34.ツーとレッド共通の悩み
レッドとツーはツールースの港から船に乗り、新天地を目指すことになった。ツーはレッドの前に地図を広げると、小さく真っ白な島を指し示した。そこには
「純白島トダリヤ」
とだけ書かれてあった。
「純白島とはどういうことだ?」
レッドの問いに、ツーが答えた。
「雪だらけで、真っ白な島だということです。この地の不凍港だけは地図に載っていますが、そこから北の部分は誰も測量していないのです」
世界にはまだまだ誰も行ったことがない土地があるらしい。無学なレッドが、初めて知ることだった。地図のあちこちに空白が見られる。レッドは瞬きもせずに、しげしげと地図を眺めた。
一方、ツーはその銀の睫毛をしばたたかせながら、熱心にレッドの顔を覗き込んでいる。その視線に気づいてレッドは顔を上げた。
「何だよ。俺の顔に何かついてるか?」
「……いえ。色々と、気になって」
「青い血のことか?」
ツーは真剣な表情で何度も頷いた。
「私も紫の血をしていますから。レッドさんの背景を解き明かせば、私のことも色々と判明するのかも、と期待しているのです」
レッドは自らの顎を触った。
「ってことは、あんたもなぜ他人と血の色が違うのか、分からないということだな?」
ツーは何度も頷いて、
「私は養子なんです。運良く教会に拾われて養親に育てられました。私の教会の教義に赤い血と青い血のお話があったので、思想の上では自らの紫の血を受け入れてはいました。ただ、どういった経緯で紫の血になり、どういった親の子供であるのかは不明なまま、つい最近まで漫然と暮らしていました。……ある時までは」
と一息にまくし立てた。レッドは熱視線を向けたまま、ツーに無言で話を促す。ツーは少し焦りながら顔を赤くした。
「……えーっと」
「早く言えよ」
「その、恋人との間に結婚話が持ち上がった時のことです」
レッドは「はいはい」と同意するかのような声を出して頷いた。
「わ、分かります?レッドさんも」
「まぁな。血の色のことを隠していると、相手に悪いというか、不義理というか、そういう気持ちになるのは分かる」
「わ、分かっていただけましたか!」
ツーは少し震え出している。余程共感に飢えていたらしい。
「そうなんです!それで血の色を告白するかどうかで悩みました。悩みに悩んで、血の色のことを話そうと決心したのですが、その矢先に私が大怪我をしまして」
そう言うと、ツーは興奮気味にズボンの裾をまくった。膝を割ったような、大きな傷跡が見える。
「ここをざっくりやって、紫の血が衆目の下に晒されたわけです。それを見た周囲の人はパニックになって、私は混乱を招く存在として村を追放されてしまいました。恋人にも逃げられ……そこで私は、自分の出生の秘密を解き明かそうと決意しました。分からないから気味悪がられるのですから、分かれば気味悪がられないではないかと思い至ったのです。それで世界を回る傍ら、紫の血に関する情報を集めて回りました。でもなかなか、これという情報がなくて……」
レッドはベッドのへりに背をもたれ、腕を組んでツーの生い立ちを考える。
「レッドさんは、どういった経緯でここまで過ごして来られましたか?」
レッドはツーに促され、ようやく話し始めた。
「俺も、なぜ自分が青い血なのか分からないんだ。気づいたら奴隷の人生だった。俺も親のことは分からない。ただ、ネマラートという島の伝説によると、俺は二つの塔が二つの月に重なる時に、そこへ行って、女神の樹に血を捧げる使命があるそうだ。青い血をその樹に注ぐと、花が咲くんだと。そういうわけで、俺は二つの塔を探している。神の椅子座の方角にあるらしいが、ツーは何か知らないか?」
彼は銀髪を振り乱すように、首を横に振った。
「その話は初めて聞きました。けれど、樹に花が咲くような地域と考えると、トダリヤは少し違うような気もしますねぇ」
レッドはふと、ウォルターの屋敷の聖なる樹のことを思い出していた。あれからあの樹に花は咲いたのだろうか。
レッドのふとした沈黙をどう思ったのか、ツーは少し焦り気味に話を戻した。
「でも、レッドさん。もしかしたら知らない土地には知らない伝説が埋れているかもしれませんよ。とにかく、一緒に行ってみませんか?」
レッドは上の空であぁ、と呟いてから、再び地図に目を落とす。以前とは違い文字が読めるようになったレッドは、知っている地名を目で追った。
地図中央に、最初にメルと出会った火山島があった。
そこから少し北に行くと、ネマラート島。
地図のずっと西にはメルの住むウォーリス国。
今いるツールースは、ウォーリスのある大陸の東端。
トダリヤはそこから広い海をはさんでずっと北東にある。
トダリヤの下に、アーカングルのある大陸がある。
こうして見ると、レッドは世界の端から端まで航海するようだ。まるで渡り鳥のように。レッドはふと、自分は聖なる樹の花粉を運ぶための渡り鳥なのではないかと考える。自分の意思ではなく、誰かの意図で動かされている渡り鳥ーー
「あのう」
レッドの思索を割って、ツーが話しかけて来た。
「レッドさんは、誰かを好きになったこととか、ありますか?ほら、伝説によると、赤と青の血が混ざると紫の血の人間が生まれるって言うじゃないですか」
レッドは地図をたたむと、少し悩んでから
「そりゃ、まぁ……」
と答える。しかし彼が視線を上げなかったので、ツーは慌てて話を変えた。
「私のまだ見ぬ両親も、そうだったらいいなーなんて思うんですよ。好き合って私を産んでくれてたらいいなぁって……」
沈黙がおとずれる。レッドの急変具合に、ツーは固まってしまった。レッドは彼の前から立ち上がって窓のそばにゆっくり腰を下ろすと、外を眺めた。欠けた二つの月が出、星が輝き始めている。




