41.青い血の民の村
夕方ごろに、女の子の言う村に辿り着いた。確かに竪穴式の素朴な家々があった。だがそこには誰も住んでいなかった。
メルは女の子から色々と聞き出した。村の名前はない。女の子の名前はミトと言った。
「ここに、ずっと隠れてたの」
ミトが案内した洞窟の入り口は蔦が生い茂り、カーテンのように垂れ下がっている。これに入って、彼女は奴隷船を免れたらしい。
メルは洞窟の中に入った。トーイが松明に火をつけ、洞内がふわりと明るくなる。洞窟の天井を見て、メルは息を呑んだ。
そこには星座と二つの月が描かれていた。メルはアーカングルで手に入れた天球図を思い出す。ほとんど同じ星座が結ばれていた。ミトはある地点に立つと、
「ここが、呪いを解く場所!」
とバンザイをして見せた。洞内のほぼ中央に、ミトの小さな手が二つ上がる。ふとメルは気がついた。ミトは二つの月に被せるように、手をかざしているのだ。
「ミト、あなたの村ではここをどのように使っていたの?」
ミトは無邪気にこう答えた。
「お祭りの時に使うの!私は女神の樹で、二つのお月様を一緒に掴むの。そうすると、神の実が出来るんだよ!」
メルは急に飛び出した神の実の話に驚き、恐る恐る地面を見た。地面にも何か描かれ、所々石がはめ込まれている。メルは這いつくばってその位置を確かめた。
間違いない。この辺りの島が描かれている。
メルはトーイにメジャーを持たせ、地面に埋め込まれた石から石を正確に測った。ミトは指をくわえながらそれを眺めている。メルはメモに洞内の全てを描きつけた。
メルは息をついて周囲を眺めた。洞窟は、更に奥まで続いている。
「ねえミト。あっちの奥には何があるのかしら?」
「うーんとね、お仕事するトコ」
「お仕事?」
「うん。あと、船に乗って来た人を泊めるとこ」
メルが無言でトーイを振り返ると、彼は察して頷いた。
「ここまで来たんだし、もっと先まで行ってみましょう」
松明を頼りに洞窟の先へ進む。また洞内が広くなる箇所がある。それを見渡して、メルはどきりとした。
木箱がいくつも積んである。その箱には見覚えがあった。近づいて表面の砂埃を払い、メルは小さく叫ぶ。
「ウォーリスの紋章……!」
そこにはウォーリス国の紋章が描かれていた。紫の盾に、白い渡り鳥が描かれている。メルの心臓はばくばくと鼓動を始めた。まさか、という言葉を飲み込んだその時。
「神の実をね、売るんだよ」
ミトが言った。
「神の実があれば、私達、ずっと楽しく暮らせるの。高く売れるって、私聞いたことあるよ」
そのどこか誇らしげな彼女の様子に、メルは何だか泣きそうになった。神の実を売っていたこの村の人々は、アーカングルに見つかって売り飛ばされてしまったのだ。しかしその前から、ウォーリスの誰かがここを知っていて、神の実を買っていたーー
「トーイ、これ、ひとつずつ開けてくれないかしら」
トーイは木箱を一つずつ下ろし、次々と力ずくで中身を開けた。中にはウォーリスで積んだと思われる食料、煙草、布などがあった。交易をしたのだろう。
メルも木箱を漁った。王族を苦しめ続けて来た神の実の猛毒を、このように得ていたのは誰なのだろうか。箱をひっくり返して点検したが、文字などの形跡はない。
「一体誰が……」
メルはひとりごち、トーイを見上げる。
「トーイ、このことはどうか内密に。ウォーリスの国の根幹が覆る重要な発見よ。そして、よくここを見て光景を覚えておいて。のちに、あなたにも証言してもらうことがあるかもしれないから」
トーイは憮然とメルを見下ろしている。メルが彼を真っ直ぐに見て沈黙していると、彼ははっきりとこう尋ねた。
「俺のこと、そんなに信用出来ない?アーカングルの王に何を依頼されたのか、そろそろ教えてくれても」
メルはすぐに答えた。
「信用は出来ないわ。ごめんなさいね」
「あ、謝ればいいってもんじゃないでしょうメルさん……」
「ミト。その神の実のなるという、女神の樹はどこにあるの?」
メルが尋ねると、ミトは外を指差した。
「こっち!」
三人は洞窟を出た。無人の村を歩くと、海の見える村の外れにそれはあった。
トーイの背の高さほどの樹が、潮風にさらさらと葉音を立てている。
「……これが、女神の樹?」
ネマラート島で見た聖なる樹とは全く違って小さな樹だった。想像していたより華奢な佇まいに、メルは思わずミトを見る。ミトは大きく頷いた。
「これにね、青い血を注ぐんだよ!」
メルはどきりとし、胸を押さえた。ミトはきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回すと、
「そうしたら、お花が咲くの!でもミト、あんまり血が出ないから出来ないんだって」
と続ける。彼女もやはり、青い血らしい。メルもこの幼い女の子にナイフを向ける気にはならなかった。
メルは女神の樹に近づいた。聖なる樹とほとんど同じ形をしている。ふとメルは樹に触れ、目を閉じる。
「………………」
胸騒ぎがする。
「この木、何か言いたそうよ」
メルがミトにそう話しかけると、ミトは
「そろそろお花が出て来るのかも」
と言った。メルが女神の樹の枝々をまさぐると、それらしき蕾がひとつついている。メルは震えた。
「誰かこの樹に青い血を注いだ?」
「うん。村の人が交代で血をあげてたよ」
「そう。じゃあ、そろそろ……」
日が傾き始める。メルはトーイとミトと共に竪穴式住居に入ると、月夜を待った。




