38.シド王からの〝神の実〟調査依頼
王女リディアを待つこと十分。再び庭園に戻って来た彼女は予想だにしないことを言い出した。
「父上が、すぐにメルさんを呼ぶように言っているわ。喫緊に相談したいことがあるそうよ」
メルは目が点になった。
「急ですね?どのようなご相談でしょうか?」
するとリディアはメルに耳打ちをする形で
「そこの騎士様はお連れにならないで下さいませ。メルさんだけ呼んでくれというお話なのです」
と囁いた。メルはトーイを眺め、考えあぐねた結果こう告げた。
「宿にお帰り願えますか?」
トーイは口をへの字にして頬を膨らます。
「メルさん、言い方」
「だってここでぶらぶらしててもしょうがないじゃない?」
「私はメルさんの護衛なんだが」
「では、そこの本屋で立ち読みでもして待っていて下さい。用件が終わり次第、迎えに行きますから」
「私はメルさんの何なんですか?」
リディアが隣でくすくす笑っている。トーイが顔を赤くしていると、
「立ち読みがお嫌でしたら、机と椅子と紅茶を用意致します。いかがですか?」
と続けた。トーイは腕組みをして、ちらと片目で王女を見やると
「昼飯が、まだ……」
と言う。リディアは笑顔で頷き、メルは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そんなものでよければ、出来ますよ。フィッシュオアチキン?」
「フィッシュで」
「もう!トーイの馬鹿……!」
メルは顔を真っ赤にしている。リディアは騎士の二の腕に手をかけると、メルに手を振ってその場を後にした。メルは鬼の形相でトーイを睨んでから、怒りを振り切るようにして謁見の間へと急いだ。
ここでは正装に着替えずに、乗馬服のまま謁見の間に入る。久しぶりに見るアーカングル王シドはゆったりした貫頭衣にマントを羽織って、暑苦しいこの国の夏を軽装で乗り切っているようだった。黒い髪に黒い髭の大男である、メルは彼を見ていつも思う。まるで海賊の頭領のようだ、と。
メルは膝をちょこんと曲げて挨拶する。
「ご機嫌麗しゅう、陛下」
「おお、ウォーリスの植物学者のメルだな……ウォルターは元気か?また新種の花を見せてもらいたいものだ。ところで」
シドは玉座から立ち上がると、ふらりと散歩にでも出るかのような足取りでメルに近づいた。
「メル、お主に見せたいものがある。ついて参れ」
メルは言われた通り、王について行く。途中から兵士が取り囲むようにして現れ、メルと王は完全に守られる形で城内を進む。
「……ここだ」
警備態勢が敷かれ、ものものしい雰囲気の漂う扉に、すぐそばの兵士が鍵を差し込む。メルと王が入ると、すぐにまた扉が閉められた。
そこには、初老の女性が眠っていた。ベッドの上で仰向けになり、静かに寝息を立てている。メルは訝しげにシドと女性を見比べた。王は困ったような顔で言う。
「昏睡だ」
メルはハッと王を見上げる。更に王は言った。
「たまに起きて、調子の良い時は動く。だがある時再び昏睡する。それから段々と、昏睡の時間の方が長引くようになる。今は、ほとんど起きて来ない」
メルはごくりと息を呑んだ。
ルイスの症状と酷似している。
シド王はメルに憐れむような視線を向けると、
「実は、こうなったのにはあるきっかけがあってな。彼女はこの城の使用人だった。長く働き、皆からの信頼も厚かった。しかし最近ある実を食べてから、おかしくなってしまったのだ。どこでも構わず寝てしまうようになり、ついにはこのように」
「……実、ですか?」
メルがおうむ返しすると、シドは答えた。
「少し前に奴隷商人がアーカングル近海のコルト島の民を奴隷として運んだ際に、ひとりの奴隷がその実を持っていたと言うのだ。奴隷曰く、それは〝神の実〟と言う名らしい」
メルは目を見開いた。どこかで聞いた名前だ。まさか、と言い出しそうになり、口をつぐむ。
あの日ネマラート島からの旅路でレッドから聞いた、神の実の話。まさかあれが現実にあると言うのだろうか。
シド王はメルの驚きなど与り知らぬ顔で話を続ける。
「船内の食料になるかと思って持って帰って来たそうだが、余った数個がアーカングルにやって来た。美味しそうだったのでそれを使用人の彼女が食べてみたところ、こうなったという」
メルは混乱する頭を整理しながら、恐る恐る王を見上げる。王は分かっている、というように頷いた。
「つまりルイス王、更にはその祖先に遡って、その実を継続的に食べたと……?」
「その可能性がある」
メルは震えつつ、ベッドから一歩後退した。
「……何のために?」
すると、シド王はメルに凄むように問う。
「食べさせられていた、としたら?」
メルが言い淀んでいたことをあっさり言われ、彼女は悩ましげに片手で額を押さえた。
「そんな馬鹿な……一体誰が」
「だから私はメルを呼んだのだ。ルイスと懇意の君になら、言っても大丈夫ではないかとーーヨアキムはもう死んでしまった。次の犠牲者を出さないためにも、この実のことを突き止めなくてはならない」
メルは混乱している頭を整理し始めた。
コルト島周辺に神の実がなっている。
それを誰かがもぎってウォーリスに持ち帰り、王族の食事に入れる。
それを何百年も続ける……?
そんなことをして、一体誰が得をすると言うのだろう。
メルが頭を抑えて考え込んでいると、シド王は呟いた。
「その実態を明らかにするのがお主の役目だ」
メルは王を見上げる。
「いいか?これはアーカングルの植物学者とメルだけが持ち得る機密だ。ぜひ神の実とやらの謎を解き明かしてくれ」
彼女は今、心を決めていた。
その奴隷が言っていた神の実が、もし本当にあの伝説の神の実だとするならば、コルト島周辺に女神の樹もあるはずだ。となると、もしかしたらレッドの言う二つの塔もあるのかも知れない。
「分かりました。必ず解き明かして見せます」
メルは王に手を伸ばす。二人は固く握手を交わした。




