドは老人を睨み続けている。その様子に、老人はおやと呟いた。


「いつもの青い血の人と勝手が違うな兄ちゃん?良い武器見つけといで。さっさと自分の腹をさばいて肉体を捨てなさい」

「てめー俺を馬鹿にしてんのか?初対面で人に死ねとは大層なご挨拶だな」


 三人に再び沈黙がおとずれる。老人はレッドを注意深く観察すると、急に青ざめ


「まさかおはん、記憶……いや、本能が欠落しとるのか?」


と震える声で尋ねた。ツーとレッドはちらりと互いを見やった。


「俺の本能について、何か知ってるのか爺さん」


 すると老人はどっと汗をかき始めた。


「よもやお前はん、神の実を……!」

「神の実だと?爺さん、それについて何か知っていることがあるなら教えてくれ」


 老人は深く息をつき、額の汗をぬぐう。


「えらいこっちゃ。まず何から説明すべきか」


 老人は辺りをきょろきょろと所在なげに見回すと、頭上の塔の片方を指差した。


 塔の上に、木が生えている。


「あれがな、お前はんら青い血の人の最終形態や」


 風が吹いた。木は風に揺られ、遠く頭上でさらさらと葉音を立てている。


「あれが?木だぞ」

「そうやで。聖なる樹とは青い血の人の本来の姿。青い人は肥沃な土壌を求めて旅をし、ここぞという場所を見つけると人の姿をした自らを殺し、その遺体を胚として発芽するんや。根付くと意志を持つ木として新しい生を始める。今、わしがお前に肉体を捨てろと勧めたのはそういうことや。発芽するつもりでここへ来たんやったらわしが世話することになっとるんやで。わしはそういう役割を担っとる」


 葉音と風の音でレッドの脳内はかき回される。心臓が、まるで心当たりがあるかのように、どくどくと波打っている。


「世話って、例えば……?」

「そりゃ、水やったり、剪定したり……」


 植物にしてやる世話以外の何ものでもない。レッドはくらくらしながらも、心を強く持って老人に質問した。


「爺さんはネマラート島のことを知っているのか?」

「知っちゃるよ。この二つの塔がシャーマン発祥の地いうことや。ちなみにわしの喋りよる言葉は古代語なんや。聞き取りづらかったら、すまんよ(ごめんね)」


 レッドが警戒を解いて来たのが分かって来て、老人にも段々笑顔が出て来た。


「さ、ここで立ち話も何や。お前はんらおなか空いてへんか。うまいもんこさえたるさけ、食べながら話そうや」


 老人は立ち尽くす二人を尻目にうろうろと周辺を歩き回った。すぐに老人の懐は色とりどりの果実でいっぱいになった。老人は地面に果実を下ろし、三人はそれを囲む。


「ここは肥沃な島やて、大昔は青い血の人らがようけ来たらしいわ。しかし最近とんとんようになっての。ようやく最近ここに来た青い血の女が、あの塔の上でああして木になったとこや」

「あんな高い塔の上で、ですか?」


 ツーは上を見上げた。


「そうや、景色がええ言うて。女神の樹やな」

「あの上で息絶えたってことか?」

「肉体はそうなるわな。けれど木としての人生は始まる」

「……馬鹿げてる」


 レッドは憤りを隠さず立ち上がった。


「そんな話、信じろっていう方が無理だ」


 赤い顔をした彼を、ツーは優しく諭した。


「いや、もう少し話を聞きましょうよ。ご老人も、嘘をついているようには見えない」


 レッドは渋々座り直すと腕を組む。


「続けてもええか?」


 老人が困った顔で尋ね、


「どうぞどうぞ」


とツーは促した。


「聖なる樹は雄の木と雌の木があっての。前者を聖なる樹、後者を女神の樹と呼ぶ。どちらにも花が咲き、鳥や虫、又は人の手を媒介にして、女神の樹の方に実がなるんや。その実の中から青い人は生まれる。実の中で生き続けられるので、海流に乗って別の島や大陸に辿り着くことも可能や。ここから流すと、トダリヤに流れ着くことが多いかな」

「トダリヤ……」


 レッドが反応したので、老人は笑顔になる。


「何ぞ心当たりあるか?」

「……ある」

「そうか。わしな、実は最後に実を流したんが、忘れもしない。十五年前や。あれからずっと、この島で実をつける女神の樹は現れなんだ。もしかしたらあの実からあんたは生まれたのかもしれんな」

「だとすると、レッドは十五歳!?」


 ツーが噴き出す。


「見えない!二十歳くらいかと思ってました」

「青い血の人らは元が樹やから成長がようて、赤い血の人らから見たらどうしても歳より上に見えてしまうんよ。その代償か、寿命も早いんやけどな。あー、何か嬉しいなあ」

「でも、どうして流したんだよ?ここで育てても良かったんじゃないのか」

「この島では、シャーマン代々そういう取り決めになっとるからや。なるたけ遠くへ種を蒔きたい言うのが植物……いや、生命全体の願いやないかい」


 そう笑顔で答えた老人だったが、すぐに神妙な顔つきになる。


「お前さん、記憶を失っとる言うたな」

「そうだが」

「その青い血で、赤い血の人の傷を癒したことはあるか?」


 レッドはツーの顔色をうかがいながら


「ああ」


と生返事する。それを聞き、


「不躾なことを聞くが」


と前置いて、老人は更に質問を重ねた。


「お前はん、赤い血の女に恋をしたことがあるか?」


 一瞬の静寂。レッドはかじっていたプラムに似た果実の芯を地面に投げ捨てると、


「何で爺さんにそんなこと話す必要があるんだよ!」


と明らかに苛ついた様子を見せる。ツーの方が恥ずかしそうに首をすくめた。


「わっ……こらアカン」


 老人は慌て始めた。


「やっぱりそうなんや。お前は神の実を食べた。だから本能と引き換えに、赤い人の体の構造を手に入れたんや。お前は青い血を持ちながら、赤い人との生殖も出来る、特別な体を手に入れた……!」


 その話を遮るように、高らかにアーカングル軍のラッパが鳴り響いた。


「レッドさん、これは集合の合図ですよ」

「爺さんの話も気になるが、行ってみるか」


 レッドは立ち上がると、老人に何も言わずに立ち去ろうとする。


「こら、レッド……あ、お爺さん。また来ますから話の続きはその時にお願いします」


 ツーが彼の代わりに頭を下げ、レッドの後を付いて行く。




 船を前にして、日の落ちた浜辺に整列する。軍医が進み出て告げた。


「皆、聞いてくれ。船内に伝染病の感染者が出た。必要な積み荷を各自持ち出し、本日より島で野営をするように。再び合図があるまで、各自で雨露を防いでくれ。以上だ」


 レッドとツーは元来た道を戻る。二つの月が出始めた。


「……レッド」


 ツーが声をかける。


「何だ?」

「あの老人に、早く話を聞きましょう。夜が楽しみになって来ました」

「お前、気楽なもんだな。俺は怖くてたまらない。あれが全部事実なら……」


 レッドの顔は色を失っている。


「俺は、化け物じゃないか」


 ツーはそれを聞くと、すぐに取りなした。


「あなたは化け物なんかじゃない。私を励ましてくれたあなたは、決して……」


 レッドは黙り込んで歩みを早くする。ツーは跳ねるような足取りで彼を追いかけた。

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