第十二章・第八話「探りの接触」
数日後、俺は意を決して、羽鳥に自分から声をかけることにした。
放課後の昇降口、羽鳥の姿を見つけると、俺は努めて自然な調子で近づいた。靴を履き替えている羽鳥の背中に、できるだけ普段通りの声で話しかける。
「羽鳥先輩」
「お、水無瀬。珍しいな、お前から話しかけてくるなんて」
振り返った羽鳥は、いつも通りの人懐っこい笑みを浮かべていた。その表情に、不自然なところは何一つ見当たらない。
「少し、聞きたいことがあって」
羽鳥は興味深そうに目を細めた。
「何だ?」
「先輩、ダンジョン攻略、独学でやってきたんですか?それとも、誰かに教わったり」
俺なりに、探りを入れるつもりだった。あくまで世間話の延長を装いながら、少しずつ核心に近づけていく。だが、羽鳥はあっさりとした調子で答えた。
「独学だよ。まあ、強いて言えば、兄貴の影響ってやつかな」
「お兄さん、いるんですね」
「……いた、な。今は、ちょっと色々あって」
その一言に、羽鳥の表情が、一瞬だけ陰った。いつもの軽い調子からは想像もつかないほどの、深い翳りだった。俺はその変化を見逃さなかった。心臓が、小さく跳ねるのを感じる。
「お兄さんに、何かあったんですか」
「別に、お前には関係ない話だ」
羽鳥の声のトーンが、わずかに硬くなった。それまでの柔らかな空気が、一瞬にして冷ややかなものへと変わる。俺は踏み込みすぎたかと、内心で少し焦りを覚えた。
「……すみません」
「いや、いいさ」
羽鳥はすぐに、いつもの軽い調子に戻った。だが、その笑顔の奥に、どこか作られたような違和感を、俺は確かに感じ取っていた。まるで、本音を押し込めるために、意図的に笑顔という仮面を被っているような、そんな印象だった。
「それより、お前こそ、最近物騒な噂絶えないよな。黒鴉がどうとか」
「……噂、本当に広まってるんですね」
「まあな。せいぜい、気をつけることだ」
羽鳥はそう言うと、軽く手を振って去っていった。その足取りは、いつもと変わらず軽やかに見えた。だが、俺はその背中を見送りながら、確信めいた何かが、胸の中で形になり始めているのを感じていた。
(お兄さんのことに、何かある)
直接的な証拠は、まだ何もない。だが、あの一瞬の表情の変化、そして声のトーンの硬さは、俺の中に、消えない疑念として刻み込まれていた。あれは、単なる家庭の事情を聞かれた不快感ではない――もっと深く、根の張った何かだ。そんな確信だけが、確かに胸の内にあった。
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