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第4章.純白島トダリヤと紫の血

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35.レッド幼き日の記憶

 ツールースを出航したトダリヤ島行きの船は島唯一の不凍港ナスキー港に到着し、レッドとツーは船を降りた。季節は春のはずなのにまだ雪が降っており、この格好では心許ないと分かる。ツーはすぐに町に入って宿を取った。


 暖炉の前に赤々と炎が上がっている。宿主からカップスープがふるまわれ、二人はそれを飲みながらソファで話し合った。


「測量を行うには、まず現地で人を雇わねばなりません」


 言いながら、ツーは暖炉に薪をくべて火をかき回した。煙った熱気と共に穏やかな空気が漂って来る。レッドは頭を掻いた。


「そいつは金がかかりそうだな」

「そうですね。でも以前聞いた話によると、この島の人々は正確な地図を熱望しているそうです。そういう土地では無償で手伝ってくれる方が多いんですよ。このスープだって、宿屋の主人のサービスです」

「測量って、どうやってやるんだ?」

「海岸線を歩きましてね、本当に地道に角度を測って描いて行くんですよ。人を立たせて、糸を張って……」


 レッドはまだ見ぬ海岸線のことを思った。


「今日の予定は?」

「この雪が治まったら、測量を開始します」


 赤い火の粉をまき散らし、炎は自由にその姿を変えている。それを見つめながら、レッドはツーの生い立ちから仕事までを考えた。


「誰かを雇う時って、どんな感じなんだ?」


 ツーは目をしばたたかせると、


「急に変なことを聞きますね。そうだなぁ、信じるようにしますよ。雇ったから、根気良く信じようかと」


と困ったように言った。レッドはそれを聞くと少し笑い、カップスープを飲み干した。


 結局その日は雪が降り止まず、レッドとツーはだらけた一日を送った。見かねて宿屋の主人が、二人に毛皮で出来た服をあてがった。かつての客の忘れ物らしい。無料で服を手に入れて、二人はほっとする。




 次の日。

 

 地図屋が宿から出て来ると、村の男女が既に集まって来ていた。宿屋の主人が朝の内に各家庭に声をかけたようだ。ツーとレッドは毛皮でもこもこの格好になり、彼らを引き連れて急ぎ足で南の海岸線に向かう。


 地図屋はいちょうの葉の形に似た折りたたみ式のスタッフを持っていて、いちょうの丸い辺を地に付け高度を測る。人々は目印代わりに指示された位置に、赤い房飾りのついた身長より長い棒を持って立つ。レッドもその作業に加わった。


 それを何日も繰り返した。村人とレッド達は単純作業の内に色々な話をした。この地の特産品のこと、雪解けの話。地図では平面だったこの地が立体になって、レッドの心に記憶されて行く。


 高度の載っていない海岸線だけの地図は七日ほどである程度出来、ツーは早速町の印刷局に向かった。出て来るなり、ツーは地域の人々の乞われるままにそれらを配った。簡易地図は村人を大変喜ばせ、レッドの想像以上に尊ばれていた。


 南の海岸線を測り終えた頃、再び雪が強くなる。宿に戻り、やり過ごす。地図屋は別の部屋で地図を書き記す作業に没頭していた。その間、手伝いの村人らは話に花を咲かせていた。


「そういえば、以前、北の方にも村があったはずだ」


 村の、恰幅の良い初老の男が突然そんなことを言い出した。


「へぇ、北にも村が?」


 レッドが問うと、村人達はけたたましく思いつくまま喋り出した。


「何つったっけ、あの村」

「トリニット村だろ。あそこなら、もう燃えちまったよ」

「燃えた?」


 レッドが声を上げる。


「ああ、昔から頻繁に火事がある村だったが、数年前、ついに全部」

「あんまりひどい燃えっぷりに、たたりがあったんじゃないかと噂になったな」

「洞穴の精霊を大事にしなかったからだとか……嘘か誠か」


 その時だった。


 レッドの脳裏に、突然弾けるように燃え盛る洞窟の映像が浮かび上がった。洞窟の壁面が赤く照らし出され、何かの模様が見える。そして、足元には火のついた、果物のようなものが転がっているーー


 レッドは我に返った。心臓が激しく鼓動し、急に息がしづらくなる。


「あの村は昔から良い噂がなかったよ。何か引き寄せるのかな?」


 村人の言葉に、レッドはふつふつとトリニット村に行きたくなって来る。ツーは彼の異変に気づいたらしく、レッドの顔を覗き込んだ。


「どうしましたか?」

「いや……まさかとは思うが、その洞窟の壁面に、何か描かれてなかったか?細かい模様のような」


 レッドの問いに、村人達は顔を見合わせた。


「お?赤毛に赤い瞳に背の高い……そうか、あんたはあの村の出身か?」


 レッドは息を整え、更に尋ねた。


「同じような容姿の人間がいたのか?」

「ああ、あの村は赤い瞳の人が多かったよ。男女問わずみんな体が大きくてね。赤毛の人もいたけど、黒い髪の人もいたなぁ。古くからの先住民だと聞いている。我々は移民組だ」

「その洞穴とやらに行ってみたいんだが」

「ま、行けるけども。結構遠いよ?」


 レッドの決意輝く瞳に、その場にいた住民皆が釘づけになった。ただならぬ空気が流れ、静かな部屋に火のはぜる音が鳴り響く。




 その日、雪が収まることはなかった。夜が明け、朝になると外は晴れ渡っていた。窓を開けるが雪は地面に満遍なく降り積もり、白すぎて目が眩む。レッドが朝食も摂らずに宿を出ようとすると、地図屋と雪かき中の近所のおばさんが、心配して付いて来た。


 おばさんの案内で、男達はどこまでも雪どけ間近の雪原を歩く。トリニット村は、なだらかな山の奥にあると言う。運良く長い時間晴れ、休憩を挟まぬまま、三人は正午にはトリニット村の跡地に辿り着くことが出来た。


「洞穴ならまだ焼けずに残ってると思うわ。あれはね、確かあっちに……」


 おばさんは、かつてトリニット村に遊びに行ったことがあり、洞穴の場所を知っていると言う。


「あの村では年に一度お祭りがあってねえ。私も洞穴に入ったことがあるのよ」


 三人はトリニット村の跡地に足を踏み入れる。焼けただれた木々の先、村の奥まった所にその洞穴はあった。雪が日光で解け、黒い口をのぞかせている。


 おばさんはろうそくに火をつけると


「ちょっとかがんで入ってね」


 三人は腰を低くして洞穴に入る。火に照らし出された光景に、男二人は声を失った。


 洞穴には天井まで精緻な星座図が描かれていた。月も二つ描かれ、天球儀そっくりだ。


「そう、ここにろうそくを二本」


 おばさんはろうそくを更に二本取り出すと、それを地面から生えている燭台に立てた。火をつけ、その間を覗くようにうつ伏せになる。


「こう見るとほら、あの二つの月とろうそくの火が重なるの。更に、間に神の椅子座が入るでしょ?この位置が神の通り道とされているわ」


 おばさんは立ち上がると、男達にも同じようにするよう促した。レッドは這いつくばってその景色を眺める。


「このようになる場所を探せばいいわけですか?」


 ツーが尋ね、レッドが頷く。おばさんは笑った。


「真偽は不明だけど、この景色が見られる位置に青い人達の住む島があると聞いたわよ。約束の日、神の椅子座から神がやって来て、青い人を救うと…でも何でこんな辺鄙な雪の国に、そんな伝説があるのかしらね」


 ツーはやおら立ち上がり、スタッフの目盛で洞窟の中を計測し出した。地面にも何らかの細工があるらしく、それを見つけてはメモに書き付けている。


 レッドはろうそくの火を見つめ続けていた。火は落ち着きなくぶれ、三人の影を揺らしている。

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