11.男奴隷は神の子になるらしい
それから三日ほど船は移動を続け、メルの目指していたネマラート島に着いた。メルとレッドは港にて、火山島で得た植物やその種、鉱石の数々をトーイに託す。メルはやはり、トーイに採集物を先に王国へ持って帰ってもらうことにしたようだ。
「トーイ、ルイス王子が起きていたらよろしくお伝え下さい。何かあれば、メルはすぐにでも馳せ参じますと」
「分かった任せておけ」
トーイは晴れ晴れと笑って王国行きの船に乗り換えて行った。
「さてと」
メルの方も安心した顔でレッドを振り返る。レッドはあらゆる荷物を背負わされ、憮然と立っている。
「前も話したわ。ネマラート島には聖なる樹があって、その実があらゆる病気に効くと。私は何とかしてその実を探し出したいのですが、千年に一度しか実を付けないということです。とにかく今日はその樹の根元まで行ってみましょう」
「早く宿に行こうぜ。このクソ重い荷物をすぐにでも下ろしたいんだが」
メルはネマラート島の繁華街に出た。赤い砂が舞う岩盤むきだしの道には、褐色の男性達がなぜかごろごろと寝そべっていた。人を踏まないように用心しながら二人は歩いた。女性の姿は見当たらない。街には半裸の男達が溢れ返っていた。
宿に着くと、カウンターの主人は麻のラフなシャツを一応着ていた。メルは宿を取るついでに宿屋の主人に問うた。
「聖なる樹なのですが、どこにあるかご存知ですか?私達、一度見てみたくて」
すると主人は愛想のひとつもなくこう言った。
「あの周辺は、女は入れないよ」
そうなんですか?とメルは更に問う。主人は聞かれ慣れていると見え、眼前でハエを払うように何度も手を振った。取りつく島もない。
メルは笑顔でレッドを振り返る。
「あ?俺が行くのか?」
メルは何度も頷いた。レッドはわざとらしく大きくため息をついた。
「危険な任務は嫌だって言ったはずだぞ」
「安全かも知れませんわ。とにかく近くまで行ってみましょう」
無駄に楽観的なメルに、レッドは苛ついた。こういう時、被害に遭うのはいつも彼の方なのだからたまらない。
聖なる樹は島の中央付近にあった。樹は門で囲われていて、誰もが近付けるようにはなっていないらしい。聖なる樹は門からすぐに見える位置にあり、門の向こうでも男達は半裸で寝そべっていた。女は見当たらず、男は外で常に日光浴という不思議な生活スタイルは聖なる樹の前でも健在らしい。
聖なる樹は天までそびえる如くの巨樹で、その幹は大人二十人ほどが手を繋いで回しても届かないくらいの太さがあった。
メルはその樹の大きさに感嘆し、よく近寄って見ようと動き出すが
「おい、下手に動くな」
レッドが制した。警戒するのにはわけがある。
聖なる樹に集まっている男達の中に、手に武器を持っている者が数人いる。来訪者から奪ったと見える、この島には似つかわしくない最新鋭の刀剣を所持していた。視線を樹に移すと、その樹皮には所々傷がついていて、青い樹液が流れた跡がある。
「……珍しい色の樹液ね。シロップみたいな味がするのかしら?もう少し近づいてみましょうよ」
「大丈夫かな……俺、嫌な予感するなぁ」
門に向かうにつれ、なぜか彼らから大きなどよめきが湧き起こった。島民はレッドを指差し、口々に何か同じ単語を叫んでいる。
「……俺、何かまずいことした?」
明らかな変化にレッドは戸惑った。よくよく聞いてみると、彼らはこう言っている。
「神の子!」
メルは踏み出て、レッドを後ろ手に守り銃に手をかける。レッドはその銃を抑え、慌ててメルに耳打ちした。
「俺が神の子ってことは……案外あのひこばえ、簡単に貰えるかもしれないぞ」
レッドの指の先にある木の根元には、数本のひこばえが生えていた。あれなら根を大事にすれば持ち帰れそうだ。
「あいつらに話を合わせてみようか?」
「でも大丈夫?嘘がばれたら何されるか分からないわよ」
「意外だな。メルのことだから早く取りに行けと言いそうだったのに。王子〜ってこの前も泣いてたじゃん」
メルはその言葉に顔を上げ、レッドの顔を見た。彼の眼差しは、以前より親しげにメルを見下ろしている。
メルは眉間に皺を寄せて考え込んでから、自らを納得させるように数度頷いた。
「……じゃあお願いしてもいいかしら」
「よし。ちょっと待ってろ」
レッドはメルから離れて前へ行き、門の向こうにいる門番に声をかけた。
「あのさ、その木のひこばえが欲しいんだけど……」
門番が武器を構えた。レッドは青くなって飛び退く。聖なる樹周辺ではざわつきが止まずにいた。そこへ、奥の方から長老らしき老人がやって来た。長老はレッドの姿を見て、ただ一言、こう言った。
「神の子を捕らえよ」
わっと歓声が起き、門がいきなり開かれ島民が一斉に飛び出して来た。レッドはわけの分からぬうちに捕らえられ、島民の渦にもみくちゃにされ、メルから大きく引き離される。
「何だよいきなり!何を……」
事態の収拾はつかず、声は届かない。レッドもこの大人数相手では手の打ちようがない。長老を先頭に、レッドは島民の列に組み込まれた。その列は巨樹を通り過ぎ、更に向こうの岩山を目指す。メルは途方に暮れて立ち尽くしていた。
「メル!俺のことはいいから、船のある内に早くこの島から逃げろ!」
レッドの声が遠のいて行く。巨樹の守り人数人とメルだけがその場に取り残された。
「レッド……」
声は届かない。メルは腰が抜けて膝から崩れ落ちた。彼女は赤い地面をただ見つめる。
メルはひとりになってしまった。




