第十二章・第四話「羽鳥の過去・芽生えた恨み」
それから数ヶ月、蓮の状態は、徐々に悪化していった。
仕事にも身が入らなくなり、やがて会社を休みがちになっていった。かつての活力はどこにもなく、ただ抜け殻のように日々を過ごす兄の姿を、玲は何もできないまま、見守ることしかできなかった。休日に声をかけても、以前のように笑って応じてくれることはなく、代わりに返ってくるのは、どこか遠くを見るような、虚ろな視線だけだった。
「蓮兄ちゃん、少しは外に出ようよ」
「……いいよ、別に」
気力のない返事。かつて誰よりも輝いていた兄の瞳から、完全に光が失われていた。食事の量も減り、日に日に痩せていく兄の姿を見るたびに、玲の胸は締め付けられた。
やがて蓮は、会社を辞めることになった。それからは、部屋に閉じこもる日々が続いた。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、ただ横になって天井を見つめているだけの時間が、何時間、何日と積み重なっていく。玲は、そんな兄の姿を見るたびに、どうすることもできない無力感に苛まれていた。
(誰が、こんなことを……)
玲の中に、次第にある感情が育ち始めていた。
噂で聞いた話では、あのサービス終了は、ある一人のプレイヤーが「誰にもクリアできない」と言われていたコンテンツを、独りで攻略してしまったことが原因だったという。運営が最後に用意した"贈り物"とやらが、兄から、すべてを奪っていった。
(そいつが、全部奪ったんだ)
もちろん、理屈では分かっていた。そのプレイヤーに、悪意があったわけではない。ただ、ゲームを純粋に楽しんでいただけだろう。だが、理屈だけでは、心の整理はつかなかった。目の前で日に日に壊れていく兄を見ていれば、誰かを責めずにはいられなかった。
(あいつさえいなければ、兄ちゃんは――)
その思いは、玲の中で、次第に歪んだ形の恨みへと変わっていった。顔も名前も知らない、「ラストクリアラー」と呼ばれる誰か。その存在が、玲にとって、すべての元凶として刻み込まれていった。深夜、眠れない夜に、玲は何度もその顔のない相手を思い描いては、やり場のない怒りを募らせた。
やがて、現実世界にダンジョンが出現し始めた頃、玲は独自にその人物の正体を追うようになっていた。自分自身も力をつければ、いつか真実に辿り着けるかもしれない――そんな思いが、玲を危険な階層へと駆り立てていった。
そして――あの噂を耳にしたのだ。
「同じ高校に、ラストクリアラーらしき人物がいる」
その噂の主の名前を知った時、玲の中で、長く燻っていた何かが、静かに燃え上がった。
(水無瀬蒼、か)
その名前を、玲は決して忘れないと、強く心に刻み込んでいた。それは、復讐と呼ぶにはまだ輪郭の定まらない、しかし確かに玲の中で育ち始めていた、暗い炎だった。
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