39.騎士様と第四王女白熱の議論
メルがウルム庭園に戻って来ると、テーブルを挟んでトーイとリディアが同じ本を持って何やら意見を戦わせていた。メルはその余りに白熱した議論に立ちすくむ。
「だから、男同士の愛と異性愛は違うのだ。これではまるっきり、どれも異性愛ではないか。体の構造が違うということは、愛の形も変わると考えるのが自然だろう。俺はこの作品を支持しない」
「でも騎士様。究極の愛は体を超越すると考えれば、この作品はかなりの説得力を持つとは思いませんか?特に、最後に心中することを考えれば、異性愛とそれほど差がありませんわ」
「死にたいほどの愛に変わりない、結末が同じだから、と?それならばこの物語の過程は何だったのかという話になってしまう!作者が女だからこんな曖昧な描写になるのか?私はこの作品を認めん!」
「でも騎士様。今これが一番書店で売れている本なのですよ?」
「解せぬ……そこなんだ。作者がリアリティをどんなに突き詰めても、読者はファンタジーを求める。その安易さがこの体たらくよ。私の目に叶う本はまず現れん……」
「では騎士様はどんな本をご所望なの?」
「そうだな。相手が女から男の体になれば、まだ結末に言い訳が立つのではないか?」
「ならいい本がありますわ!少し古典になりますけど、水を被ると女になり、お湯を被ると男になる主人公がこちらの本の中に……」
「そんな本まであるのか?アーカングル出版局は懐が深すぎではないのか」
「ほほほ。だてに国営じゃございませんのよ」
「……トーイ?」
メルの呟きにトーイがびくりと体を震わす。
「あなた……こんな所で何をくつろいでいらっしゃるの?」
「あっ、メル……ははは。もう王との謁見は終わったのか?」
トーイの目がキョロキョロとせわしなく動く。リディアはにっこりと微笑んだ。
「お帰りなさい、メルさん。早かったわね?」
「トーイ、次に行く場所が決まったわ。コルト島よ。一度そこへ行きましょう」
そう語るメルの表情には一切の迷いがない。トーイは圧倒されながらも問うた。
「メルさん、食事は?」
「もういいわ。早く移動したいの」
「せっかくここまで来たんだし、本屋で資料でも買って行ったらどうだ?少し食べた方がいい」
トーイはまだゆっくりしていたいらしい。メルは苛々して来た。レッドを探す旅に加え、恐ろしく大きな話が転がり込んで来たのだ。メルに心の余裕などまるでなかった。
ふとリディアが問う。
「メルさん?これから長い旅をするなら、やはり地図を得ておく必要があるのではないかしら。今、アーカングルでは新島発見が相次いでおりますのよ」
メルの苛々は新島という言葉で立ち消えになった。二つの塔の伝説が閃き、まるで何者かに操られているかのように、彼女の足は自然と書店に向く。リディアはメルの余りの急変具合に口を開けてその背中を見送った。メルは書店の人混みに紛れて消えて行く。
「メルさん……」
リディアが困惑の表情で呟くと、
「あれはしょーがない。今、彼女は愛する男を追いかけているのさ。他のことは何も目に入らない」
とトーイが言った。するとやにわにリディアの頬がつやつやと輝き出す。
「愛する男を追いかける、ですって!?」
「ああ。俺はその護衛に過ぎない」
「そのお話、詳しく聞かせて下さらない?」
「え?いいけど別に……じゃあ、メルさんの分のお昼も用意出来る?」
「勿論ですわ!騎士様はアフタヌーンティーのお供はいかがなさいます?」
「そうねぇ。スコーンにジャム添えてくれる?」
メルは天球図と地図を買い込むと、トーイのスコーンの前にどさりと置いた。メルが椅子に座るのを合図に、簡易なサンドイッチが運ばれて来る。
「すごい量の地図だな」
メルは遠慮なくリディアの差し出したサンドイッチをぱくつきながら、こもった声で答えた。
「ここ三年ほどで、こんなに新島の地図が増えていたの。ウォーリスでぼうっとしてたら決して知り得なかったわ。ある意味、今日ここに来たのは正解だった」
トーイはにやつきながらメルの顔を覗く。リディアはうっとりとメルを眺めていた。
「……何よ、二人共」
「いいえ!」
トーイとリディアの溌剌とした声が重なる。メルは訝しみながらも、まずは天球図に目を落とす。
神の椅子座は、やはりこの地域の天球図にあった。星座はその国の文化の影響を受けてしまう。やはりウォーリスにはなかった星座がここでは結ばれていた。二つの月の間にこの星座が入る季節を計算する。
「春の……深夜零時。ここから真西の方角」
そこまでは分かるが、具体的な地点はよく分からない。次にメルは真新しい世界地図を広げた。ウォーリスのある大陸とアーカングルのある大陸との間に広い海がある。この海の諸島のひとつがコルト島だ。更に、その周辺に女神の樹があるとなると、伝説を信じるならばどこかに二つの塔の島があるに相違ない。しらみつぶしに行くには広過ぎ、メルは定規で二つの月の移動箇所に線を引く。少し範囲が狭まる。この中のどこかの島に、レッドとメルの目指す島がある。
二つの塔で待ってる、と言うレッドの声が頭をよぎる。突き動かされるように、メルはリディアを振り返った。
「コルト島からこれらの諸島を結ぶ船はあるかしら?そういった船があるなら、すぐにでも乗りたいのだけれど」
リディアは首を捻ってから、
「あるとしたら、新島探索船ですね。アーカングルからツールースに向かう船です。特別な技能をお持ちなら乗船許可が出ると思いますよ」
と言った。
「その船はいつ出るの?」
「昨日の夕方、一隻出ましたわ。次の船は明朝出航予定です」
「私も植物学者の乗員として、乗船可能かしら?」
「行けると思いますよ。よろしければまた父上に相談しましょうか」
「ありがとうリディア。急に押しかけて来たのに、何から何まで助かるわ」
「いいえ。だってメルさんの恋のためですもの。私、頑張って応援させていただきます!」
メルはそれを聞いて固まった。それから、ゆっくりと鬼の顔をトーイに向ける。トーイは彼女と視線を合わさぬよう、慌てて地図で自らの顔を覆った。




