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【第十三話】飛航試験・六




 午後。俺は新しい発進レールの上に据え付けられたK八六の操縦席に収まっていた。地上滑走だけの予定だったが、離着陸の特性を早く掴んでおくべきだという俺の主張が通った。兄貴に明日が本番だと念を押されたが。軍の報道官と選抜された記者団が来るのだ。

 新しい発進レールはただの坂道だった。幅広の坂道に三本の溝があり、今までより長く続いているように見える。発進レールの簡便さは台無しになっていた。レール部分の浮遊用魔導器も使うようで、今までより弱い反発力で抵抗を減らす設定になっているらしい。主力はあくまでも飛航具に搭載の浮遊用魔導器という説明だった。降着装置が未完成だから仕方ないのだが全く実用的ではない。

 午前中に組み立てた新しい手順で操作して行く。SA魔導噴進器の起動レバーを引く。下げ翼用の魔導器の起動ボタンを押し込む。安定するのを待つ間に天蓋の投棄手順の再確認。左側の留め金全てを解除して右側の枠にあるレバーを前方へ目一杯押し込む。それで蝶番は外れるので普通に開くように右側へと押してやれば、天蓋は勝手に外れて右側へと飛んで行くという説明だった。

 座席の左側のレバーを軽く引き上げて下げ翼を出す。右手を上げて合図を送ると発進レールの溝の部分が徐々に薄い青色の光に瞬き始める。浮遊用魔導器の赤い起動レバーを引いて魔導器を動かす。操縦桿は中央に。左手を速度調節レバーにそっと載せる。操縦席全体に微かな音が鳴っているだけで後は何も感じない。水滴のような天蓋の中で俺はひとり切りだった。再び右手を上げて合図を送る。


 左手を押し込んで行くと直ぐに一段目が稼働する。K八六は発進レールの上をするする滑って進みつつ加速して行く。直ぐに二段目に入れる。体は座席にぐっと押し付けられた。負けずに三段目まで押し込む。兄貴の説明では三段目まで入れてしまえば離陸は出来るらしい。直ぐに四段目。操縦席はびりびりと振動している。五段目まで入れるとK八六は発進レールから大気中へと飛び出して行く。

 そのままさらに六段目へと速度調節レバーを押し込んで行った。兄貴の指示では離陸に六段目までを使う。上空で安定した後は五段目から八段目までの間で加減速を試す。離陸上昇中は上下も左右も急激な機動に耐えられないらしい。五段目か六段目の速度で姿勢を崩さずひたすら上昇を続ける必要がある。SA魔導噴進器の吠える音が聞こえる。体はぴたりと座席へ押し付けられたままだった。

 左手を速度調節レバーから離して座席の左側のレバーを押し下げる。下げ翼を収納するのだ。兄貴の説明では発進レールから飛び出して相当の時間が経てば、K八六は充分な速度を得ているので効果は逆転してしまうらしい。下げ翼は抵抗となって加速を妨げるという話だった。次は浮遊用魔導器の赤い起動レバーを押し込んで魔導器を切る。後は時折左右を確認しながら空中を見つめるだけだ。




 正面左側に取り付けられている透明な管の半分に欠けるくらいを、桃色に発光する液体が上下しながら満たしている。試製飛航具では俺の経験則は当てにならない。それでも最新の飛航具を飛ばしてきた経験則に従い行動して行く。ほんの僅か操縦桿を引いてやる。K八六の反応は鈍い。焦らずそのまま待ってさらに少しだけ操縦桿を引く。K八六はようやく上空へ駆け登る動作へと移行した。

 試製飛航具で問題が起こるのは離着陸する過程が最も多い。もちろん空戦機動で酷い目に遇うことは多いのだが、それはわざと限界を試しているからで想定の範囲内だ。離着陸はそうではない。多少は無理な操作を受け入れて欲しいのが前線の飛航士だった。神経質過ぎる飛航具は使い物にならない。要撃部隊のように発進の手順が定められているなら構わないが、そんな任務ばかりではなかった。

 そろそろ充分な高度に達したと思われる。飛航試験をするのだから対地高度計も搭載してくれればいいのに。気の利かない家族達だった。水平に戻してやるので操縦桿を前に押す。やはり舵の利きは悪かった。姿勢の変化に合わせて再び操縦桿を中央へと戻して行く。K八六は無事に空中へと浮いてくれた。左手を僅かに引いてSA魔導噴進器を一段落としてやる。五段目の速度で確認開始だ。


 クロストフ兄貴に言われているのは総じて舵の利きは悪いという注意だった。敏感過ぎて不安定な飛航具よりも進行方向へ真っすぐ戻ろうとするほうがいい。しかし急激な機動が全くできないのでは実用に耐えられない。まだそんな試験をする段階に達していないというのは残念な話だった。操縦桿と方向ペダルを使って左右の旋回から基本的な機動の確認を開始。速度は五段目と六段目を使う。

 基本的な機動を繰り返している内に操縦桿の動かし具合は掴めてくる。緩い動作の範囲内はさほど問題はなさそうだった。それでも旋回し辛い印象は残る。ゆっくり大回りで廻る感覚だ。上下の動きも利き始めは遅い。今までよりも柔らかく、それでいて大きめに操作する必要があった。速度を上げればさらに反応は悪くなるのかも知れない。今日は加減を間違えるわけには行かなかった。

 少し高度を上げてから加速してみる。六段目から始めて真っすぐ飛ばしながら七段目へ。操縦席はびりびりと振動しているが異常は感じない。次は八段目へ速度調節レバーを押し込む。SA魔導噴進器の吠える音が大きくなる。しばらくすると振動が大きくなった。K八六がぶるぶると身震いをしているみたいだ。俺は素直にレバーを戻す。七段目で様子をみていると振動は小さくなって行った。




 俺は真正面の棚にある全周位置表示魔導器の投影台を引き出すと、スイッチを入れておよその位置と方位を確認する。基地へと戻り最大の難関である着陸に挑戦するのだ。速度調節レバーを五段目に固定して緩い旋回をしながら帰投するルートへと乗せて行った。

 基地の上空を通過してやるだけで地上への合図となる。皆は俺が飛んでいる限り心配しないだろう。伝言を送るまでもなかった。

 緩い旋回を繰り返して北側から進入する進路へと入る。座席左側にあるレバーを大きく引き上げて下げ翼を着陸位置まで引き出す。浮遊用魔導器の赤い起動レバーを引いて魔導器を動かした。左手で速度調節レバーを戻しながら速度を落として行く。なるべく手前に降ろさないと滑走距離は稼げないのだ。どんどん大きくなる滑走路を見極めつつ、いつもより遅めにSA魔導噴進器を切った。

 後は操縦桿を握って降りるだけだ。速度を殺し切れていないので少しだけ不安だが仕方ない。滑走路へ接地すると軽く跳ね上がる。水平を崩さないことだけを気にし続けた。K八六はゆらりゆらりと大きく揺れるように地上滑走へと移る。はたして反対側の端で停止するのだろうか? そんな心配をしながら前方を見つめる。やがて停止したのはディアが着陸した時と変わらない位置だった。




 クロストフ兄貴とヴィオリア姉貴にヴィンスを交えて作戦説明室で所感を説明する。俺の使う言葉は直接的できつくなるが、ベリヤノン家の人間はその程度のことは気にしない。真実を求めている。


「先ず離着陸だが、発進レールを使用した離陸は問題ないと思う。いつも通りの感じだった。ただし昇降舵の利きは最悪だな」


 兄貴もヴィンスも無言で微笑んでいる。


「着陸は限界を見極めてはいないので正確ではないが、今日のような状況なら使い物にならないな。やはり降着装置を仕上げることと制動距離を短くする工夫は必要。そうしないと基地運用には辛い」


「それは既に色々な方式を試しています。正式な降着装置と組み合わせなければ試しても無駄なので、今回は持ってきませんでした」


 ヴィンスの答えは明快だった。


「SA魔導噴進器は慣れれば使い辛いとは思わない。ただし着陸はもう少し速度を絞れないと厳しいと思うけれど」


「それはSAの責任というよりも飛航具の特性が原因でしょう? SAは要求通りの設定にしてあるだけですから」


 姉貴はきちんと問題を切り分ける。確かに離陸時の出足の出力を優先させるなら、着陸は噴進器を切っても余裕で滑空できるくらい安定しないと速度は殺せない。


「上空での挙動については事前に受けた説明と何も変わらないな。舵の利きが鈍過ぎる。さほど高速ではないのにあれでは辛いぞ」


 兄貴達は頷いている。


「高速飛航にしても同じ。飛航具が振動するようでは使えないな」


 姉貴は大きく頷いていた。


「機密でないのなら、うちの部隊で継続的に試験して飛航具の挙動を改善する情報をとれる。ただし着陸に関する降着装置と制動距離の問題を片付けた後の話だが」


「それは良い案かも知れないな。お前が基地を留守にしている間の囮にもなる。K八六の試験ならばヴィンスに指揮を任せられる」


 ヴィンスも兄貴の言葉に頷いた後で口を開く。


「降着装置についてはもう少しで目処が立ちます。そうすれば浮遊用魔導器の使い方を見直すことが可能になります。制動距離の問題は改善できるでしょう」


「K八六は我々が乗り越えるべき壁なのだ。試作されている技術は次世代の飛航具達に大きな効果をもたらす。開発は続けて行くぞ」


 クロストフ兄貴の力強い言葉で身内の話し合いは締め括られた。




 自室へと戻る前に格納庫へ足を延ばして覗いてみると、ディアはK八六から降ろしたSA魔導噴進器の点検に集中していた。

 彼女の頑張った結果が姿を現わすのが飛航試験なのだ。集中して取り組む心積もりを新たにする。



 自室のソファーで飛航服のまま横になっているとノックに続いてベルナウが顔を覗かせる。


「お疲れ様でした」


「ああ。体は疲れていないんだ。気持ちの問題だな」


 自嘲気味に返事をするとベルナウは興味ありそうな表情をする。


「お前は練習用の飛航具を飛ばす前に教官から魔導噴進器が不調だと告げられたらどうする? その練習は任務なのだ。噴進器は途中で止まるかも知れないし、止まらないかも知れない」


「私は精一杯注意を払って飛航具の操縦に取り組みます。それしか出来ることはありません。異変の兆候を察知できれば幸いです」


 ベルナウの答えは模範的な解答だろう。たとえ自分に不利な状況でも命令は命令なのだ。


「飛航試験とは常にそういう状態が続いているようなものなのだ。体力の問題ではないのだよ」


 そう言って笑ってやる。


「お疲れ様です。私には耐えられないかも知れませんね」


 ベルナウは部外者らしい無難な相槌をうちながらジュースを搾ってくれる。本当にそつのない新兵だった。時間的には早いが勤務終了を言い渡して帰す。




 今日は本当に勤務終了同然なので士官食堂で早めの晩飯にする。ヴィオリアが士官宿舎に居る間はディアに自由はないだろう。

 士官食堂にはバルベラもピアもいなかった。今日は既に上がったのだろう。晩飯としては早い時間なので本当にひとりぼっちだ。

 アグネタと会えない期間の俺はひとり切りのことも多い。整備士の連中は俺の仕事が終わってからが仕事なのだ。点検してくれるし最良の状態へ回復させてくれる。感謝しているし邪魔はできない。


「お疲れ様です、隊長」


 突然、バルベラがそう言いつつ俺の前に腰掛けた。


「もう上がったんだろう?」


「今帰るところでした」


 彼女は優しげな微笑みを浮かべている。


「ならば一緒に食べて行け」


 俺はバルベラの分の料理を追加する。彼女は宿舎へ戻れば宿舎の人間関係の中で生活をしていた。基地に関わる者の全てが予備兵曹ではない。現役組と予備兵曹の間には壁ができる。それから先任と新人の間。そして階級という破壊されない壁。バルベラは軍というものを熟知している古参の先任の下士官だ。現役組でも迂闊に手を出せない存在なのだが、それほど無茶はしない女だった。


「今夜来れるか?」


「今朝と連続で宜しいんですか? 明日の朝まで帰りませんよ?」


 彼女は暗にディアのことを気にしているのだ。


「明日から記者が来る。非公式な関係はしばらくお預けになる」


「なら伺います」


 バルベラは唇に蠱惑的な微笑みを浮かべていた。





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