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第3章.ウォーリスの薬草園

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27.青い血の恐怖と受難

 メルが城に着くと、再び同じ面々が集っていた。財務大臣のナロー、教皇バーボイ、元帥ブルマンの三人である。


 前王ヨアキムの葬儀から即位式までの期間が少し開くため、皆どこか気の抜けたような顔でメルを出迎えた。


「メル・シェンブロ。本当に持って来たんだな?」


 メルは頷いた。


「王の間でお目にかけましょう。なるべく兵士の見ている場所の方が安全です」


 にわかには信じられないらしく、国の主要人物達は互いに目配せし合っている。しかしメルとウォルターの自信溢れる背中に疑問は挟めず、少し諦めたような顔でついて行く。


 ルイスは、前よりやつれた様子で玉座に座していた。


「メル!青い血を手に入れていたというのは本当か!?」


 メルは曖昧に微笑んだ。


「どのような経緯で手に入れたのだ?是非話を聞かせてくれないか」


 王子が水を向け、メルに耳目が集まる。メルは曇った空気を晴らすべく、必死に練った設定を雄弁に語った。


「そういたしましょう。それはネマラート島に伝わる伝説の通りに起きたのです。ネマラートは最近発見された島です。島には大きな木があって、それは聖なる樹と呼ばれていました。島の伝説によると、島が危機に陥った時、聖なる樹の御前に青い血をした天の使いがやって来るとされています。私がこの島に着いた時が、ちょうどその時だったようです。私は聖なる樹に使いがやって来たという噂を聞き付け、そこへ向かいました。天の使いとおぼしき民がそこにおり、民は聖なる樹に青い血を注ぐために来たのだと言いました。私が王子の身の上を説明すると、それならばと青い血の民がその血を」


「でたらめだな」


 メルの口が止まる。異を唱えたのはナローであった。


「メル、お前は嘘をついているな。青い血をした天使とは、実は」


「ナロー、口を慎め!」


 王の制止も虚しくナローは言う。


「ヒトではない、木なのだ。俺は知っているぞ、ネマラートの聖なる樹から青い樹液が取れることを。メル、お前はきっと世間知らずのお嬢さんだから、その天使を語る輩に騙されたんだ。最近の手品は凝っているものが多い。トリックを見破れずに金でもせしめられたんだ、きっとそうだろう」


 しんとする。つまりナローは青い血の人間などそもそも存在しないと主張しているのだ。メルが返答に困っていると、なぜかバーボイがこれに反論した。


「神フォニケオスによって青い血と赤い血の人間が作られたというのは聖典にもある話だぞ、ナロー。貴様は無神論者か?国の財政を担う男がこれでは国の未来は暗いな」


 するとナローはそれを鼻で笑った。


「国の未来は我々若輩者が預かります故、老いぼれは死ぬまで案じていれば良い」


 教皇は怒りに震えて立ち上がる。


「何だと!」

「まあまあ、ここは私に免じて……」


 元帥ブルマンが教皇の肩を押さえた。


「……メル、瓶をこちらへ」


 ウォルターが手を差し出して来る。メルは恐る恐る大事に瓶を懐から取り出した。その澄んだ青さに周囲からどよめきが湧き起こる。ナローは苦い顔をし、バーボイはほくそ笑んでいる。ブルマンは子供のように真剣な瞳で、瓶の行く先を見守っている。


 ルイス王もその不思議な色に目を奪われている。ウォルターは小皿を手に取ると、


「まずは飲んでみましょう」


とメルに目を向ける。メルは青い小瓶を手に取り、震える手でその半分ほどの血を皿に注いだ。


(レッドの血。これできっとルイスの病は……)


 小皿が王に渡される。ルイス王は武者震いしながら小皿を手に取った。一気にあおる。


 静寂。


 本当に一瞬だった。使用人や医師達が飛んで来て、ルイス王を再び寝室へと案内する。


「では陛下、どうかご安静に。……メル」


 ウォルターに呼びかけられ、メルは我に返った。


「何でしょう」

「この瓶は、医師方で預かろうと思うんだが、どうだ」


 メルはまだ血の入っている小瓶を眺めた。レッドの血。手放すのは心許なかった。


「私の方で、まだ持っておきます。またお使いになる時に声をかけて下されば……」


 それを聞き、ウォルターは意外だと言いたげな顔をする。


「随分青い血にご執心なんだな……ま、メルがそうしたいなら、そうすればいい」


 何と言われようと、渡す気はなかった。メルは瓶を腰のポケットにしまい、深呼吸した。




 大臣らは一瞬のショーを楽しんだ様子で王の間から退出して行く。メルもその波に紛れてそそくさと出る。


 だが中庭にさしかかった所で、


「メルよ、ちょっと」


 聞き慣れぬ声に呼び止められた。メルはくるくるとかぶりを振って声の主を探す。


 すると中庭の壁際に隠れるようにしていたバーボイ教皇がおずおずと姿を現した。メルは訝しがりながらも


「……何でしょう」

「お主、よくぞ青い血を探し出してくれた。私は本当に感謝しているのだ、神フォニケオスのご意志を軽んじる風潮のある中、お主の持って来た青い血は福音となるであろう。ところでメル、お主は青い血の者に会ったそうだな?その辺りの話をよくよく聞いておきたい」


 教皇はそう言うとすがるようにメルの手を取った。勢いに押され、メルは思わず頷く。バーボイはその反応に目を輝かせると、周囲をはばかる小声でこう言った。


「そこで……神の奇跡の資料として、その青い血を、ほんの少しで良いのだ。分けて欲しいのだが……」


 メルは目を剥く。教皇は更にたたみかけた。


「か、金が必要か!?ならお主の言い値を出そう、いくらがいい?」


 急に話が飛躍する。白髭老人の必死の形相にメルは恐怖を覚えた。にじり寄られ、壁際に追い詰められる。どうやって逃げようか口上を考えていると、


「いい加減にしろクソ教皇!」


 遠くから罵声が飛んだ。バーボイは振り返った。ナロー大臣が中庭の反対側からやって来る。助かった、とメルは思う。


「貴様!一体いつからそこに」

「老いぼれが。大方死への恐怖から青い血の不老不死伝説にあやかろうとしているんだろう。死後の審判において天上に選出される気がさらさらないようだ。教皇が聞いて呆れる」


 教皇はナローの正論にぐうと声を出し、メルに素早く視線を動かした。彼女が黙り込んでいるのを見て形勢不利と悟ると、教皇は顔色をころころ変えながら城外へ去って行った。


 ナローは静かに教皇の背中を見送っていたが、くるりとこちらを振り返ると


「お前、何故青い血なんか持って帰って来た」


とインネンじみたことを言う。助かったと思ったのも束の間であった。


「余計なことをしてくれた。そんなもの、本物だとか偽物だとかいう議論すらバカバカしい。いいか、お前はいたずらに人心を惑わし、国家を転覆させる厄介モノだ。メル、今は王の手前生かしておいてやるが、あのしょうもない青の血で王にもしものことがあった時にはお前を真っ先に魔女裁判にかけてやるから覚悟しておけよ!」


 ナローは憎々しげにそう言い、更に


「あんな瓶はとっとと捨てろ!汚らわしい青い液体なんか二度と見せるんじゃねえ!」


と追い打ちをかける。メルは顔色を失った。そしてじわじわと、あの夜のレッドのことを思い出した。


 抱き締められたことのなかったレッド。


 各地を転々とせざるを得なかったレッドーー


 青い血、またそれに限らず、異質なものが眼前に現れた時、思いもかけぬ暴言、暴力に出る人間が一定数いるものだ。予想はしていたが実際にそれが身に降りかかると、体が震えて止まらなかった。メルはその場にへたり込み、動けなくなってしまう。レッドは常にいつ降りかかるか分からない恐怖と戦っていたのだ。そう思った時、メルはこらえ切れず涙をこぼした。


 しばらく膝に頭を乗せてうつむいていると、メルの肩に手を掛ける者がいる。


 メルは顔を上げる。そこには心配そうに姪を見下ろすウォルターの姿があった。

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