【第十五話】異常事態・一
士官用の野暮な制服に略章ではない勲章を下げ、にこやかな笑みを浮かべながら記者とともに写真に収まる。滑走路に引き出されたK八六の横で選抜された記者団のひとりひとりと記念撮影を行なうのだ。これも王国軍の宣伝活動の一環なのだから文句は言えない。
軍の報道官は老練に見える官僚型らしき上司の男性と、いかにも実務に長けているという雰囲気の部下の女性が二人という陣容だ。それに対して記者団の顔ぶれは、内外の動向を論じている季刊誌や回覧新聞などは実直そうな記者を寄越した。しかし王室や貴族達の動向を売りにしている月刊誌などは、最新の流行らしき服で着飾る若い女性記者だった。日頃の俺の評判が悪い方へ影響したようだ。
新聞は週刊で発行されているが、公共回覧形態での配信となっている。現状では地方の村などへは配信されていない。季刊誌や月刊誌は定期購読してくれる上得意の顧客によって成立している。貴族層や規模の大きな商売人達に向けて配信されている媒体なのだ。
我が王国では証書や書物に使用する普通紙は、製造能力の問題で貴重品と言って差し支えない状態だ。王宮の中や王国軍の関連施設に居れば実感が湧かないのだが、アグネタなどは伝票に使用する紙を節約する事に気を配っている。王室の公用文書は今だに鞣し革を使用していた。では庶民の事情はと言うと、都市部や教育機関などでは石盤に石筆が、地方の村では木の板に木炭が使われている。
それほど貴重な紙を媒体として使用している彼らの仕事は、上流階級の職業と見ることもできる。だが実際のところはどうなのか。今回来ていた女性記者のひとりは取材を忘れて自らのことを語っていた。魔術学院を卒業しても適職が見つからず、良縁を待つ余裕もないので身売りする覚悟で記者に応募したらしい。憧れていた英雄と間近に接することができただけで本望だと熱弁していた。
眉目麗しいお嬢さん方と写真に収まるのは悪い気分ではなかった。しかし本音を言わせて貰えるのなら、先任の報道官の女性とともに居るほうが気が休まる。軍に属する人物との折衝を担当しているので、何度も世話になり顔馴染みなのだ。もうひとりの若い女性は記者達の世話役を務めていた。
写真撮影機も随分と進歩して、最近では個人で持ち歩ける大きさの物が開発されたと聞く。むろん用途は軍事目的だ。越境偵察任務用の飛航具にも撮影機は一台搭載されているが、かなり大型で操作は煩雑、何より写りが不安定なのだからあまり信用されていない。
魔術で目の前の光景を幻像に写して転送すれば済むという考えもある。それは魔術を安定して行使可能な術者がその場所まで行き、術を唱えるということを意味する。しかも幻像の保存はできない。術者が術を解けば消えてしまう。緊急時には有用な手法だが普遍的な手法とは言えないのだ。
今目の前にある撮影機は大型の三脚に載せられた箱のような機械だった。撮影用の特殊な魔導灯が強い光を放っている。定められた手順で正確な記録を残せるのなら、多少厄介な制約があろうと便利には違いないと思いつつ、御婦人と腕を組んで微笑みを作った。
早めの昼飯は士官食堂を貸し切りで使用し、南部の郷土料理を核とした当基地ならではの食事会を堪能して貰う。クロストフ兄貴やヴィオリア姉貴も出席していた。しかし軍の報道官の男性と何やら密談している姿を見ると、出席の理由は碌なもんじゃないらしい。
俺は食事会を早めに切り上げると飛航服に着替え、発進レール上に据え付けられたK八六の撮影に備える。大気を切り裂いて飛び発つ飛航具を想像させるには最適の、雄々しい情景なのだという説明を受けた。写真撮影は撮影条件の制約が多いので、写真家の希望に合わせておくほうが良い。
水滴のように透明な天蓋を二つに割った後半だけを横倒しに開き、操縦席から半身を乗り出しつつ写真撮影機に向かって手を振る。見る者全てに溢れんばかりの勇気と自信を感じさせるための演技だ。高性能な新型兵器とそれを操る英雄に相応しい写真なのだろう。
写真家の求めに応じてK八六の撮影を終えると、記者団が揃うのを待ってK八六を発進レールから離陸させた。
今日は飛航試験ではないし派手な機動を披露してやる必要もない。素直に上昇して、せいぜい高速で飛ぶ姿を見せれば充分なのだ。俺はゆっくりと上昇すると滑走路から離れすぎないよう注意して、緩い弧を描きながらK八六が飛ぶ姿を地上の連中に見せつける。
魔導噴進器の吠え声を轟かせ、今までとは異なる形状の飛航具が飛び回るだけで彼らは満足できるのだろう。我が王国の輝かしい将来を少しも疑っていない。無邪気と言い切るのは少し乱暴かも知れないが、遠く大海を隔てた向こうの国に野心があるとは思うまい。
最後に直線的な高速飛航を披露して新型兵器の性能を誇示すべく、滑走路を斜めに横切る針路を選んで直線飛航に入った。五段目にある速度調節レバーを六段目へ。そのまま止めずに七段目へと押し込む。強引に座席へ押し付けられる感覚と、びりびりという振動を感じつつ続けて八段目へとレバーを押し込んだ。SA魔導噴進器の吠える音が大きくなる。K八六の振動が大きくなる前に調節レバーを戻すつもりだ。
突然、大きな爆発音と前後左右に体を揺さ振る衝撃に包まれた。
咄嗟に魔導噴進器の出力を表示する透明な管へ目を遣る。桃色に発光する液体は水位を大きく下げていた。速度調節レバーから手を離しながら、試験飛航用の頑丈な頭当ての付いた豪華な座席に感謝していた。操縦桿を中央に保持し続けるのに苦労する振動なのだ。K八六は飛び続けている。しかしSA魔導噴進器の出力は制御できないだろう。状況から推測するとSA魔導噴進器は爆発していた。
わざわざ墜落してやらなくとも、いつ墜ちてもおかしくない状況だろう。後ろを振り返って胴体の後部と尾翼の状態を確認。見た目は異常無し。ベリヤノン家の保護筒はきちんと役目を果たしたようだった。おそらく噴出筒はいびつに破壊されているのだろう。直進させるのに当て舵が必要なのは、噴出する気流が乱れているのだ。飛航具が曲がる方向へと緩い旋回をさせながら対策を考える。
俺は正面の棚にある魔導転送器の伝言録音再生器を引き出すと、端の赤いボタンを強く押し込む。ボタンが赤く光るのを確認すると、伝言録音再生器を元に戻した。今押し込んだボタンは非常事態の発生と、飛航具の位置を知らせる信号を発信する機能だ。魔導器が破壊されない限り信号を送り続ける。下の連中はとっくに異常事態に気づいているだろう。後はどうやってこいつを降ろすのか、だ。
座席の左側のレバーを軽く引き上げて下げ翼を出す。これで速度を落としつつ浮力の補助にもなるだろう。飛航具が曲がる方向へ緩い旋回をさせつつ、高度を落とし滑走路の進入方向に合わせてやるしかなさそうだ。気長な作業だし魔導噴進器がさらに壊れたりすれば、その時点で墜落するだろう。しかしK八六を何とか地上へ降ろして、SA魔導噴進器が爆発した原因を突き止めたかった。
墜落の原因がSAなら、それがディアの責任なのか否かを明らかにしてやる必要がある。魔導噴進器の損傷原因は様々だ。魔導器が破損したことが原因とは限らないのだ。魔導器が壊れる前に噴出筒が破損してしまった前例もある。原因の究明と確定は必須だった。
ディアが今後も魔導器の技術者として生きて行くためには、問題点の特定と解決のための試行錯誤を繰り返す必要がある。俺がしてやれることは今の状態のK八六を地上へ降ろしてやることだけだ。脱出するのは不可能ではないが、このまま着陸することに決めた。
何とか滑走路へ進入する針路になるよう旋回を繰り返しながら、最大の難関である着陸に挑戦するのだ。速度調節レバーに触れてはいけない。壊れたSAの出力低下と、下げ翼が生み出す抵抗だけで速度が落ちて行くのを待つ。墜落することは考えていなかった。
滑走路の脱出方向は広い空き地を確保してある。着陸に失敗して滑走路から飛び出してしまうことは、訓練中の新兵には珍しいことではない。空き地は短く刈り込んだ草地で、緩やかな登り坂となって低い丘を形成していた。登り坂の抵抗で停止させる設計なのだ。K八六の降着装置が万全ならば、多少飛び出しても自然に減速して停止するだろう。しかし降着装置は信用できない。一か八かだ。
旋回を続けている間に滑走路を飛び出した後のことを考えていた。K八六は浮遊用の魔導器で水平状態を維持しなければ離着陸できない。魔導器は地面の平面に対し反発する力を生み出す。滑走路は整地された平面だが、草地は完全な平面とは言えない。釣り合いが崩れたら転覆してしまう可能性もあった。転覆した場合を考えると天蓋は投棄しないほうが良いな。気休めにしかならないが。
浮遊用の魔導器を稼働させ続ければ制動に時間が掛かってしまう。空き地の丘の頂点に達する前に停止させられれば良いが、勢いを殺せなければ発進レールと同様の効果で再び空中へと飛び出してしまう。転覆覚悟で魔導器を切ってしまう必要があるかも知れない。
不時着というのは満足な条件が揃わないものだが、今回は問題となる要素が多かった。アグネタの怒りに震える顔が目に浮かぶ。
緩い旋回を繰り返す内に滑走路と接する円周軌道に乗せることができた。速度が落ちてきたので、座席左側にあるレバーを大きく引き上げて、下げ翼を着陸位置まで引き出す。徐々に大きくなる滑走路を見極めつつ、着陸を強行する決心をつける。やり直しは不可能なのだ。浮遊用魔導器の赤い起動レバーを引いて魔導器を動かす。おかしな挙動をしないことを祈りながらSA魔導噴進器を切った。
操縦桿の手応えが明らかに変化して、魔導噴進器の影響が弱まったことを知らせてくれる。速度を殺し切ることはできなかったが、どのみち滑走路から飛び出すのは避けられないのだ。水平な状態を保つことだけを考えて滑走路へと飛び込んで行く。
滑走路へ接地するとポーンポンと何度も跳ね上がる。水面に石を投げて遊んでいるようだ。何度か跳ねた後でK八六はようやく地面に接地する。ゆらりゆらりと揺れながら地上滑走へと移る頃には、滑走路の端が大きく迫り来ていた。俺は操縦桿を握り直す。
空き地へ飛び出すと途端に揺れが大きくなる。少しずつだが速度は落ちているようだった。しかし丘を登り切ってしまいそうだ。やはり浮遊用の魔導器を切らないと駄目なのだ。意を決して赤い起動レバーを押し込み、浮遊用魔導器を切ってしまう。途端に体は激しく揺さ振られて騒音が操縦席を満たす。普段の着陸の比ではない揺れに、安全ベルトが胴と肩に食い込む。
速度は急激に落ちているようだが、尋常ではない揺れに頭を打ち付けて意識が朦朧としてしまう。不意にK八六が大きく傾いた。
どうやら翼端が地面に引っ掛かったらしく、急旋回でもするように景色が横へ流れて行く。操縦桿を握り締めて衝撃に耐える以外にできることはなかった。そうこうする内に、いつの間にかK八六は停止していたようだ。俺は意識を手放していたので判らなかった。
気づくと横に傾いた状態で静止している。どうやら転覆は免れたようだ。体中の痛みが急激に襲い掛かってきた。安全ベルトで締め上げられた胴と両肩は特に痛む。両手を操縦桿から引き剥がすと、座席に縛り付けている安全ベルトのバックルを震える指で外す。胴と両肩が座席から解放されると、新たに他の場所の痛みが襲い掛かってくる。全身が打撲と筋肉痛に苛まれる。生還した証明だった。
K八六を地上へと降ろすことに成功した。飛航具は部分的に壊れてしまっただろうが、頑丈な保護筒に守られたSA魔導噴進器の爆発原因は究明できるはずだ。俺の役目の内、試験飛航士として最も大切な役目は果たせたはず。後はヴィオリアに文句のひとつも言ってやるだけだった。全身に脱力感を感じて少しの間だけ座席に身を任せる。この後悩み苦しむだろうディアのことを思うと憂鬱だ。
俺は天蓋の留め金全てを解除し、天蓋を右側へと押して開き切る。辺りの騒音がどっと流れ込んできた。




