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イカレた学者令嬢は最強スナイパー〜騎士様に逃げられたので毒舌奴隷を買いました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第3章.ウォーリスの薬草園

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28.突然の別れ

 馬車の中で、メルは憔悴し切っていた。まさか青い血が人々からこれだけの悪感情を引き出すとは思ってもみなかったのだ。


「だから、私に預けろと言ったのだ。ただでさえ女で学者で王の乳母子というお前が、周囲からどのように思われているか。……その青い血が暴いたのだ」


 ウォルターが静かに正論を言う。メルはまだ泣き出しそうな顔でうつむいている。


「もうその青い血は捨てろ。余計な火種になりかねん」


 メルは懐を握りしめて黙った。ウォルターは頑なな姪の様子に、やれやれと首を振る。


「駄目か、メル」


 ウォルターは許しを請うように囁いてから、更にこう続けた。


「愛するレッドの血だものな」


 メルはその言葉に目を剥き、こわごわウォルターを見上げる。


 ウォルターは憐れむように笑っていた。


「可哀想なメル。お前はレッドにたぶらかされたんだ。大方、この血でルイス王を治せるなどとお前を騙して」


 メルは戸惑いながらも、震える声で反論した。


「ち、違うわ。レッドは私が買って」

「もういい、メル。レッドとはお別れだ。明日からまた学者として研究に精を出すが良い。トーイにも話をつけておいた。お前の大好きな旅に、再び出れば良かろう」


 メルの中の時が止まった。


「叔父様、今何て」

「レッドは屋敷にはもういない」

「叔父様!それはどういう」


 ウォルターはいつにない優しい口調で彼女に語りかけた。


「お前がレッドを連れて帰って来る少し前ーー黒服の紳士達がやって来た。赤い髪に赤い瞳、青い血の男を見なかったかと。彼らはレッドの以前の飼い主で、あいつに逃げられてしまったそうだ。メルが共にいるのを見つけ、この屋敷に探しに来たらしい。その時はよく分からず追い返したが、お前が連れて帰って来てから理解した。つまりはだな、あちらの持ち物をお前が持っているのは良くない。持ち物は持ち主に返さねばならないだろう」


 メルの体から力が抜け、その頬は冷えて青ざめている。


「先方とはもう私が約束を取り付けてある。今日彼を引き取る手はずになっている。恐らく今は港に着いている頃だろう」


 ウォルターがすぐに青い血に理解を示した理由が今になって分かり、メルは愕然とする。この男は目的のためにはルイス王子までも利用するというのか。


「青い血の人間など危険極まりない。あんな得体の知れないものに、もう近付いてはならない。いいね?」


 メルの心臓の血は凍り、頭の血はたぎるように燃え上がる。怒りと恐怖がかわるがわる喉を突き上げ、思わずメルは嗚咽した。






 レッドは縄で上半身を簀巻きにされ、床に膝をついて座らされていた。


 その目の前で睨み合うのは、執事のジャンと黒服の紳士達ーー


「私はウォルター様からこの件に関して報告を受けておりませぬ。何かの間違いではないですか?」


 ジャンのみならず、他の使用人達も、手に思い思いの武器ーーという名の掃除道具を持って、黒服達を取り囲んでいる。黒服の紳士達は弱りながらも反論した。


「ウォルター様からお話がなかったというのであれば、ウォルター様が帰って来てから問えばいいことだ。とにかくこの奴隷の縄を解くわけにはいかない」


 ジャンは歯噛みしながらレッドを見た。レッドは平静を装っているが、心なしか顔色が青い。ジャンはレッドに近づくと、ぽつりと声を落とした。


「……メル様が帰って来るまで、もう少しご辛抱を。私達使用人は、あなたの味方です」


 レッドはジャンを見上げ、震えながらも少し笑って見せた。ジャンはその赤い瞳に憐れんだ視線を向けた。


「メル様があなたみたいな人に会えて、私達は本当に喜んでいるのですよ。それだけはお伝えしておきます」


 玄関が開かれる。


 ウォルターとメルが帰って来た。今日は使用人の誰も、扉を開けに行かなかった。ウォルターにその場の全ての人間の、敵意とも困惑ともつかない視線が突き刺さる。


 ウォルターはレッドの姿を認めると、黒服達に大声で叫んだ。


「何をしている!メルと私が帰って来る前にレッドを連れ出せと言っただろう!」


 使用人達は白けた視線をウォルターに送った。メルは走って行って、レッドの前に膝をついた。


「レッド……良かった、良かったぁ」


 そして上半身簀巻きになったレッドを抱きしめる。レッドは目を閉じ、メルの首の匂いをかいだ。


「ウォルター様」


 ジャンがウォルターににじり寄る。


「私はこのような報告を事前に受けておりません。何かの間違いでは」

「……ジャンに前もって知られたら厄介だと思ったのだ。おい、黒服の御仁。レッドを連れて行け、早く」


 その声に突き動かされ、メルは自身の腰をいつものように探ったが、肝心の銃がない。はっと背後を振り返った時だった。


 かちゃり。


 メルの額に銃が突き付けられた。男の手にはまだ治らない銃痕が残っている。


「火山島では、よくもやってくれたなァこんのクソアマ……!」


 メルは思わぬ展開に震えて座り込む。見守っていた使用人達も真っ青になって震えながら、思い思いに武器を構えた。するとそれに呼応して他の黒服達も、使用人に銃を向け始める。


 余りにも恐ろしい緊張がその場に張り巡らされた。レッドはやおら立ち上がると、


「やめろ!」


と叫ぶ。


 屋敷は水を打ったように静かになった。


「もういい、みんな」


 レッドは確認するように、使用人ひとりひとりの顔を見渡す。


「俺を連れて行け。ここを出る」


 メルは黒服の男達が次々と銃をしまう様子を呆然と見上げた。レッドはメルを跨ぐようにして、まっすぐ黒服達の元へ歩く。


「レッド……」


 メルは彼の背中にかけるべき言葉が見つからない。レッドは黒服達に罪人のように引っ張られ、連れ出される。


 扉を出る直前、レッドは振り返った。


「メル」


 メルは名を呼ばれ、顔を上げた。


 レッドは精一杯に笑っている。


「二つの塔で待ってる」


 メルはボロボロと涙をこぼした。レッドはそれきり物も言わず、黒服達に追い立てられるようにして玄関を出て行った。


 夕方の玄関からふわりと草原の匂いが漂った。しばらくするとメルは床に伏せ、子供のように声を上げて慟哭した。


 ウォルターはそこに歩いて行って、ぐしゃぐしゃのメルを力任せに床から引き剥がした。そして乱暴に胸元のボタンをこじ開けると、青い血の入った小瓶を取り出す。


ウォルターは小瓶を漆喰の壁に投げつけた。瓶が割れ、青い血が飛散する。


「こんなものがあるからいけないんだ!」


 ウォルターは青くなった壁に向かって憎々しげに呟いた。


「いたずらに人の心を惑わす。こんなもので治ったら、我々シェンブロ家の存在意義がなくなってしまうではないか!」


 メルは膝をつき、ずるずると這うようにして壁際まで行くと、瓶のかけらを集め始めた。慌てて使用人達が水の入った桶を持って来る。メルは泣きながらその桶で手を洗った。


 刺さったガラスの破片がきらきらと輝いて落ちて行き、水はじわりと青く染まる。


「ごめんね」


 メルは呟いた。


「私、あなたを守れなかった。ごめんねレッド」


 そして音もなく泣き崩れる。使用人達の中にも鼻をすする者が出始め、屋敷は悲しみに包まれた。

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