23.王の決意
馬車に揺られ、ウォルターとメルは城へ向かう。メルは遠ざかる薬草園を眺めながら、レッドのことを考えていた。ルイス王子を思う気持ちと、レッドとの旅への憧憬が彼女の体の中で暴れ回り、落ち着かない。空も少し曇り始めていた。
城へ着くと、通されたエントランスには見慣れた国の主要人物達が出揃っていた。
財務大臣のヒューズ・ナロー。彼とシェンブロ家は長いこと薬草園の予算の関係で対立を繰り返している。費用対効果が少ないというのがあちらの言い分なのだが、メルとしては、費用が少ないから効果が出ないのだと言いたくもなる。彼はよく禿げ上がった頭に黒髭の御仁で、メルもよく知った顔だった。
教皇シャシム・バーボイ。今が一番忙しい葬儀の責任者だ。王族が一番信頼を寄せる腹心であり、ウォーリス正教会の長である。既に沢山の仕事をこなしてから来たようで、白髪と白髭が尚のこと白く感じられる。
元帥ルーファス・ブルマン。銀髪と白髪が混ざった頭をしているが、顔は年の割に若々しく、今日は騎士の装備を外して乗馬服で佇んでいた。若き日は英雄、壮年には名将として名を馳せた叩き上げの武人だ。それ故に、部下からは厚い信頼が寄せられていた。
後からぞろぞろと他の大臣らもやって来て、全ての要職達は会議室へ通された。メルとトーイはそれを見送っていたが、
「メル様はこちらへ」
と、ルイス王子お付きの侍女がメルを案内する。
王子の寝室では、王子がベッドに横になったまま咳き込んでいた。メルはたまらずベッドに走り、その額に手を当てる。熱が出ていた。
「ルイス……いえ、ルイス国王陛下」
ルイスは薄く目を開けると
「あの話……」
と呟く。メルは慌てて耳を近づける。
「何でしょう」
「昔みたいに、あの話をしてよ。そうだな。どんな病をも治す青い血の人間の話を」
ルイスがまだ小さい頃、メルが語って聞かせた神話や伝説。これらは当時幼い彼にとって、一日を生きる糧、聞く薬であった。メルはあの日々を思い出し、微笑んで話し始めた。
「神話の時代。神フォニケオスには紫の血が流れていて、それを赤と青とに分けて人を創造しました。赤い月に赤い人を、青い月には青い人を住まわせました。しかし古い時代に赤い人と青い人の間で戦乱が起こり、青い人は滅亡してしまいました。この赤と青の血が再び混ざれば、人は全ての不幸や病から解き放たれ、神の如く全能になると言われています。青い人はまだどこかで静かに暮らしているという噂もありますね。私がもし彼らに会って青い血を貰えたら、真っ先にルイスに届けに参りますわ」
ルイスはその話を聞くと昔を懐かしんで微笑んだ。
「懐かしいな。あの頃よりは今の方が元気な気がするよ」
「そうです、ルイスの病は日に日に良くなっています。さあお薬を」
そのタイミングを待っていたかのように、医師長が薬を抱えてやって来た。メルはそれを皿に取って、ルイスに服薬を促す。彼は顔をしかめたが、ぐいとそれを飲み干した。そしてその皿を少し乱暴に彼女に突き返す。
「……私はこれから、どうなるんだろう」
ルイスが天井を見上げ、ひとりごちた。メルは凍える瞳で少年を見つめる。
「私がこうしている間、ああやって偉いおじさん達がやって来て、何もかも、知らない内に決まって行くの?」
メルは首を横に振った。メルはまだ幼さを残す少年の瞳に、新しい意思が宿るのを感じ取った。
それは、王の品格ーー
「……ルイス、いえ、陛下」
メルはルイスの手を握った。
「会議室へ向かいましょう。すぐそこです」
すると医師長が飛んで来て、
「おやめ下さい!まだお熱が」
と二人を止めに入る。しかし意外にも、ルイスはメルの手を取ってベッドから降りることを選択した。
「着替える。会議に出る」
王には逆らえない。侍女達は衣装部屋へと向かって行く。
「私は、命尽きるまで王の勤めを果たす」
メルは立派だと言いかけ、口をつぐむ。本当はこんなことをさせてはならないのだ。が、彼にも王としての意地がある。そこは周りの人間が汲む必要があった。病に耐え、王になった結果がベッドで過ごす毎日なのだとしたら、絶望しかないではないか。
「メル、見ててよ。私が生きてるところを」
メルは目頭を拭いながら頷いた。
侍女達が現れ、衣装を召し替えられて行く。メルは部屋を出、ルイスを待った。すぐそこにある会議室では、喧々囂々の声が漏れ聞こえていた。
「葬儀にそこまでの予算は裂けない。今後は王位継承の儀式と王の婚礼の儀式が立て続けに控えているだろう」
ナロー大臣の声だ。国の金庫番は先の予定をつらつらと並べ立てる。
「妃を迎える準備だ。候補はどれだ?」
ブルマン元帥が疲れた声で問うている。
「その話はもう少し先にしたらどうだ。ルイス王子の体が回復したら」
薬局長のウォルターが口を挟むが、
「いつ回復するというのだ?あんたらのまじないが効いていないようだが」
とバーボイ教皇が嫌味混じりに問う。さすがのウォルターもこの会議では怒鳴り散らす奥義が炸裂しない。
メルはため息をついた。
(ルイスの嘆きがよく分かる)
彼には今後、人生で大事な局面が全て赤の他人の計らいで進んで行く人生が待っている。
(私だって、自分のことは自分で決めるわ)
そこまで考えてメルはレッドのことを思い出し、首を横に振った。
「何でそこに、レッドの顔が出てくるのよ」
「……メル?」
おっかなびっくり振り返ると、着替えを終えたルイスが立っていた。刺繍の入った厚手のコートをまとったルイスを眺めて、メルは驚いた。
「……あれ?ルイスったら、こんなに大きかったかしら」
「何言ってるのメル。君も入れ。会議に行くぞ」
先回りして王国の使用人が会議室へ言伝する。会議室の扉はすぐに開かれ、ルイスがメルを伴って入る。
大臣達は慌てて立ち上がり、帽子のある者は忙しく脱いで胸元に抱える。
メルにも部屋の片隅に椅子が用意された。
「何を決めるにしても、必ず私を通してくれ。会議も、私が起きている時だけ行うように。良いな?」
大臣達は若き王の登場に、あからさまに顔を曇らせ互いを見交わしている。
メルは部屋の隅で、ルイスの急に逞しくなった背中に、ただ静かに感動していた。




