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第3章.ウォーリスの薬草園

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25.二つの月と二人

 二つの月を二人で座って眺めながら、レッドは話し始めた。


「メルに会うずっと前ーー俺は見世物小屋にいたんだ。青い血が出るから、何百という観客の前で、鞭打たれて血を流した。興行主には随分稼がせてやったよ。でも、体が大きくなるにつれ、我慢が出来なくなって逃げ出したんだ。見世物のまま死ぬなんて、絶対に嫌だった。小屋からの脱出は成功したけど、この外見なんで大陸は出られず、すぐに奴隷商人に捕まった」


 メルは体の側面をレッドにくっつけるように並んで話を聞いている。


「そこからは各国を転々とした。使用人になったり、用心棒になったり、肉体労働をやらされたり。でも、俺はその内売り飛ばされる。この血のせいだ」


 レッドは自らの腕の内側を眺める。傷は恐るべき早さで塞がり、表面の青いかさぶたを残すのみとなっている。


「みんな気味悪がって俺を売った。だから俺はメルと親しくなればなるほど、この青い血がバレたら人間扱いされないようになるんじゃないかと怖くなって」


 メルはイヤイヤをするように首を横に振る。


「私、あなたを気味悪がったりしないわ。だって」


 メルはそこまで言って言い淀んだ。レッドも頬杖をつく。


「私、今から頭のおかしいことを言うわ」

「どうぞ」

「ルイスの病気が治ったら、私、あなたと旅をして生きて行きたい」


 レッドは膝を抱えてその上に自らの頬を寄せる。


「馬鹿じゃないの」

「ば、バカで結構よ」

「ウォルターが許さないだろ」

「はなから許してもらうつもりはないわ。私は私の生きたいように生きる。もう、そう決めたの」


 メルはそう宣言すると、レッドを覗き込んだ。


「……あなたの意見を聞いてなかったわね」


 レッドは微笑んだ。


「まぁいいぜ、付き合うよ。ただ、こっちも嫌になったら嫌だとは言わせてもらう。また逃げたくなるかもしれないし」


 メルは頷いた。


「それでいいわ。私もう、あなたに嫌われたら……今度は、諦めるわ」


 メルはまだ青い血の生温い小瓶を眺めた。


「……そういえば私、レッドに何もしてあげてないなぁ」


 レッドは両足を投げ出して草の上に寝転んだ。


「気ぃ使うなよ。今までだって、散々メルには守ってもらったんだし」

「でも……そうね、この青い血のお礼がしたいわ。ねぇレッド、あなた何か欲しいものはない?」

「欲しいもの、ねぇ……」


 レッドはメルを眺めて呟いた。


「立って、メル」


 メルは言われた通りに立ち上がった。レッドも立ち上がると、互いに向き直る。


「また、抱き締めてもいい?」


 メルは顔を赤くして黙り込んだ。レッドは寸手のところまで近づいて、その顔を飽かず眺める。


「……返事は?」

「分かったわよ」


 レッドはぎこちなくメルの肩に腕を回す。メルもこわごわとレッドの背中を撫でた。


「……何でこんなことに」


 レッドの肩口でメルがくぐもった声を出す。


「嫌だった?」


 レッドに問われ、メルはじっと考えた。その体の厚さ、体温、身長、全てにおいて彼は完璧に思われた。


「……嫌じゃ、ない」


 そう呟いたメルから、レッドは体を離した。


「次青い血を渡したら、今度はどこまでしてくれるんだ?」


 メルは固まった。


「ちょっと何よそれ……どういうシステム」

「ははは……冗談冗談」


 レッドは冗談めかして笑ったが、明らかに目の奥では焦っている。イタズラを咎められた子供のような様子に、メルも思わず笑ってしまった。


「この前、メルの家に行った時気づいたんだ。俺、誰かに抱き締められたことがなかったんだよ。もちろん、逆もなかったわけだけだけど」


 メルはそれを知って少し悲しげに鼻をすする。


「語弊があるかもしれないけど、あれ凄いな。体の緊張が全部取れてさ、何もかも許してもらえるような」


 メルは手の甲で目をこすった。


「泣くなよ、メル」

「だ、だって……ごめんなさい。私も急に母のことを思い出して」

「母?メディアさんのことか?」

「ええ。思えばレッド。私、母の指輪であなたを買ったの。もしかしたら私、母の代わりをずっと探していたのかもしれない」

「俺もだ。いつか親に会ってみたいんだが、姿を見たことも聞いたこともないからどうしようもなくて」

「うわーんレッド、もう悲しいこと言わないで!」

「何だよ?ほんとおかしい女だなメルは」

「青い血なんかなくたって、いつだってこうしてあげます!」


 メルはレッドに取りすがってわんわんと泣いた。レッドの方も彼女の背中をさすりながら、少し鼻をすする。


 暖かい感情が頭の中を支配して、レッドは何も考えたくなくなった。


 いつまでも、このままーー


 レッドはメルの額に自らの額を押し当て、ねだるようにメルの頬をさする。メルはしばらくそのままの体勢で黙っていたが、ふと顔を上げると、レッドと唇を重ね合わせた。


 メルはそこで我に返った。勢い良く体を離し、


「急過ぎる!」


と叫ぶ。レッドはぼうっと自身の唇を撫で、先程の出来事を噛みしめるように押し黙った。


「あ、あの、私……」

「ありがとう、メル」

「ど、どうしたら」

「いいじゃん。もう。したよ?」

「私、レッドをワンコのように可愛がる気持ちで」

「そういう気持ちでそうすることもあるわな」

「あわわわ……」


 広々とした草原で、二つの月と聖なる樹は黙って赤と青の人間二人を見つめている。

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