12.男奴隷は生贄になるらしい
メルは宿に戻ると、部屋には戻らずにそのまま真っ直ぐ宿の主人の部屋へと向かった。宿の主人は突然の客の帰還に戸惑いつつ、
「お客様、何が御用で?」
と尋ねて来る。メルは問い返した。
「この島の伝説の、神の子っていうのはこれから何をするの?」
「……は?」
宿の主人は明らかにはぐらかそうとして、斜め上を向いて笑った。
「私には何のことか……」
メルは主人の眼前に貴金属を叩きつけ、銃を向けた。
「お金ならあるわ。教えなさい。一刻を争うから、早く」
メルの目を見れば、次に話をはぐらかした瞬間、ためらわず撃って来ることが分かる。宿の主人は震えながらこの島に伝わる神の子の儀式について話し始めた。
一方、レッドは日の差さない洞穴へ連れて来られた。大人数で出口を塞がれ、見ているだけで酸欠になりそうなほどだ。
突然暗い所へ運ばれて来たので目も慣れない。そこへ、ふわりと香ばしい匂いが漂って来た。
「神の子の世話させて貰います、チキナと申します」
声がして、何かを打つ音。火が灯り、レッドの目の前にぼんやりと少年の顔が浮かび上がった。
「これ、食べて下さい。お口に合うかどうか」
差し出されたのは、鶏の丸焼きに雑穀を詰めたものだった。警戒しすぎればあちらの警戒も解けぬと判断し、レッドはすぐにそれを頬張った。チキナは安堵の顔を見せる。
「ちょっとチキナに聞きたいんだけど」
何でしょう、とチキナの顔が輝く。
「神の子って何なんだ?」
するとチキナは簡単に答えた。
「聖なる樹に捧げられる生贄です」
レッドは自分が神の子であると呼ばれ、自惚れてのこのこ躍り出てしまったことを後悔した。更にチキナは言う。
「聖なる樹に青い血を捧げるのが、あなたの役目です」
レッドは目の前の少年を睨んだ。
「……なぜ、俺の血が青いことが分かるんだ?」
チキナは平然と答える。
「今朝、あなたのことを探している男三人組に会いましてね」
レッドはハッとする。火山島で銃を向け、メルに返り討ちにされたあの男達が、まだ自分をつけ狙っているというのだろうか。
「彼らが私達に問うたんです。ここに、赤毛褐色の背の高い男が来なかったか、と。更に彼らは言いました。その赤毛の男の名はレッド。血は、青い色をしていると」
レッドは黙った。くらくらする頭をフル回転させ、考える。この少年は自分のルーツにまつわる情報を知っていそうだ。とにかく、聞き出せるだけ情報を聞き出しておきたい。
「神の子とは何者なんだ?俺はこれからどうなるんだ」
「どうって」
チキナはすらすらと言って聞かせる。
「神の子は聖なる樹の精であり、赤い髪、赤い瞳をしている異形の者と決まっています。神の子は神に決められた時にやって来る。ここ最近が、まさしくその時でした。で、私達はその精を、再び聖なる樹の元へ返さなければならないのです。あなたの青い血の全てを、あの樹に捧げます」
暗がりにチキナの目がぎらりと光った。はあ?というレッドの声が洞内に響き渡る。
「そんなことしたら俺死んじまう……」
「はー、これで儀式が終われば僕達シャーマンは自由になれます。労働が出来ないという苦役から解放されるのです」
チキナはうっとりと虚空を見上げている。こちらの声は届いていない。血が沸騰するような気分の中、レッドは心を鎮めようと努めた。
(大丈夫だ、俺は幾度もピンチを生き抜いて来たんだ、どうにかなる……いや、する)
今後生き延びるためにも情報を引き出しておいた方がいい。レッドは続けて尋ねた。
「……まあいい。聖なる樹について、詳しく教えてくれ」
「この島に生えている聖なる樹は、雄の木なんです。この世界のどこかに女神の樹っていうのがあって、それは同種の雌の木らしいです。でもこの島の者は誰も見たことがなくて」
「女神の樹というのはどこにある?」
「それは私にも分かりません。しかしながら伝説によると、女神の樹の花は聖なる樹の花粉を付けると受粉して、実を付けます。その実を食べた人間は永遠の命を得られるということです」
「チキナ達はそれを信じてるってことか」
「というかあなたは神の子なのにそんなことも知らないのですか?」
レッドは頷いた。少年は驚いている。
「良く分からない。昔の記憶がないんだ」
「ふーん。まあいいです、現に伝説通り、あなたがこうして来たのですから。伝説の通りになりましたからね」
伝説に酔いしれているチキナに異論は挟めない。レッドは話題を変えた。
「女神の樹についてもう少し教えてくれ。いけにえになる身だし、教えてくれてもいいだろ」
するとチキナは困り顔で
「これより更に詳しいこととなると、族長に聞いた方がいいでしょう。女神の樹の場所に関しては、族長にしか伝えられない決まりになっています」
「族長に会えないか?」
「神の子の願いは無碍に断らないと思いますよ。来て貰うよう言っておきますね」
チキナは近くの女に耳打ちをした。伝言は出口の方まで行き渡る。不思議な部族だ。聖なる樹、女神の樹。そう心の中で繰り返した時、レッドの脳裏にメルの顔が浮かんで来た。
メルを一人にしてしまった。上手く帰ってくれていればいいが。




