30.騎士様は男奴隷を助けたい
それから三日後。
メルは自宅の膨大な図書に埋もれ、あらゆる文献を読み漁っていた。
二つの塔とは、どこにあるのか。
レッドの言っていた「神の椅子座」というものは、このウォーリス周辺の文化圏の星座には存在しなかった。恐らくネマラート島周辺の文化圏で結ばれる星座なのだろう。メルはすぐにでもネマラートに舞い戻りたかったが、またあの地に行くのは憚られた。神の子レッドを奪った罪で、どんな危害を加えられるか分からない。けれどレッドに再び会えるヒントがあるのなら、行かないわけにも行かなかった。
メルは窓を開け、虚空に尋ねる。
「レッド。あなたは今、どこにいるの?」
……
メルは刮目した。
「……」
雑音がする。心に直接響くような雑音。
「……まさかね。私、レッドを失ったショックで頭がおかしくなってるんだわ」
その時だった。
扉を叩く音がする。メルが窓から視線を落とすと、そこには見慣れた姿があった。
「トーイ!」
メルが声をかけると、トーイは泣き笑いのような複雑な顔でメルを見上げ、手を振った。メルはすぐに階段を降り、扉を開ける。
「トーイ、どうしたの……」
「メルさん、話は聞いたぞ!」
言うなりトーイはメルの両肩を掴んだ。
「俺はメルさんと結婚など絶対にしない!親にもそう宣言し、幹部の許可も取って今日ここに馳せ参じた!今日中に荷物をまとめろ。レッドを追うぞ!俺が協力する!」
メルは驚き固まったが、トーイの決意に静かに感動していた。トーイは周囲を見渡し、メルの家に入るとすぐそばの椅子に腰掛けて話し始めた。
「ウォルターの狼藉を聞いてから俺はプリセベラの港に入り、レッドの乗った船を突き止めたんだ。レッドを乗せた船はアーカングル国に行くらしい。あの国の港は巨大な中継地点だから、もしかしたら乗り換えて再び別の場所に行くかもしれないが」
メルはキッチンに立ち、紅茶を淹れる。
「更に執事のジャンから聞き出した情報によると、あの黒服達は大都市を中心に転々としている見世物小屋の一員なのだそうだ。とすると、アーカングルで商売する可能性もあるということだ。とにかくアーカングルに行ってみよう」
メルは紅茶を彼の目前に差し出すと、じっくりとトーイの顔を眺めた。彼はその探るような視線に気づき、
「……どうしたんだお前は、という顔をしているな」
とメルに言う。メルは素直に頷いた。
「正直、優柔不断で女たらしで親にも逆らえない臆病者でそのくせ偉そうな騎士様だと思っていたので、この急な変わりように驚きを覚えているところですわ」
トーイはそれを聞き、崩れるように椅子に背中をもたれた。
「純粋に悪口だな。当たっているだけに反論のしようもない。はっきり言っておこう。俺はただ単に、レッドの行動に心を打たれた。君の旅に協力する理由はそれだけだ。気持ちのいい男だとは常々思っていたが、君にここまで尽くせる男はなかなかいない。聞けば、あいつの生い立ちは不幸過ぎるではないか。どうしても助けてやりたくなったんだ」
メルは尚もトーイを覗き込んでいる。
「まだ疑っているのか?いいか、俺にも愛する女が出来た。俺は彼女に出会って全てが変わってしまったと思っている。真実の愛というやつだ。メルさんにとってのレッドも、そうだろう?この旅が終わったらメルさんにも紹介するよ。船室は既に取ってあるから、早く準備してくれ。明日の朝、ここまで馬車で迎えに行く。それまでに挨拶や準備を済ませておくんだ。いいな?」
そう言い置いて、トーイはメルの家を去って行った。メルは二階に舞い戻り、荷造りを始める。たとえトーイであっても、男手があるというのは女のメルには心強かった。
夕暮れ時の自宅で、メルは最後の資料の整理に取り掛かっていた。本を全部持って行くわけにもいかないので、頭にある程度叩き込んでおかなくてはならない。
窓に二つの月が昇り始めた。窓から少し涼しい風が入って来たので、メルは扉を閉めに向かう。
「……リサ」
メルの、窓を閉めようとした手が止まる。
「……リサ」
メルは窓から上と下を見た。誰もいない。
少し気味が悪くなって、メルは窓を閉めた。下の階に降り、声の主を探す。フライパンを手にあちこち探し回ったが、やはり誰もいなかった。




