24.レッドの告白
次の日の朝にヨアキム国王の葬儀が始まった。ウォルターは参列するため朝一番に馬車で出て行った。この国の古い習わしにのっとり、王の周りで側近は一夜を明かすことになっている。
そのせいか、今日のウォルター邸はどこかのんびりとした空気が漂っていた。主人のいない屋敷では使用人達がそれぞれの部屋でくつろいでいる。
レッドも久しぶりに、メルの部屋に来ていた。
二人は同じ机に向かっている。
「はい、じゃあこれは?」
「れ……ど……」
「レッドでしょ。もう、名前くらいそろそろ覚えなさい。じゃこれは?」
「とうもころし」
「とうもろこしですっ」
「う……視界がぼやけて来た」
レッドは机に突っ伏した。メルはため息をつく。
「幼少期の教育って重要だったのね。机に向かわせるのも一苦労だわ。じゃ次は算数よ。98引く24は?」
「74」
「なぜか暗算は得意なのよねぇ。25×11は?」
「275」
コンコンと扉を叩く音がする。ジャンが入って来た。
「レッド。一応言伝します。ウォルター様が、メルに近づくなと」
「あら、ウォルターったらそんなことを?」
「言い置いて行きましたよ。二人が先日寄り添うようにして親しげに話していたのを、気にしておいででした」
「そんなに親しげだったかしら……」
メルが腕組みして考えている。ジャンは伝えるだけ伝えて、すぐに部屋を出て行った。
レッドは教科書に視線を落とすふりをして、全く別のことを考えていた。
ウォルターがいない今夜がチャンスだ。メルに伝えておかなければならないことがある。
青い血を、メルに。
それはレッドがヨアキム王の死を知らされてから夜通し悩み、導き出した答えだった。即位式の前に、少しでもルイスの役に立ってメルの笑顔を取り戻そう。レッドはそう結論を出したのだった。
二つの月が満月の夜に、聖なる樹に青い血を注ぐと花が咲くという伝説もある。今日は狙いすましたように満月である。ついでにその幼木にも青い血を分けてやろう。メル待望の花が咲くかもしれない。
「じゃあ次は、この地域の聖典を読んで行きましょう。神フォニケオスが、自分の紫の血を赤と青に分けたお話よ」
レッドはどきりとしてメルを見る。メルはただならぬ空気を感じ取って、レッドを見つめ返した。
「……どうしたの?ほら読むわよ。赤い月には赤い人、青い月には青い人」
「待って、メル」
レッドがメルの声を遮った。
「レッド……?」
「その、今夜なんだが……メルに見せたいものがあるんだが、時間はあるか?」
レッドの射抜くような視線に、メルは少し顔を赤くする。
「な、何を見せる気なの?レッド」
「……顔が赤いぞ何を考えてるんだ。ほら、その。聖なる樹、あるだろ?」
メルは窓の外を見た。
「あるわね」
「今日は赤い月と青い月が満月だ。それで、その……一緒に見たいなと思って」
「月を?」
「いや、樹の方を」
メルは困ったように何かをじっと考えていたが、
「もしかして、もう花が咲いたの?」
と問う。
「違うけど、近いな」
「はっきり言ってよ。目的は何?」
「そんな言い方があるかよ……」
レッドは頭をボリボリ掻いてから、ふと思いつく。
「そうだ、メルにあげたいものがあるんだ。それを渡すよ、今夜」
するとようやくメルの頬が緩んだ。
「えー、何をくれるの?」
「大事なものだ。とても大事な……」
言いながら、声が震える。今夜に大博打を打とう。吉と出るか凶と出るか、まるで分からないけれど。
レッドは再び教科書に目を落としながら、伝説に耳を傾ける。
「赤い血と青い血が混ざる時、人は神の力を得る」
本当にそうなのだろうか。だとしたら、青い血の人間がもっといても良さそうなものなのに。
「レッド。聞いてないでしょう」
「き、聞いてるよ」
夕闇が迫って来る。レッドは緊張の余り、胸が苦しくなって来る。
メルはひとりきりの夕食を終え、自室に戻って窓から二つの月を見た。
ふと下の方を見ると、ふわりと玄関が開き、レッドが現れる。植物園をとぼとぼと歩き、月明かりに照らされ聖なる樹の方へ進んで行く。メルはまだ約束の時間ではなかったが、たまらず駆け出していた。
月明かりの下、昼は咲き誇っていた花も、眠りについているように青みがかっている。メルは影を引きずりながら、聖なる樹へ急いだ。
小さな聖なる樹の前で、レッドが座っていた。メルはその背中に声をかけた。
「レッド」
レッドは弾けるように振り返った。
「何だよ急に……まだ早いぞ」
「何か落ち着かなくて」
メルもレッドの隣に腰を下ろす。体ひとつ分の距離を開けて、二人で樹を眺める。
「その……」
レッドは月明かりのせいか、青白い顔でささやく。
「ちょっとメルにお願いがある」
「何?」
メルが少し距離を詰めて来る。レッドは短剣を取り出した。
「あげたいものって、これ?」
レッドは首を横に振る。
「ちょっとこれ、持ってて」
そう言うと、レッドは小さな碗と瓶、それに布巾を取り出した。
「今から言う通りにして欲しい。その短剣で、俺のここーー」
レッドは膝を曲げ、腕の内側を指差した。
「ここを、刺して欲しいんだ」
レッドの声は震えている。メルは怪訝な顔をしてレッドを覗き込んだ。
「何を言ってるの?あなた正気?」
「俺は至って正気だよ、メル。こんなこと、メルにしか頼めないんだ」
メルは短剣を握りしめたまま、困惑して黙る。レッドは碗を腕の下に構え、メルに腕を突き出した。
「ひと思いにやってくれ。痛さも恐怖も、我慢する」
メルはふと思い当たったように顔を上げた。
「ネマラート島で言ってた生贄って、こういうこと?」
「ああ、そうだ。生贄の血が、この樹に花を咲かせると言われているそうだ」
「何だ、そういうことなの」
メルはほっとした表情を見せるが、レッドの頬は尚も凍り付いている。メルはレッドの顔色をうかがいながら、短剣をレッドの肘の内側に刺し入れた。
「……痛いわよ。少し、我慢して」
レッドが苦悶の中、歯をくいしばっている。メルは彼と短剣を見比べながら瀉血の処置をして、血の滴るのを待った。
青い血ーー
レッドの構えた碗に、はたはたと青い血が落ちる。メルは短剣を見つめながら、次第に目の色を変えて行く。メルの短剣を持つ手が震え出した。彼女はレッドを見上げた。
「レッド……あなたの血」
メルの唇が震えている。レッドはメルから目を離さず、ゆっくりと頷いた。メルは震える手で布巾を掴むと、青く血濡れた短剣を拭う。
レッドの血が滴るのを二人で眺める。ふとメルが呟いた。
「レッドの青い血、きれいな色」
その言葉で、レッドは傷の痛みから我に返った。メルは泣き笑いのような顔で微笑んでいる。
「ごめんなさい。私が最初にあんなことを言ったばかりに……きっとあなたを苦しめたわね」
「いいよそんな、謝るなよ。隠してたのはこっちの都合なんだから」
レッドは少し顔色を戻した。碗に血がたまり、それを聖なる樹の根元に注ぐ。再び碗を構えたのでメルが問うた。
「ねえレッド、どうしたの?そろそろ止血しなくちゃ」
レッドは青ざめながら呟く。
「次はルイスの分だ」
メルは呆けたように口を開けたが、その唇が震え出した。レッドはあえて無視した。メルはボロボロと涙を流すと、そっとレッドに寄り添った。
ある程度溜まったところで、レッドは碗を置く。メルがそれを瓶に詰め、泣きながら栓をした。
「ありがとう、レッド」
メルは顔を覆って泣き出した。レッドは黙ってメルを見つめている。




