4.学者令嬢は男奴隷を逃さない
火のついた燭台を部屋の中央に据えると、メルは地図を広げた。
「私達が今いる島はここ、火山島。この島は鉱石が豊富なの。ここで鉱石を採集したら、今度はこの島ーーネマラート島に向かうの。ここでは、聖なる樹を崇めている原住民が住んでるんですって」
レッドは大あくびして体を伸ばしている。
「次に、私達が採るべき植物や鉱石の一覧よ」
紙にはずらりと何か文字が書かれている。レッドは読めないようなので、メルが代読した。
「聖なる樹のひこばえ、月の光を追いかける花、青い血の人間……」
レッドはぴくりと耳を動かした。
「学者よ、今何て言った?」
メルは繰り返した。
「聖なる……」
「青い血の人間って何だよ!」
忌々しそうにレッドは言い、せせら笑った。
「私の国の伝説にある、青い血のことよ。かつて赤い血の人間は赤い月に、青い血の人間は青い月に住んでいたんだけど、赤い方が滅ぼしたという伝説があるの。伝説によると、赤い血の人間が青い血を飲むと、たちどころに病が治るとあるわ」
それを聞くと、レッドはあからさまに不機嫌になった。
「そんなわけねーだろ。学者のくせに、そんな非科学的なこと信じてるのかよ馬鹿らしい」
「あら、あなた科学なんて言葉知ってるの?」
「話をそらすなよ。まさか俺、そんな架空のお話に付き合わされるわけ?見つかるわけねーよ」
レッドは虫を避けるように手を振ると、ゴロンとベッドに横たわった。
メルはしばらく彼を心配そうに眺めていたが、カサカサと紙類を畳むと、ふっと燭台の火を消した。
「なぁ、もしもの話だけど」
ふとレッドが口を切った。
「青い血の人間が見つかったらどうするんだ?」
すると暗がりから、メルは鼻息荒く答えた。
「それは勿論、お願いして血を分けていただきますわ。お給金を払って、国で面倒を見てもらうのも良さそうね」
レッドはフンと鼻を鳴らす。
「ばっかじゃねーの。青い血の人間が、そんな話に乗るわけないだろ。俺ならお願いされた時点で走って逃げる」
メルは小さな声でお休み、と言った。
レッドは目を開けたまま、声を殺してメルの寝息を待った。すーすーと健やかな寝息が聞こえて来て、レッドはそっと体を起こす。
だいぶ経ったから、もう大丈夫だろう。
(今の内に逃げよう)
レッドはベッドから抜け出すと、音を立てぬよう履物を履いて部屋を出た。廊下には燭台が各所に点在しており、階段に続いている。それを足元に注意して下り、玄関へ出る。
外は二つの月が並んで明るい。レッドは港に向かって走り出した。闇に紛れて船に乗ってしまえば、島を出られるだろう。
港に着き、息を整える。港に停泊している大きな貨物船を見つけ、どの荷物に入り込もうか思案していると
「レッド」
声がかかり、レッドはきゃっと女子のような声を上げた。
振り返ると、降りた馬を引きながら、メルがやって来た。
「多分、こうなるんじゃないかと思って……」
メルは微笑んでレッドの足元を指差す。恐る恐る視線を落とすと、履物の裏に真っ赤なインクが付いていた。背後を振り返ると、石畳に赤いインクの足跡が点々と連なっている。
「この方向だと、港かなぁーって思って、馬で先に来て待っていましたよ。さぁ明日も早いですし、宿に戻りましょう」
レッドは青い顔で、ふらふらと地に膝を付いた。
メルは明るく笑いながら、彼の背中をどんどんと鼓舞するように何度も叩くのだった。




