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第5章.コルト島と神の実の伝説

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38.シド王からの〝神の実〟調査依頼

 王女リディアを待つこと十分。再び庭園に戻って来た彼女は予想だにしないことを言い出した。


「父上が、すぐにメルさんを呼ぶように言っているわ。喫緊に相談したいことがあるそうよ」


 メルは目が点になった。


「急ですね?どのようなご相談でしょうか?」


 するとリディアはメルに耳打ちをする形で


「そこの騎士様はお連れにならないで下さいませ。メルさんだけ呼んでくれというお話なのです」


と囁いた。メルはトーイを眺め、考えあぐねた結果こう告げた。


「宿にお帰り願えますか?」


 トーイは口をへの字にして頬を膨らます。


「メルさん、言い方」

「だってここでぶらぶらしててもしょうがないじゃない?」

「私はメルさんの護衛なんだが」

「では、そこの本屋で立ち読みでもして待っていて下さい。用件が終わり次第、迎えに行きますから」

「私はメルさんの何なんですか?」


 リディアが隣でくすくす笑っている。トーイが顔を赤くしていると、


「立ち読みがお嫌でしたら、机と椅子と紅茶を用意致します。いかがですか?」


と続けた。トーイは腕組みをして、ちらと片目で王女を見やると


「昼飯が、まだ……」


と言う。リディアは笑顔で頷き、メルは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そんなものでよければ、出来ますよ。フィッシュオアチキン?」

「フィッシュで」

「もう!トーイの馬鹿……!」


 メルは顔を真っ赤にしている。リディアは騎士の二の腕に手をかけると、メルに手を振ってその場を後にした。メルは鬼の形相でトーイを睨んでから、怒りを振り切るようにして謁見の間へと急いだ。




 ここでは正装に着替えずに、乗馬服のまま謁見の間に入る。久しぶりに見るアーカングル王シドはゆったりした貫頭衣にマントを羽織って、暑苦しいこの国の夏を軽装で乗り切っているようだった。黒い髪に黒い髭の大男である、メルは彼を見ていつも思う。まるで海賊の頭領のようだ、と。


 メルは膝をちょこんと曲げて挨拶する。


「ご機嫌麗しゅう、陛下」

「おお、ウォーリスの植物学者のメルだな……ウォルターは元気か?また新種の花を見せてもらいたいものだ。ところで」


 シドは玉座から立ち上がると、ふらりと散歩にでも出るかのような足取りでメルに近づいた。


「メル、お主に見せたいものがある。ついて参れ」


 メルは言われた通り、王について行く。途中から兵士が取り囲むようにして現れ、メルと王は完全に守られる形で城内を進む。


「……ここだ」


 警備態勢が敷かれ、ものものしい雰囲気の漂う扉に、すぐそばの兵士が鍵を差し込む。メルと王が入ると、すぐにまた扉が閉められた。


 そこには、初老の女性が眠っていた。ベッドの上で仰向けになり、静かに寝息を立てている。メルは訝しげにシドと女性を見比べた。王は困ったような顔で言う。


「昏睡だ」


 メルはハッと王を見上げる。更に王は言った。


「たまに起きて、調子の良い時は動く。だがある時再び昏睡する。それから段々と、昏睡の時間の方が長引くようになる。今は、ほとんど起きて来ない」


 メルはごくりと息を呑んだ。


 ルイスの症状と酷似している。


 シド王はメルに憐れむような視線を向けると、


「実は、こうなったのにはあるきっかけがあってな。彼女はこの城の使用人だった。長く働き、皆からの信頼も厚かった。しかし最近ある実を食べてから、おかしくなってしまったのだ。どこでも構わず寝てしまうようになり、ついにはこのように」

「……実、ですか?」


 メルがおうむ返しすると、シドは答えた。


「少し前に奴隷商人がアーカングル近海のコルト島の民を奴隷として運んだ際に、ひとりの奴隷がその実を持っていたと言うのだ。奴隷曰く、それは〝神の実〟と言う名らしい」


 メルは目を見開いた。どこかで聞いた名前だ。まさか、と言い出しそうになり、口をつぐむ。


 あの日ネマラート島からの旅路でレッドから聞いた、神の実の話。まさかあれが現実にあると言うのだろうか。


 シド王はメルの驚きなど与り知らぬ顔で話を続ける。


「船内の食料になるかと思って持って帰って来たそうだが、余った数個がアーカングルにやって来た。美味しそうだったのでそれを使用人の彼女が食べてみたところ、こうなったという」


 メルは混乱する頭を整理しながら、恐る恐る王を見上げる。王は分かっている、というように頷いた。


「つまりルイス王、更にはその祖先に遡って、その実を継続的に食べたと……?」

「その可能性がある」


 メルは震えつつ、ベッドから一歩後退した。


「……何のために?」


 すると、シド王はメルに凄むように問う。


「食べさせられていた、としたら?」


 メルが言い淀んでいたことをあっさり言われ、彼女は悩ましげに片手で額を押さえた。


「そんな馬鹿な……一体誰が」

「だから私はメルを呼んだのだ。ルイスと懇意の君になら、言っても大丈夫ではないかとーーヨアキムはもう死んでしまった。次の犠牲者を出さないためにも、この実のことを突き止めなくてはならない」


 メルは混乱している頭を整理し始めた。


 コルト島周辺に神の実がなっている。


 それを誰かがもぎってウォーリスに持ち帰り、王族の食事に入れる。


 それを何百年も続ける……?


 そんなことをして、一体誰が得をすると言うのだろう。


 メルが頭を抑えて考え込んでいると、シド王は呟いた。


「その実態を明らかにするのがお主の役目だ」


 メルは王を見上げる。


「いいか?これはアーカングルの植物学者とメルだけが持ち得る機密だ。ぜひ神の実とやらの謎を解き明かしてくれ」


 彼女は今、心を決めていた。


 その奴隷が言っていた神の実が、もし本当にあの伝説の神の実だとするならば、コルト島周辺に女神の樹もあるはずだ。となると、もしかしたらレッドの言う二つの塔もあるのかも知れない。


「分かりました。必ず解き明かして見せます」


 メルは王に手を伸ばす。二人は固く握手を交わした。

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