3.男奴隷は嫌われたいけど死にたくはない
405号室に入ると、メルは机に銃を置き、燭台に火を灯した。既に外は暗い。レッドは整頓された室内を見渡す。机の上には書きかけの手紙。その机を取り囲むように、色とりどりの草花の鉢植えが置いてある。
メルは机寄りのベッドに座ると、
「あっちがあなたのベッドよ」
とカーテンを挟んで向こう側を指差した。レッドはしかし、意を決したようにメルの方へ歩き出すと、渾身の力でメルの上半身を押した。メルはベッドに仰向けに倒れ、レッドがその上にのしかかる。両の肩を抑えられ、メルは起き上がれなくなった。
「レッド?何を……」
「……何をすると思う?」
レッドが真顔で問う。するとメルは目を閉じた。それから全く動かなくなったので、
「……おい?」
とレッドが声をかける。その時だった。
かちゃり、と音がした。
レッドのみぞおちに、小銃が突きつけられている。今度は彼の方が動けなくなった。
「残念、もう一丁ありますのよ。どうぞ、お好きなようになさいませ。私もこのように、好きにさせていただきますので。でもその前に……ひとつだけ」
メルはそっと目を開けた。
「私を殺すのだけはやめて下さいね。私には、やり遂げなければならないことがあるので」
薄く開かれたその目には、今までのメルにはなかった覚悟が光っていた。目を射抜かれた気がして、レッドはふっとメルの腕から手を離す。
レッドの顔色が青くなるのを見て、メルは起き上がる。そして平然と机に向かって席に着き、仕事に取りかかった。レッドはどうしようもなくなった様子で、顔を青くしてそろそろと反対側のベッドに移動し、腰を下ろした。
紙の上にペンを走らせる音だけが響く。レッドは深く息を吸って、メルに尋ねた。
「……俺のこと、嫌いになっただろ?奴隷船に戻すなら今だぞ」
メルはペンを止め、背中で言った。
「別にそこまでの驚きはありません。女が植物採集してますと、この手合がいるとは事前に聞いておりましたのでそれなりの対応は訓練しております。それに……」
メルは再びペンを動かした。
「レッドの目を見れば、分かります。あなたはあれ以上のことは出来ないし、するつもりもない。銃に気づく前から、目も、声も、体も、震えてましたもの」
レッドは恐る恐る顔を上げた。
「あんたがそこまで自分を犠牲にしてやり遂げなければならないことって何だ?」
メルはその言葉を待っていたかのように椅子を引いて振り返った。
「私の最終目的は、王子の病を治す薬になる材料を見つけることです」
「王子?」
「そうです。ウォーリス王国の王子、ルイス。未来の王」
メルは力強く語る。
「私はルイス王子を助けるならどんなことでもしたいと考えているわ。彼が無事即位出来るよう、私の全てを捧げてその薬を見つけてみせる」
レッドは今日、ようやくまともにメルを見た。彼は頬杖をつくと、
「王子のこと、好きなの?」
とからかうように問う。するとメルは頬を紅潮させて、
「好きです、勿論!」
などとのたまう。レッドは地雷を踏んだように固まった。
「金色の髪、青い瞳、透けるような肌!絵画の中の人物のように、何ひとつ曇りのない王子様なのです!あのね、まさに王子様ですよ!レッドも一度見たら、王子様だなああって言いますよ!もう、そのぐらい王子!病に倒れていなかったら、今頃お嬢様方の嬌声の渦に巻き込まれ、さぞかし現在を謳歌していることだったでしょう!なんて可哀想な王子!おいたわしい!是非救い出さなければならないのです!」
「あーもう、聞いた俺が馬鹿だった」
レッドが耳を塞ぐそぶりを見せたので、メルの熱弁は終わった。
「そういうわけなのです、レッド。一刻も早く薬を見つけましょう!あなたの協力が必要不可欠なのですよ?」
「ふん。今日のところは疲れに免じて何もしないことにするが、その内俺は何しでかすか分からんぞ。どの女も奴隷に襲われるなんて、絶対嫌に決まってるんだからな」
レッドはそう言ってメルを睨んだが、
「大丈夫です。直感ですけど、レッド。あなた、女性に触れたのは今日が初めてでしたか?震え方が尋常ではありませんでしたよ」
彼女はそう言って、孫を見るような、温かくも優しい視線を返して来る。
レッドは耳まで赤くなり、頭を抱えた。




